研究備忘録:WHYから始めよ!
Simon Sinek(サイモン・シネック)は、「WHYから始めよ」の一言で世界のリーダーシップ論を変えた思想家である。2009年のTEDxでの17分間の講演は累計6,900万回以上再生され、歴代TED講演トップ5に入る。著書は50以上の言語に翻訳され、ゴールデンサークル理論は世界中のMBAプログラムや企業研修で活用されている。日本でも『WHYから始めよ!』がビジネスパーソンの必読書として広く読まれており、大学の英語教材としてもTED講演が頻繁に使用されている。本稿はサイモン・シネック氏のTEDトーク「How Great Leaders Inspire Action(優れたリーダーはどうやって行動を促すか)」(2009年, TEDxPugetSound)を、大学で経営学を学ぶ学生向けの教材として独自に翻訳したものである。シネック氏に心より感謝申し上げる。の日本語訳に学術的注釈を付したものである。
私たちの予想とは異なる結果が生まれるとき、それをどう説明すればよいのでしょうか。あるいはもっと根本的な問いとして、私たちの常識をすべて覆すような成果を、ある人たちが次々と実現できるのはなぜなのでしょうか。
Appleを考えてみてください。なぜAppleはこれほど一貫して革新的であり続けるのでしょうか。年を追うごとに、すべての競合他社を引き離している。しかしその実態は、ただのコンピューター会社にすぎません。他社と同じ人材、同じ広告代理店、同じコンサルタント、同じメディアを使っています。それなのになぜ、根本的に何か違うものを持っているように見えるのでしょうか。
なぜマーティン・ルーサー・キング牧師が公民権運動を率いることになったのでしょうか。公民権運動以前のアメリカで苦しんでいたのは、彼一人ではありませんでした。当時の偉大な演説家が彼だけだったわけでもありません。なぜ彼だったのか。
そしてなぜライト兄弟は、動力付き飛行機の有人飛行を実現できたのでしょうか。より優れた資金力と実績を持つチームが他にいくつも存在していたにもかかわらず、誰一人としてそれを成し遂げられなかった。それなのにライト兄弟が先を行った。
ここには、何か別の力が働いています。
およそ3年半前のことです。私はある発見をしました。それは世界の仕組みについての私の見方を根底から変え、この世界の中でどう生きるかという行動指針までも変えました。そこには一つのパターンがあったのです。世界中の偉大なリーダーや組織は、Appleであれ、キング牧師であれ、ライト兄弟であれ、まったく同じように考え、行動し、言葉を発していました。そしてそれは、他のすべての人とは正反対のやり方でした。
私はそのパターンを言語化しただけです。おそらく世界で最もシンプルなアイデアです。私はそれを「ゴールデンサークル」と呼んでいます。
なぜ。どのように。何を。
この小さなアイデアが、なぜある組織やリーダーは人を動かせるのに、他はそれができないのかを説明してくれます。まず言葉を定義しておきましょう。地球上のあらゆる人、あらゆる組織は、自分たちが「何をしているか」を100%把握しています。「どのようにやっているか」を知っている組織もあります。差別化された価値提案とか、独自のプロセスとか、USPと呼ばれるものです。しかしながら、「なぜそれをしているか」を知っている人や組織は、ほとんど存在しません。ここで言う「なぜ」とは、利益のためという意味ではありません。利益は結果であり、常に結果に過ぎない。「なぜ」とは、あなたの目的は何か、信念は何か、何のためにその組織は存在しているのかという問いです。なぜ毎朝ベッドから起き上がるのか。そしてなぜ、誰かがそれを気にかけなければならないのか。
その結果、ほとんどの人の思考、行動、コミュニケーションは外側から内側へと向かいます。最も明確なものから始めて、最も曖昧なものへと進む。しかし人を動かすリーダーや組織は、規模や業種にかかわらず、すべて内側から外側へ向かって考え、行動し、言葉を発しています。
具体例を挙げましょう。Appleは誰にでも馴染みやすいので取り上げます。もしAppleが他の会社と同じだったとしたら、そのマーケティングメッセージはこんな感じになるでしょう。「私たちは優れたコンピューターを作っています。美しくデザインされ、使いやすく、ユーザーフレンドリーです。いかがですか。」これが私たちのほとんどのコミュニケーションの仕方です。多くのマーケティングや営業がこのやり方で行われ、日常の人間関係でも同様です。自分たちが何をしているかを言い、どこが違うか優れているかを説明して、何らかの行動を期待する。購買であれ投票であれ、何であれ。「新しい法律事務所です。最高の弁護士と最大の顧客を抱え、常に結果を出しています。」「新しい車です。燃費が良く、レザーシートを搭載。ぜひご購入を。」しかし、これでは人の心は動きません。
Appleが実際にどう伝えているかを見てみましょう。「私たちがすることのすべては、現状に挑戦するという信念に基づいています。私たちは、違う発想をすることを信じています。私たちが現状に挑戦する方法は、美しくデザインされ、使いやすく、ユーザーフレンドリーな製品を作ることです。そしてたまたま、優れたコンピューターも作っています。いかがですか。」
まったく違うと感じるはずです。今度はそのコンピューターを買いたいと思えてくる。私がやったことは、情報の順序を逆にしただけです。これが証明するのは、人々は「何を」ではなく「なぜ」に動かされるということです。
だからこそ、この会場にいる全員がAppleからコンピューターを買うことに抵抗がありません。それだけでなく、AppleのMP3プレーヤーも、スマートフォンも、DVRも、同じように自然に受け入れられる。繰り返しますが、Appleは構造的にはただのコンピューター会社です。競合他社と本質的に違うところはない。競合他社も、それらすべての製品を作るだけの能力を持っています。実際に試みた企業もありました。数年前、Gatewayはフラットスクリーンテレビをリリースしました。フラットスクリーンモニターを長年作ってきた実績があるにもかかわらず、誰も買いませんでした。DellはMP3プレーヤーとPDAを出し、品質的にも申し分ない製品でしたが、やはり誰も買わなかった。今となっては、DellのMP3プレーヤーを買う姿など想像もできないでしょう。それなのに私たちは、Appleで毎日まったく同じことをしています。
人々は「何を」ではなく「なぜ」に動かされます。すべての人に売ろうとすることが目標ではありません。自分と同じことを信じる人と取引することが目標です。
そして重要なことをお伝えします。これは私の意見ではありません。すべて生物学に裏付けられています。心理学ではなく、生物学です。
人間の脳を上から断面で見ると、ゴールデンサークルと完全に対応する3つの主要な部位に分けられます。最も新しい脳、ホモサピエンスの脳である大脳新皮質は「何を」の層に対応します。大脳新皮質は理性的・分析的思考と言語を担っています。中間の2つの部位が大脳辺縁系を構成しており、信頼や忠誠心といったあらゆる感情を司ります。さらに、すべての人間の行動と意思決定もここで行われます。そして大脳辺縁系には言語能力がありません。
つまり外側から内側へ向けてコミュニケーションをとると、人々は機能やメリット、事実や数字といった膨大な情報を理解することはできます。しかしそれは行動を生みません。内側から外側へ向けてコミュニケーションをとると、私たちは行動を制御する脳の部位に直接語りかけることになります。そして人々は、私たちが提示する具体的な事実によって、その意思決定を後から合理化します。
これが「直感的な決断」の正体です。すべての事実や数字を並べても、「何もかも理解しているけれど、何かしっくりこない」と言う人がいます。なぜ「しっくりこない」という言葉を使うのでしょう。意思決定を制御する脳の部位には言語能力がないからです。その感覚を言葉にしようとすると、「よくわからないけど、なんか違う」という表現が精一杯です。あるいは「直感に従っている」「心で感じている」と言う人もいます。残念ながら、行動を制御しているのは心臓でも内臓でもありません。すべては大脳辺縁系で起きています。意思決定を司るが、言語を持たない部位です。
しかし自分が「なぜ」そうしているかを知らないまま、それでも人々があなたの「なぜ」に反応するとしたら、どうやって人々に票を投じてもらい、何かを買ってもらい、そして何より真の意味でのロイヤルティを持ち、あなたが作ろうとしているものの一部になりたいと思ってもらえるでしょうか。
目標は、自分の持っているものを必要とするすべての人に売ることではありません。自分と同じことを信じる人に売ることです。仕事を必要としているというだけで人を雇うことが目標ではありません。自分と同じことを信じる人を採用することです。仕事ができるというだけで採用された人は、お金のために働きます。しかし同じ信念を持つ人は、全力を尽くして働いてくれます。
これをこれほど鮮やかに示す例は、ライト兄弟の物語をおいて他にありません。
サミュエル・ピアポント・ラングレーという人物を知っている人は、ほとんどいないでしょう。20世紀初頭、動力付き有人飛行の実現は、当時のドットコムブームのような存在でした。誰もが挑戦していた。そしてラングレーは、私たちが「成功の方程式」と考えるものをすべて持っていました。今でも企業の失敗理由を尋ねると、いつも同じ3つの答えが返ってきます。資金不足、人材の問題、市場環境の悪化。常にこの3つです。では検証してみましょう。
ラングレーは飛行機の開発のために、戦争省から5万ドルを受け取りました。資金は問題ではなかった。ハーバード大学に籍を置き、スミソニアン博物館でも活動し、当時の知的エリートとの人脈も申し分なかった。優秀な人材を惜しみなく集め、市場環境も絶好でした。ニューヨーク・タイムズが常に彼の後を追い、誰もが彼の成功を願っていました。
それなのになぜ、私たちは彼の名を知らないのでしょうか。
数百マイル離れたオハイオ州デイトンで、オーヴィルとウィルバーのライト兄弟は、成功の方程式とされるものを何一つ持っていませんでした。資金もなく、夢を支えたのは自転車店の売り上げだけでした。チームの誰一人として大学を出ておらず、オーヴィルもウィルバーも同様でした。ニューヨーク・タイムズは彼らの取材など一切しませんでした。
違いはここにあります。オーヴィルとウィルバーは、大義と目的と信念に突き動かされていました。飛行機を実現できれば、世界の流れを変えられると信じていた。ラングレーは違いました。彼は富と名声を求めていた。追い求めていたのは結果であり、報酬でした。
そして何が起きたか。ライト兄弟の夢を信じた人々は、全力を尽くして共に取り組みました。その他の人々は、ただ給料のために働いていた。ライト兄弟が飛行実験に出かけるたびに5セット分の部品を持参したという話が残っています。夕食前に5回墜落するのが当たり前だったからです。
そして1903年12月17日、ライト兄弟は飛び立ちました。その場に居合わせた人は誰もいなかった。世界がそれを知ったのは、数日後のことでした。
ラングレーが誤った動機に突き動かされていた何よりの証明があります。ライト兄弟が飛んだその日、彼は諦めました。「素晴らしい発見だ。彼らの技術をさらに発展させよう」と言うこともできたはずです。しかし彼はそうしなかった。自分が一番ではなかった。富も名声も手に入らなかった。だから諦めた。
人々は「何を」ではなく「なぜ」に動かされます。自分の信念を語れば、同じ信念を持つ人々が集まってきます。
しかしなぜ、同じ信念を持つ人々を引き寄せることが重要なのでしょうか。ここで再び「イノベーションの普及法則」に戻ります。法則そのものを知らなくても、その言葉は聞いたことがあるはずです。どんな集団においても、最初の2.5%がイノベーターです。次の13.5%がアーリーアダプター。次の34%がアーリーマジョリティ、続いてレイトマジョリティ、そしてラガードです。ラガードが新しい技術を取り入れる理由はただ一つ、他に選択肢がなくなったときだけです。もうダイヤル式の電話は買えないから、仕方なく変える。
私たちは誰もが、場面や状況によって、このカーブ上の異なる位置に立っています。しかしこの法則が教えてくれるのは、あるアイデアや製品が大衆に受け入れられるためには、市場浸透率が15〜18%に達するまで実現しないということです。その水準を超えたとき、システムは一気に動き始めます。
企業に「新規顧客の転換率はどのくらいですか」と尋ねると、「だいたい10%です」と自慢げに答えてくれます。しかし10%の顧客なら、道を歩いていても偶然出会えるくらいの数字です。誰にでも最初から「分かってくれる」10%はいます。私たちがよく使う表現です。「あの人は、すぐに分かってくれた」と。問題は、取引を始める前に「分かってくれる人」と「そうでない人」をどう見分けるかです。これがジェフリー・ムーアの言う「キャズム(溝)」です。アーリーマジョリティは、誰かが先にそれを試すまで動きません。しかしイノベーターとアーリーアダプターは、直感的な判断を下すことに慣れています。市場で何が手に入るかではなく、自分が世界に何を信じているかに基づいて行動できる人たちです。
iPhoneが初めて発売されたとき、翌週には並ばずに買えるにもかかわらず、6時間並んで購入した人たちがいます。フラットスクリーンテレビの技術がまだ未成熟だったころ、4万ドルを払って購入した人たちがいます。彼らがそうしたのは、技術が優れていたからではありません。自分自身のためにそうしたのです。一番最初でいたかった。人々は「何を」ではなく「なぜ」に動かされます。そして「何をするか」は、その人が何を信じているかの証明に過ぎません。
iPhoneを発売初日に6時間並んで買った人は、電話を買いに来たのではありません。自分が何者であるか、世界にどう見られたいかを表明していたのです。自分が一番最初だった。
ではここで、イノベーションの普及法則に関する有名な失敗例と成功例を一つずつ紹介しましょう。
まず失敗例です。TiVoを考えてみてください。この講演からおよそ8〜9年前にTiVoが登場して以来、現在に至るまで、同社は市場において議論の余地なく最高品質の製品を提供し続けています。資金調達も十分で、市場環境も申し分なかった。私たちはTiVoを動詞として使うほどです。
それでもTiVoは商業的な失敗でした。一度も黒字化できなかった。株式公開時の株価は30〜40ドル前後でしたが、その後急落し、10ドルを超えることもほとんどなかった。6ドルさえ、ほんのわずかな例外を除いてほとんど超えていません。
なぜかというと、TiVoは製品を発表したとき「何を持っているか」を伝えたからです。「生放送を一時停止でき、CMをスキップでき、生放送を巻き戻せ、あなたの視聴習慣を自動的に記憶してくれる製品です」と言った。すると懐疑的な多数派は「信じられない。必要ない。怖い」と反応しました。
もし代わりにこう言っていたら、どうだったでしょう。「生活のあらゆる場面で主導権を持ちたいという方のために、ぴったりの製品があります。生放送の一時停止、CMスキップ、視聴習慣の自動記憶、その他多くの機能を備えています。」人々は「何を」ではなく「なぜ」に動かされます。「何をするか」は、信念の証明として機能するだけです。
では成功例です。1963年の夏、ワシントンDCのナショナル・モールに25万人が集まりました。キング牧師の演説を聞くために。招待状は送られていませんでした。日程を確認するウェブサイトも存在しませんでした。これはいったいどうして可能だったのでしょうか。
キング牧師は、アメリカで唯一の偉大な演説家ではありませんでした。公民権運動以前のアメリカで苦しんでいた唯一の人物でもなかった。実際、彼のアイデアの中には必ずしも優れていないものもありました。しかし彼には特別な才能がありました。彼はアメリカの何を変えるべきかを語り歩いたのではありません。自分が何を信じているかを語り歩いた。「私は信じる、私は信じる、私は信じる」と語り続けた。彼が信じることを同じように信じる人々が、その大義を自分のものとして受け止め、また別の人々に伝えていきました。そのうちの何人かはメッセージをさらに広げるための仕組みを作り上げた。
そして当日、25万人が正しい日に正しい場所に集まりました。その中でキング牧師のために来た人は何人いたのでしょうか。一人もいません。全員が自分自身のために来ていた。自分たちがアメリカについて信じることが、8時間バスに揺られ、8月の真夏のワシントンの炎天下に立たせたのです。それは黒人と白人の問題ではありませんでした。聴衆の25%は白人でした。キング牧師はこう信じていました。この世界には2種類の法律がある。より高次の力によって作られた法と、人間によって作られた法。人間の作った法がすべて高次の力の法と一致するまで、私たちは公正な世界に生きることができない。公民権運動は、その信念を世に示すための最良の手段でした。私たちが従ったのは彼のためではなく、自分自身のためでした。
ちなみに彼が行ったのは「私には夢がある」という演説でした。「私には計画がある」という演説ではありませんでした。
今の政治家たちの、包括的な12項目のプランを聞いてみてください。誰の心も動かしていない。リーダーという肩書きを持つ人と、真に人を導く人は違います。リーダーは権力や権威の座にいます。しかし人を導く人は、私たちを奮い立たせます。個人であれ組織であれ、私たちが従うのは、そうしなければならないからではありません。そうしたいからです。自分たちのために従うのです。
そして「なぜ」から語り始める人こそが、周囲の人々を動かし、あるいは自らを動かしてくれる存在に出会う力を持っています。
ありがとうございました。
