失敗と悶絶
「お世辞でも嬉しいです」
と言われると、お世辞じゃないのになぁ…と思ってしまうけど
「お世辞じゃないですよ!」
と言い返してしまうと、お世辞になるような気がして、お世辞じゃない理由を上手く伝える術がわからなくて
『はぁ(°▽°)』
とうすら笑いで済ましてしまうユ・ディです。
そして家に帰って落ち着いた後、寝る前、なんなら数日後に、あの時のお相手に
「やっぱりお世辞だったんじゃん!」
って思わせてしまっていないかの考えが脳内を駆け巡り
うぉぉぉぉぉぉーーーっ
と脳内がひっちゃかめっちゃかになり
悶絶しそうになってしまうユ・ディです。
お世辞じゃないのにー!
その場で上手くスマートにお相手に伝える能力に欠けているんですね。
変に伝えてしまい、お相手に間違った伝わり方をしているを実感する時もあります。
その悶絶は数分で治り、そして忘れます。
反省がないので同じ事を繰り返して生きています。
実は昔から
恋愛感情というものがどういうものかよくわかっていません。
青春時代の恋も
「右にならえ」で
みんながしてるから真似をした
感覚です。
なんでも現代では私のような者のことを
アセクシャル・アロマンティック
と言うようです。
なんか、シャレオツ(°▽°)
自分を分類しようなんて、そんな大それたことを言うつもりはありません。
分類に当てはめる事が出来るほど、人間は簡単なものじゃないとも思います。
なんだかんだ言いましたが
人が好きです。
ウソのようなホンマの話な人にもよく出会います。
直近では、ずっと「ニャー」のみで会話するカップルの後ろを歩きました。
彼女「ニャーニャ♡」
彼「ニャー♡」

僭越ながら会話の一部を私が(勝手に)訳します。
彼女「スーキ♡」
彼「オレも♡」
と、言っていました。
愛おしい…
愛おし過ぎて悶絶寸前でした。
カップルと答え合わせしたら正解な自信しかない。
ニャー語検定準1級くらいは取れるんじゃなかろーか。

話は戻りますが、人が好きです。
自分が苦手な人に会うとストレスですが、それも面白がってしまう癖があります。もちろん疲れますが、いろんな人がいるなぁぁぁと妙に納得してしまうのです。
自分が大好きな人と出会うと、それはもう手の施しようがなく、大好きが溢れ出ます。が、伝える能力が乏しいのでお相手にはあまり伝わっていないようです。
noteをしている身ですが、読むことは大好きでも書くことが好きと思ったことはあまりありません。得意でもないですし、時間もかかるし語彙力が乏しく上手く表現出来ない事も多々です。
それでもお喋りで気持ちを伝えるより、書いて伝える方が自分には合っていると感じています。
書いて伝える事は、お相手と向き合ってじっくり考える時間が持てるからです。
書くことで頭が整理される感覚もnoteを書くうちにわかってきました。
だからnoteが好きなのかもしれません。
noteに出会えていなければ、こうして書くことがない日々を今も過ごしていました。
これからも失敗と悶絶を繰り返し生きて行くのでしょう。
ただnoteを書くことを続けていけば、脳内で整理された言葉たちがお喋り中にひらめいて、もう少し対・人に対してスマートに対応出来る自分になれるかもしれない。
私の好きをお相手にもっと伝える事が出来るようになるかもしれない。
と、淡い期待を抱いている春です。
桜の季節(花粉の季節)もあと少し…
新緑の季節がいちばん好きです🍀
あと、推しのファンクラブに入りました。年内に会えるかもしれない期待を最大限に楽しみたいと思います❤️
うひょーーー(*≧∀≦*)

