コンドルは飛んで行く
小学校1.2.3年生の音楽会は欠席した。
音楽の前田先生は大好きだったけど、大勢の人前で合唱や合奏をするなんてどうしても出来ない子供だった。
そんな私の引っ込み思案を見兼ねた近所のおばちゃんが、学校外のバレーボールチームに誘ってくれた。
小学3年生の時だ。
バレーボールが楽しくて、もっと上手くなりたくて、学校は休みがちだったけど週1回の日曜日の練習は休まず行くようになった。
大きな大会に出るようになって、大きな声も出るようになって、同じ小学校の友人も出来て。
バレーボールと出会ってから、引っ込み思案の性格が随分変わった。
小学4年生の秋の音楽会。
出てみようと思った。
合奏の課題曲は
「コンドルは飛んで行く」
音楽会の合奏は、やりたい楽器を立候補で決める。立候補しない人は、リコーダーになる。私は手を挙げるのが恥ずかしくて、本当は木琴をやりたかったけれど、流れに身を任せリコーダーになった。
音楽の前田先生は、いつも私を気にかけてくれた先生だ。
その日の放課後、ひとり廊下を歩いていた私を呼び止めた。
「ゆかりちゃん。今年は音楽会来てくれる?」
「はい、前田先生。今年は頑張ってみます!」
元気に答えた。
「そう、先生嬉しいわぁ。ゆかりちゃんに特別に演奏して欲しい楽器があるの」
「え…そうなんですか」
嬉しそうにニコニコ笑う前田先生。
特別
という言葉に、子供ながら強烈に惹かれた。
私はリコーダーから、特別な楽器を演奏する人に任命された。
音楽会練習の初日。
合唱練習をした後、各々合奏のパート練習に入る。
辺りを見回したが、木琴、鉄琴、大太鼓、小太鼓、オルガン、ピアノ…特別な楽器が見当たらない。
前田先生の所へ行って聞いてみた。
「あのぅ、私の楽器はどこにあるんでしょうか…」
前田先生は
しまった!
という顔をしていた。
「あのっ、あのね。ゆかりちゃん。楽器がまだ決まってないの。今はリコーダーの子たちと一緒に練習してくれる?」
「わかりました」
なんかわかんないけど、私の特別な楽器は決まってないんだな、と素直に受け取りリコーダー練習の仲間に加わった。
前田先生と1組の近江先生と担任の長谷川先生が、リコーダー練習している後ろで話し合いを始めた。
私はリコーダー練習もそっちのけで、聞き耳を立てたけど、何を話し合っているかわからない。
そして、私が呼ばれた。
前田先生が
「ゆかりちゃんの楽器、全体練習してみて決めたいの。足りない音が何か見極めたいの。それまでリコーダー練習してくれないかな?」
「わかりました」
と、言うしかなかった。
「でも先生。私リコーダーで良いです。特別じゃなくても…」
1人で呼び出しを受け、みんなから注目されていることが急に恥ずかしくなった。
前田先生は
「ううん、ゆかりちゃん、先生はあなたにやって欲しいの」
担任の長谷川先生が察して
「無理にとは言わないからね。特別な楽器が決まって、あなたがやりたいと思ったら。その時に決めてくれたら良いから」
私は黙って頷いた。
1組の近江先生は若い男の先生で、みんなから大人気の先生だ。
「特別な楽器が決まらなかったら、ゆかりをコンドルに扮装させて体育館の天井から吊り下げるから、バタバタ羽ばたいてくれたらいいからな!そんな演出も俺は考えとるぞ!」
不安そうな私を笑かそうと、近江先生が冗談を言った。
今となれば冗談とわかる。
駄菓子菓子
小学4年生の私はそれが冗談だとは思わず、真正面から真に受けた。
どっどうしよう
コンドルになるっっ

私の脳内では、コンドルになり体育館の天井から吊り下げられ、バタバタと羽ばたいている自分が想像された。
その日の放課後、1人でランドセルを背負い帰りながら…腕をバタバタさせる練習をしてみた。
その頃から真面目だった。
無理だっ
私にコンドル役なんて
出来る訳がないっっ
堪らず帰宅後、事の経緯を2番目の姉に相談した。姉はもう高校生だ。
んなアホな
コンドルも天井からの吊り下げもお金がかかるねんで
アンタにそんな投資する訳ないやん
だいたい小学校の音楽会でそんな演出出来る訳ないねんから
心配せんでええよ
と、大笑いされた。
すこーしだけ気が楽になった。
それでも私は
コンドルにされたらどうしよう😨
という不安と数週間戦った。
2週間後…
私に言い渡された特別な楽器は…
ウッドブロックだった。

私は心の中でとてつもなく安堵した。
前田先生は、私の為にソロでポクポクする箇所を作ってくれた。
恥ずかしいけど、嬉しかった。
音楽会の後、前田先生も担任の長谷川先生も、観に来た祖母も母も泣いていた。
私だけが
コンドルに
ならなくてよかった
と心でガッツポーズしていた。
今思えば、音楽会に出た事がなかった私に見せ場を作ってくれたんだと思う。
特別と前田先生が言ってくれたから、頑張って音楽会に出席した。
長谷川先生が、無理しなくていい、やりたくなかったら断っていいと逃げ場を作ってくれた。
近江先生がコンドルになれと言ってくれたから、コンドルになるよりマシだ、とウッドブロックのソロもやり遂げられた。
先生たちのおかげで責任とプレッシャーが逆効果にならず、初めての音楽会に出席出来た。
大人たちに支えられていたこと
今ならわかる。
そして、優しい大人たちのおかげで
コンドルになりたかったなぁ
めっちゃおいしいやん
と、まで思える大人に
今は、なれたんだ。
おまけ

