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個人内の多様性も大事

最近毎日細々とnoteを更新しているわけですが、我ながら書くテーマに統一感がありません。
専門医の話をしたかと思えば、お金の話をしてみたり、不安との向き合い方を書いてみたり。
全くもってランダムなテーマというわけではなく、なんとなく方向性がないわけではないけれど、基本的に自分自身でさえ今日何を書くことになるのか予想がついてないです。
今日はコレにするかなと気分きのままに書いてます。

逆に放射線科医学とか、正統な医学の話はあまり出なかったりします。
放射線科医として江草が平々凡々で、恥ずかしながら自信をもって語れるようなことがたいしてないというのもありますけれど、オフの時まで仕事の関係の話はしたくないというのもあります。
もっと色んなことを考えたいのです。

それで、今、世の中では「多様性が大事」と言われていますけれど、こういう個人内の多様性というのも大事なんじゃないかと思うのですよね。


いわゆる昔ながらの「サラリーマン&専業主婦モデル」なんかは、男は仕事一本、女は家事育児一本とみなされてたわけです。個人内多様性どころか、ジェンダーでも生き方が固定されていて、人々の多様性も少なかったのです。

そこに最近では共働きも進んできて、男性でも育児をしたり、女性でも仕事をすることが受け入れられてきました。なんなら男性が専業主夫をすることや、女性がバリバリキャリアアップするのもアリとなってきて、人それぞれやることが違うという意味での多様性が出てきました。

ただ、それでもまだ、個人の中の役割に主従関係は残ってる気がするのです。

たとえば普通、「あなたは何をしている人ですか?」と聞かれると、職業を1つ答えますよね。あるいは学生ですとか、専業主フですなどと答える。
報道でも、「○○業」とか「無職」とか職業の肩書で人物が紹介されます。
あたかも1人につき1つのアイデンティティしかないかのように。

こういうふうに、個人がいくつもの活動をしていることが前提とされてなく、なんとなく「専念する何か1つに決めなさい」という雰囲気がまだあるように思うのです。

自己紹介をすることになったなら、江草も確かに結局「放射線科医です」と言うのですけれど、申し訳ないのですがそんなにしっくり来てはいません。
別にそれが嫌だとか誇りに思ってないとかではなく、ただ「放射線科医である」ということは自分の中の一要素でしかなくて、もっとあれやこれやしている(したい)人間との認識なので。
たとえば、こうやってnoteを毎日書いてるブロガーでもあるし、育児をしている父親でもあるし。
そこを「放射線科医です」あるいは「医師です」などと言うと、なんとなく無意識的にその職業のイメージや属性に全体的な言動や行動をあわせないといけない気がして窮屈なのですよね。

人には色んな顔があることを指して「ペルソナ」と表現したりしますけど、江草に限らず他の方々も色んな顔をお持ちのはずではないかと思うのです。
Twitterを追ってるだけでも、同じ放射線科医の先生でも全然関心領域が違うし、趣味も違います。そんな彼らを一言で「放射線科医です」とまとめるのもちょっと解像度が粗い気がします。
誰もがもっともっと多くの要素があるはずと思うのです。

また、『LIFE SHIFT』で挙げられてる「ポートフォリオ・ワーカー」のように、仕事がメインの1つだけでなく、多種多様なジャンルの仕事を組み合わせて副業的に働いてる人だって増えてきているでしょう。
そういう人たちはもはや1つの職業や1つの肩書で表せきれなくなってるように思うのです。

1つの肩書や要素だけで自分を表現したり他人を認識する文化の中では、なんとなくその属性のイメージに引っ張られて、固定的な枠組みに自分をはめ込んでしまいます。「医師なら医師らしくしろ」みたいに。

でも、そうではなくて、自分は○○でもあって、△△でもあって、✗✗でもあって……とつなげられたら、自分の可能性、もっと言えば社会の可能性を広げられるのではないでしょうか。


性別などに依らない人々の多様性が進んできた今、次はそういった個人内の多様性も大事になってくるんじゃないかなとぼんやりと考えています。

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