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大阪の縄文人に会いに行きました。

日本のあちこちに縄文遺跡がありますが
私の住んでる大阪市にも縄文遺跡の展示室があり年に数回 公開されるので
行って来ました。
場所は大阪城の南 仁徳天皇の都 難波宮の東側にある
森之宮ピロティホールと言う劇場の地下
「森之宮遺跡展示室」料金はタダ 無料です。


むかーしむかしその昔 今大阪平野のあるところは海でした。

この頃は梅田も難波も海の底
大阪城から南側に向けて上町台地と言うこんもりと山の様な半島でした。
今でも上町台地の東側は緩やかな下り坂ですが
西側は自転車を押さないと登れない急な坂があちこちにあります。
そのかつての上町台地の先っちょの東側にある場所で森之宮ピロティホールを作ろうと掘ったら出てきたのが大きな貝塚でした。

この貝塚の発掘調査をしてたら次々と縄文人の人骨が見つかりました。



通常人骨は酸性の環境で溶けて無くなる物ですが この縄文人の方々は貝塚の中に埋葬されていてアルカリ性の環境だったので現代まで残っていてくれて私達と合うことが出来ました。

そのお一人がこちら

おおよそ4500年前の縄文人 推定30歳 出産経験有り もりのみやで見つかった

私達の遠い遠いおばぁちゃんマダム モリコおばぁちゃんです。
貝塚に捨てられていた訳でなくちゃんと埋葬されていました。

こちらのおじいちゃんは大阪人 第一号の縄文人
奥歯が一本なく 当時の成人の儀式で歯を抜歯すると言うのがあったらしく成人の大阪人のおっちゃん 
なんかおもろいこと言うてたんでしょうかね。
知らんけど。

こちらは歯を抜いた下顎 研究者によると身内の骨をアクセサリーにしていたのではないかと言う事 
私も昔飼っていたワンちゃんの乳歯を持ってます。家族といつまでも そんな感じですかね。

縄文土器や

顔に見える物



本物の縄文土器や貝塚の貝に触れる事も出来ます。

こちらは弥生時代の土器

古墳時代の物と展示されています。

大阪の東側に大和川 淀川のような河川から泥が長い時間をかけて泥が堆積していき

大阪平野は大きな河内湖になりました。
この頃の貝塚は海の牡蠣の貝殻からシジミのような汽水の貝に変わっていきます。
そして「民の竈」のお話の舞台の難波宮を御造りになった
仁徳天皇(西暦339〜399年)の頃 鉄鋼業に長けた渡来人の秦氏の技術協力の元に治水事業をして上町台地の東側の大阪平野が出来ました。
上町台地の海側が発展したのは安治川 大和川付け替え工事をした江戸時代からです。


モリコおばぁちゃんから力を頂き

海で採れた貝や海藻 栗の木を育て食べ自然と共に平和に生きていた
縄文時代を思い浮かべながら 合掌〜

私達 日本人が遺伝子以外にも モリコおばぁちゃん達と繋がってるものがあります
それは私達の腸内細菌
腸内細菌は私達がおかぁちゃんのお腹から産道通って始めて外の世界
この世に出た時に肛門付近にある おかぁちゃんの腸内細菌をもらいます。
なので私達は おかぁちゃんのおかぁちゃんのそのまたおかぁちゃんの…
マダムモリコおばぁちゃんの腸内細菌で繋がっているのです💩

森ノ宮遺跡展示室の公開 今年は3回ありました。
おそらく次は春と思われます。
ご興味ある方は大阪市のホームページや
「森ノ宮遺跡展示室の一般公開」をググって ちょくちょくチェックして下さい。


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