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「優しさ」と「思いやり」の違いについての考察[2025/03/18]

ここで書く定義は正しいかどうかわからないし、今後も変わっていくかもしれないけれど、ひとつまとめておこうと思う。

この話が出てきた背景として、少しだけ自分語りをする。
私が社会人になって初めて勤めていた会社は、いわゆる昭和ベンチャーって感じの小規模な組織だったのだが、身近に2人の上司がいた。
1人は直属の上司、もう1人は私の同期の男の子の直属の上司だった。 

直属の上司は、以前柔軟性についての記事にも登場した人だ。

彼は、底なしの向上心があり、とにかく前向きで、人間には無限の可能性があるという考え方を刷り込んでくれた人だ。クライアントに対しても、私にとっても魅力的な人だった。印象に残っている言葉やアドバイスを沢山与えてくれた一方で、感情的に怒るところもあり、私は出された指示をどうしても承服できず、しばしば冷戦状態になってしまうことがあった。もちろん根の部分はとても信頼していたのだけれど。

対して、同期の上司は、その昭和ベンチャーな会社の創業時からいた方だ。その人も昔は超クールで、仕事できない奴なんて辞めてしまえと思っていたらしいけれど、私たちが所属していた頃には、おちゃらけたことを言って場を和ませてくれる温かいおじさん上司になっていた。

ある年の忘年会、普段は違うところで働いている創業メンバーの女史(おじさん上司とは腐れ縁のような関係)が珍しく会に参加してくださった。
一次会はつつがなく終わり、二次会で夜の街に繰り出した。
確かその時、私は幹事を任されており、一次会がうまくいったので、ホッとして開放感を感じながら楽しめていた。

電車も無くなろうかという時間帯、アンダーグラウンドのニューハーフバーで赤い照明に照らされる中、10人弱で飲んでいたときのことだ。

普段一緒に働いていない女史が、おじさん上司のことを指して、
「〇〇(おじさん上司)さんって優しい?」と私に聞いた。
おじさん上司:「俺、優しいよな~?」
私:「はい!いつも優しくしてもらっています!」
女史:「優しいだけの男じゃだめなんよ・・・」

かっこいい彼女が発した言葉には、いくつか私的名言があるのだが、
そのひとつがこれ。
「優しさと思いやりは違う!優しいだけの男でなくて、思いやりのある男でないといかん。」

私は、何故かは分からないが、この言葉にストレートに感心してしまった。
というか、胸にズドーンっと入って来た。
「そうなんや。優しいだけじゃだめで、思いやりがないとだめなんや」と。

その時の情景は今でもはっきりと思い出せる。場所も普段滅多に行かないようなところだったから余計に覚えているのかもしれない。

ちなみに、〇〇(おじさん上司)さんは、私が直属の上司とうまくいっていないときに、さり気なく気づいて、「大丈夫か?メシでも行くか?」と必ず声をかけてくださっていた。一度や二度じゃない。直属の上司は出張が多かったので、出張中冷戦になって、電話さえ取ってくれないこともあった。

私は、ずっとこれを出張がちだった直属の上司が、「気にしてやってくれないか」と口添えしてくれていたと思っていたのだけれど、実際には全くそのようなことはなく、〇〇(おじさん上司)さんが気づいて声をかけてくださっていたらしい。これは後から知った話だ。
だから、〇〇さんは、優しいだけじゃなくて、本当に思いやりがある人だということは申し添えておこう。彼の名誉のためにも。

この出来事があってから、「優しさ」と「思いやり」は違うというテーマについて、私は気に入って事あるごとに色んな人に話してきた。
昨年、結婚相談所婚活で少し深い話ができた人たちとも話した。

ちょっぴり片想いをしていた思考が深いAさんが読み解いてくれた定義なのだけれど、
「優しさ」というのは、主体は優しくする側にある。
でも、「思いやり」というのは、主体は思いやる相手にある。

この違いなんじゃないかと。
この説が一番しっくりくるなと、今は感じている。
独りよがりじゃなくて、ちゃんと相手のことを考えているかどうか。

先日、YouTubeのショートで流れてきた中に美輪明宏さんの動画で、恋愛について、「恋」は自分本位、「愛」は相手本位。だから、自分本位と相手本位を行ったり来たりしている状態が「恋愛」なのだという説があった。これも似ている。

上記の「さながら柳のように・・・」の記事で本質を突いた鋭い指摘をしてくれたBさん。彼にも、街歩きした後、駅で丁度バイバイするちょっと前に歩きながらそんなことを話したのを覚えている。彼は後日、私へのお別れのメッセージにその言葉を引用していたから、相手にも残っていたんだなと思った。

そもそも昨春の沼落ち彼にしたって、物凄く優しい人だった。自分の弱みは優しさだとさえ言っていた。そして、私のことも優しいと言ってくれた。優しさは時に人を傷つける。最後はお互い傷つくことになってしまったから、「思いやり」があったとは言えないと思う。

だから、私は、いま「どんな人がいいの?」の答えの中で、優しい人というニュアンスのことを伝えたいとき、「優しい人」ではなく「思いやりのある人」と答えることにしている。私自身も、「優しい」だけではなく、「思いやりのある」人でいたいと思っている。

内容と直接は関係がないけれど、藤井風の「優しさ」置いておきます。
私は、ちょっとだけ人との関係の中で気持ちが落ちているときに聴くと、ぐっと来て癒されて好きです。


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