【note創作大賞2024/漫画原作部門】天界食堂の調査官 第一話
※この話は「2023 週刊少年マガジン原作大賞」の企画書部門にて中間選考を通過した下記企画書作品を加筆修正し小説化したものです。
あらすじ
警視庁公安部に勤める真白歩(29)は2年前に姉、彩夏を不審死で亡くしていた。以来、公安部の仕事に従事しながらも、姉の死について原因と犯人を究明しようと動いていた。
ある夜、真白はあの世とこの世を繋ぐ「食堂」と、そこで働く居神玲(33)と出会う。
次の日、上長に呼ばれる真白。呼ばれた先にいたのは居神。居神はあの世での手続きや問題を解決する「天界省」の役人で「食堂」で情報を集めているのだという。
曰く、「あの世」では不穏な動きが見られ、あの世にいくはずの魂の数が足りない事象が起きているそうだ。
真白は事態を調査すべく「天界省」への出向を命じられ、居神とバディを組むことになる。
第一話
1日3回食事をするとして、80年間で8万7600回食事をするらしい━━。
最後の食事、その時自分は何を食べたいと思うだろうか。
■
真白歩(ましろあゆむ)は徹夜続きの体を引きずって歩いていた。
時刻は深夜3時。夜の住宅街はとうに寝静まり、街灯だけがポツリポツリと光っていた。
一刻も早く帰って寝たい。
そんな気持ちとは裏腹に先ほどから腹が鳴り続けていた。人間というのは大変効率の悪い生き物である。寝なくても死ぬし、食べなくても死ぬ。なんならあっという間に死ぬ。
「ん?こんなところに店なんてあったっけ……」
ふと顔を上げるとそこには一軒の店があった。深夜にも関わらず、煌々と輝く佇まいに真白は戸惑う。
「食堂?」
かかっている白地ののれんには確かにそう書かれていた。なんとも簡素なその文字を見つめていると、キュルルルと腹の虫が虚しい音を立てた。真白はため息をつく。
「何か軽く食べてさっさと帰ろう」
空腹に白旗を挙げた真白は中に入ろうと引き戸に手をかけた。
━━チリン
その瞬間、遠くの方で鈴の音が聞こえた気がした。
こんな夜更けに鈴の音なんて。一瞬立ち止まった真白だが、気のせいだろうと思い直し引き戸を開けた。
■
中に入ると、右手にカウンター席とキッチン、左手にテーブル席がいくつか広がっていた。カウンターや机は木でできており、こじんまりとした料亭のような雰囲気を感じた。
真白が今立っている位置の真正面に、小さな扉があった。あれは裏口なのだろうか、だとしたら随分と変な位置にある。
「すみません」
真白は数歩前に出てカウンターに向けて声をかける。しかし返答はない。
「あのー、すみません!」
再度大きめの声で呼びかけるが誰も出てこない。
なんだ、営業していないのか、まあ深夜だし仕方ない。真白が体の向きを変えようとしたその瞬間のことだった。
「客か?」
突然の声にびくりと肩を上げる。慌てて振り向くとすぐ後ろに人が立っていた。
「うわあ!」
全く気配がなかった。この人は一体いつからそこにいたのか。
黒いTシャツの上にエプロンをつけているその人の様子は少しチグハグなような気がした。
「驚かせてすまない。私はここの管理者の居神(いがみ)だ」
「管理者…?」
食堂の管理者とはどういうことだろう。経営者または店長ということだろうか、真白は首を傾げる。
一方で、居神は何か言いたげに真白の方をじっと見ている。なんだか居心地が悪い。
「な、なんですか?」
「君は……いや、なんでもない。食事をしにきたのだろう。今出すからちょっと待っていてくれ」
「あ、えっと、営業されてるんですか?」
「ああ、一応、な。まあ適当に座ってくれ」
居神は含みのある言い方をしながら、カウンター席を指差しキッチンに入っていく。
なんだか変な店に入ってしまった、真白はさっさと帰ろうと思いながら席に着く。
その瞬間、ガチャンという食器が当たる音が鳴り響き、真白は再び飛び上がった。
音の方を見ると、先ほどの居神が慣れなさそうな手つきで食器を用意していた。
管理者、というのは料理の提供は普段しないのだろうか、真白は段々不安になってきていた。そしてさらに不安を煽るように声が響く。
「熱っ」
今度はなんだと真白は恐る恐る首を伸ばし、カウンターの中を覗き見る。
どうやらおにぎりを握ろうとしているらしい居神だが、熱々の米を見つめながら困っている。
「俺やりますよ」
やはりこの人は料理をしないのか、真白は見るに耐えかねてつい声をかけた。そして着ていたスーツのジャケット脱いだ。
■
真白はご飯をさっと握って三角に仕上げていく。
「なるほど、うまいな」
真白の手元を珍しそうに居神が覗き込む。
「あなた、ここの店長じゃないんですか?」
真白は訝しげな目を向けた。
「残念だが違う、管理者だ。ちなみに俺は料理は全くできない」
「じゃあ料理をする人は別なんですか?」
「前はいたんだが、今はいない」
今はいないということは、誰かやめてしまったのか。料理をする人がいない状態で食堂とやらは営業できるのか。真白は、とことん変な店だと思いながらも手早く調味料を合わせていく。
━━醤油大さじ 2、酒大さじ1、みりん大さじ1。
「何をしているんだ?」
「焼きおにぎりにしようと思って」
フライパンの上にごま油を引き、先ほど握ったおにぎりを置いていく。
先ほど合わせた調味料をさっとハケで塗る。
「おお、いい匂いだ」
居神は関心したように頷く。
「全く……よくそんな状態で営業してましたね」
皿の上におにぎりを乗せる。
「ほら、これあなたの分です」
「俺のもあるのか?」
「どうせ作るなら一緒に作っただけです」
真白はプイッと顔を背ける。
「君は優しい人だな。ありがたくいただくよ」
カウンター席に座る真白を見届け、居神はおにぎりを頬張る。
「うん、うまい」
「口にあったみたいでよかったです。焼きおにぎりは、姉がよく出してくれていたんです」
真白は、指についた米を口で取りながら言う。
焼きおにぎりは、姉の得意料理だった。得意料理、というか姉は料理が苦手で、唯一おいしく作れるのは焼きおにぎりだけだった。
━━醤油大さじ 2、酒大さじ1、みりん大さじ1。
姉はそう呟きながら、調味料を合わせていた。だから同じ分量でいつも作っている。しかし、
「姉と同じ味にはならないんですよね。不思議なことに」
「そうか、お姉さんに聞いてみたらどうだ?」
「姉は、2年前に亡くなりました」
真白は言ってからやってしまった、という表情をした。人の姉が死んだ話など、急に聞かされても困るだろう。
「いつか秘伝のレシピが聞けるといいな」
しかし、真白の気持ちとは裏腹に居神はなんてことないように返す。
真白はその自然さに驚きつつも居心地の良さを感じた。腫れ物扱いされる方が気を遣う。
「料理はよくするのか?」
「まあ、それなりにはしますね。職業柄、あまり外で食べないんです」
「ちなみに帰りは毎日この時間?」
「今日は特別ですね、って言っても明日も仕事ですけど」
「だからこんなところに来るんだ」
「え?」
真白はどういう意味だ、と首を傾げた。相手の意図するところがピンと来なかった。
「たまにいるんだ、こちら側に片足を突っ込んでしまって間違えて来るやつが」
居神の雰囲気が若干変わったような気がした。なんだか怒っているような気配に真白はたじろいだ。
「ここは死んだものが来る場所なんだ」
「え?いや、俺はまだ生きてますよ?」
「そう、君は生きている。半分死んだように仕事をしながらな。ちゃんと休まないから間違えるんだ」
居神はふっと笑う。先ほどの雰囲気はどこかに消えていた。
「その話が本当だとして、じゃあここはなんなんですか?」
「多くがここで食事をする。食べてあっちに行く。ここは『あちら』と『こちら』の境目だ」
「……あちらっていうのは」
「いわゆる『あの世』というやつだ」
「……冗談でしょう?」
「そう思うのも当然だ」
居神は面白そうに笑った。やっぱり変な店に入ってしまったようだ。
真白は困惑しながらおにぎりを一気に口に入れた。
「俺、そろそろ帰るので会計お願いします」
財布、どこだっけな。真白は鞄の中に手を突っ込む。
「ああ、タダでいい」
「は?なんで」
流れるように言う居神に真白は驚く。
「客に料理をさせたしな」
「まあ、それは確かに……」
真白は口淀む。
「それに、君とは縁がありそうだ」
「え?なんか言いました?」
「いや、なんでもない」
「そう、ですか」
今何か言ったような気がしたが、まあいいか。真白は席を立ち、一礼する。
「じゃあ、すみません。ご馳走様です」
「出口はあっちだ」
居神が指さす方向は入ってきた入り口とは反対の方向にある小さな扉だった。
「あちらからは出れないんですか?」
「入ってきた扉はもうない。あの扉に繋がるのは『あちら』の世界だ」
その話、まだ続いていたのか、真白は眉間にシワを寄せた。
「君の目に見えているその小さな扉は生きたものにしか見えない。さあ、帰り道はあっちだ」
「どうも」
従う義理もないが、めんどくさそうなのであっちから出ることにした。
「それじゃあ、ご馳走様でした」
真白は扉を開けて外にでる。
━━チリン
再び鈴の音が聞こえた気がした。
真白は外に出たところでお礼を言おうと振り向く。
「え?」
その瞬間、真白はフリーズした。
そこにはだだっ広い空き地が広がっていた。
先ほどまであったはずの食堂はどこに消えたのか。
「おいおい、嘘だろ?」
まさか、本当に『あの世』と『この世』の境目だったのか。
真白は苦虫を噛んだような顔をした。
■
真白は翌朝、職場のロッカー室で盛大なため息をついていた。
昨晩は大変な経験をしてしまった。というかそもそも夢だったのではないだろうか。
真白は考え事をしながら真っ白なワイシャツに腕を通す。
「よし」
ネクタイを締め直す。
なんにせよ、あんな体験はもう二度とないだろう。それに、ちょっと気を抜きすぎた。
しっかりせねば、真白は頬をパチンと叩きロッカーを閉め部屋を後にした。
ノックは3回。それは自分に染みついた暗黙のルールだ。
「失礼します!公安部外事課真白です」
真白は扉を開け、中に入る。
中には公安部の部長、大森が立っていた。
そしてその横には警視総監である三国もいた。滅多に会うことができない人物である。真白は伸ばした背筋がさらに伸びる心地がした。
「おお、ちょうど来たね」
「はい、お呼びでしょうか」
今日は急に呼び出されたのだった。新しい仕事か、それとも。
「居神くん、彼が真白くんだよ」
大森が声をかける。誰かいるのか。
「はじめまして、居神です。天界省の長官補佐です」
そして、視界に現れたのは昨日の男、居神だった。
真白は驚き目を見張った。
そんな真白をよそに、居神はポケットから名刺ケースを出す。
流れるような手つきで差し出された名刺には『天界省』と書かれていた。
「天界…省…?」
見慣れぬ言葉に真白はつい疑問系で言葉を投げかける。
「『あちら』での手続きを一切任されている場所だ」
大森が補足するように声をかけた。
━━あちらとこちらの境目だ
居神は確かにそう言っていた。つまりあの場所は本当にある場所だったのか。
「真白くん、君に天界省への出向を命じる。居神君は今日から君のバディだ」
「え?」
何も事情を掴めていない真白だったが、隣に立つ男は微動だにせず話を聞いている。
昨日この人は「縁がある」と言っていた。もしかして知っていたのだろうか。
「『あちら』というのは、死んだものが行くところですか?」
「そうだ」
大森の顔は至って真面目だった。ふざけているわけではないらしい。
「この世でもいろいろな手続きはあるだろう?税金、保険、エトセトラ。それと一緒であの世でもいろいろな手続きが必要なんだ」
「そう、なんですか」
真白は何かコントでも見ているような気分で返事をした。
死後の世界、それは想像のできない異世界だと思っていたが、今の話を聞く限りなんとも現実的な場所である。
「そして彼らが一番徹底して管理をしているのは、魂の情報だ」
━━魂の情報。
さらに聞き慣れない言葉が出てくる。真白は思わず眉間にシワを寄せた。
「いわゆる死者の情報だ。名簿のような形で管理されている。あちらに行く死者の魂はその名簿に記載されている内容と一致していなければならない」
「どうしてですか?」
「当たり前だろう?死ぬ運命になかったものが死ぬ、死ぬべきものが生きてしまう、そんなのルールに反する」
大森の言葉に真白は驚いた。それは、つまり、
「俺たちは死ぬ日が決まっている、ということですか?」
「そうだ」
横から三国が口を挟む。凄みのある声だった。
「私たちは生まれたその瞬間から死ぬ日が決まっている。その情報は全て天界省が管理する魂の情報に記載されている」
真白は情報の多さにめまいがしそうだった。話についていくのに精一杯だった。
「……ただ、最近おかしいんだそうだ」
大森はそっと窓側の方に向かって歩き出した。そして音を立ててブラインドをおろす。部屋の中が急に薄暗くなった。
「魂の数が一致しないらしい」
━━魂の数が一致しない。
それが意味するところはどういう意味なのだろうか。
そう疑問に思っていると、大森がゆっくりと口を開いた。
「つまり、あちらに行くべき魂がいくつか行方不明なのだ」
「え?」
「この世では確かに死亡届が出ている。病院や現場の関係者に尋ねても、確かに当事者は死んでいるのだ。なのに、あの世には来ていない。つまり向かう途中で行方不明となっていると考えられる」
「そんなことあり得るんですか?」
「あってはいけないことだ」
あってはいけないことが起きている。真白は嫌な予感がした。
「……考えすぎかもしれないが、なんだかよくないことが起きそうな気がしてな」
不意に三国が呟くように言った。何度か顔を合わせたことはあるが、こんな三国は初めて見た。
「というわけで君には調査をお願いしたい」
大森がこちらに向き直る。
「行方不明の魂の謎を調査しろ、ということですね」
「さすが公安のエースは話が早いな」
大森は軽く笑い、真白の肩を叩いた。褒めているようにも、憐れんでいるようにも聞こえた。
「天界省の存在は警視総監と公安職員の一部しか知らない。死ぬ時期が決まっているなんて一般人が知ったら大混乱だからな」
「はい」
つまりは、内密に調査をしろ、ということだ。
「承知しました」
真白は敬礼をし、その場を後にしようと背を向けた。
「真白くん」
三国が呼び止める。まだ何かあるのだろうか、真白は三国の方に向き直る。
「あまり無理をしないように」
「……」
真白は黙ったまま再度敬礼をし、外に出た。
■
「真白くん」
廊下を歩いていると居神に呼び止められた。
「昨日ぶりだな」
「……あなた、俺のこと知ってたんですか」
真白は居神を軽くにらんだ。不意打ちを食らったのだ、ちょっとばかり腹が立つ。
「知ってる知らないで言えば、知ってた。だが、昨日まさか来るとは思わなかった。あれは偶然だ」
居神は両手を上げ、まるで降参だと言わんばかりにひらひらと手を振った。
「さて、天界は君の想像するより辺鄙なところだ」
そして、居神は右手を差し出す。
「ようこそ、天界食堂へ。天界の調査官としてこれからよろしく」
真白は差し出された右手を見つめた。
今回言い渡された任務は正直理解の範疇を超えていた。自分はなにか大きなことに巻き込まれてしまっているのかもしれない。
だが、それと同時に一つ期待があった。
──姉が死んだ理由を究明できるかもしれない。
真白は居神の手を握った。
バディの成立だ。
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