見出し画像

街なかスタジアムは本当に「防災拠点」なのか?〜東日本大震災以降の実績から検証するスタジアムの公共性〜

Jリーグのスタジアム整備を巡る議論では、地域活性化や交流人口の増加と並んで、「災害時の防災拠点になる」という公共的価値が語られることがある。Jリーグ自身もスタジアムの社会的機能として、避難者や帰宅困難者の受け入れ、後方支援拠点、場合によってはピッチのヘリポート利用などを紹介している。確かに、大規模スタジアムの中には避難利用を想定し、給水設備や非常用電源を備えた施設もある。しかし、「防災拠点」という言葉は非常に幅が広い。そこで東日本大震災以降の代表的な実災害を確認し、スタジアムが実際に何を担ったのかを見てみたい。

「防災拠点」という言葉を分解する

本稿では便宜上、防災機能を四つに分ける。第一は、避難者や帰宅困難者を受け入れる「避難・一時滞在機能」。第二は、支援物資を保管・仕分けして避難所へ送り出す「物資拠点機能」。第三は、消防、警察、自衛隊、DMATなどが人員と車両を集結させる「実動部隊拠点機能」。第四は、大量の物資、大型車両、ヘリコプターなども扱う「広域防災拠点機能」である。

この区別をしないまま「スタジアムは防災拠点になる」と説明すると、数万人を避難させられることと、自衛隊や消防を大規模展開できることが同じ能力であるかのように受け取られかねない。しかし、「人を収容する能力」と「大量の車両・物資・部隊を展開する能力」は別物である。

スタジアムにも防災価値はある

スタジアムが災害時に役立った実績は実際にある。2011年の東日本大震災では、味の素スタジアムが福島県などからの避難者を受け入れ、東京都の記録では約130人が体育館や会議室などで避難生活を送った。ユアテックスタジアム仙台もベガルタ仙台を中心とする支援物資の受入場所となり、集まった物資を選手やスタッフらが沿岸部の避難所へ届けている。行政の広域物資拠点とは異なるものの、スタジアムが地域の支援活動を支えた実例である。

現在の街なか型スタジアムの代表例であるエディオンピースウイング広島には、さらに幅広い防災機能が計画されている。広島市は同施設を避難所として位置付け、防災ポータルでは収容可能人数を3万人としている。中央公園の防災機能強化計画では、スタジアムを避難や帰宅困難者の受け入れだけでなく、救護所、救援物資の保管・輸送、行政支援などに使うことを想定し、周辺広場には物資輸送、災害ボランティア活動、ヘリポートなどの機能も計画している。

したがって、「街なかスタジアムは防災に役立たない」という議論は適切ではない。都市中心部で多数の人を受け入れられることには明確な公共的価値があり、周辺公園と一体で設計すれば物資や救護などの機能も組み込める。ただし、広島については現時点では主として計画上の能力であり、大規模災害で実際にどこまで機能するかという実績とは分けて評価する必要がある。

実災害で本格的に機能したのは「広い土地」だった

スポーツ施設の防災利用を考える上で最も分かりやすいのが2016年熊本地震である。当時ロアッソ熊本の本拠地だったうまかな・よかなスタジアムは熊本市の物資補給拠点として使われ、市の災害対策本部資料には「うまかなよかなスタジアム市補給拠点→各区補給点→各避難所」という物流ルートまで記録されている。スタジアムそのものが物資拠点として機能した明確な成功例である。

しかし、消防、警察、自衛隊などの大規模な活動拠点となったのは、スタジアム単体ではなく熊本県民総合運動公園全体だった。熊本県は震災前から同公園を「自衛隊等集結拠点」と位置付け、99.6haという広大な敷地、全天候型パークドーム、益城熊本空港ICや阿蘇くまもと空港への近接性を評価していた。実際の熊本地震でも、県民総合運動公園などは消防、警察、自衛隊の活動拠点として使われた。

東日本大震災では、宮城県総合運動公園グランディ・21がヘリコプターのフォワードベースとなり、最大14機/日の駐機実績を残した。グランディ・21は当時のベガルタ仙台の通常本拠地ではないが、大規模スポーツ公園が広域災害時に発揮できる能力を示す重要な事例である。

さらに2019年東日本台風では、長野Uスタジアムがある南長野運動公園が自衛隊の宿営地として使われた。ところが長野市の資料には、テントを設営する適当な場所が少なく、傾斜地やわずかな平坦地にも設営したという記録が残っている。郊外型の大規模運動公園でさえ、実動部隊を受け入れるには十分な平坦地の確保が課題になったのである。

これらの事例に共通するのは、観客席そのものより、大型車両を並べられる広場、テントを張れる平坦地、資機材を置く空間、アクセス道路、給水・通信設備、場合によってはヘリを運用できる場所が重要だったことである。実災害では、スタジアムを含む広大な土地と周辺施設の組み合わせが防災資産になったと考える方が実態に近い。

物流では展示場、避難ではアリーナが強い

2024年能登半島地震では、石川県産業展示館4号館が県の物資拠点として使われた。国などから届いた物資を集約し、自衛隊や物流事業者などと連携して各市町や避難所へ輸送している。展示場は大規模展示会や重量物搬入を想定しているため、広い平床、大型搬入口、大型車両の進入路、大規模駐車場などを備えており、災害物流と相性がよい。

熊本県も震災前から同様の発想を採っていた。県民総合運動公園を自衛隊等の集結拠点とする一方、大量物資の受け入れにはグランメッセ熊本を位置付け、屋内約8,000㎡、大型トラックの乗り入れ、約2,000台の駐車場などを評価している。人員や車両を展開するなら運動公園、大量物資を扱うなら展示場という機能分担である。

都市型アリーナにも別の強みがある。東日本大震災では、横浜アリーナやパシフィコ横浜などを含む横浜市内50か所で約1万8,300人の帰宅困難者を受け入れた。広い屋内フロア、空調、トイレ、電源、諸室などを持つアリーナは、人を一時的に収容する用途に適している。

大まかに整理すれば、避難者・帰宅困難者の収容ではスタジアムやアリーナ、物資物流では展示場、消防・警察・自衛隊などの大規模展開では広大な運動公園に強みがある。どの施設にも防災上の価値はあるが、得意分野は同じではない。

街なかスタジアムと「広域防災拠点」は同じものではない

Jリーグが志向する街なかスタジアムには、駅から近い、都市機能と一体化できる、限られた土地を高密度に利用できるといった長所がある。一方、本格的な広域防災拠点では、広い空地、大型車両の動線、荷さばき空間、部隊の宿営場所、場合によってはヘリの発着場所などが必要になる。両者は両立できないわけではないが、必要とする空間条件は異なる。敷地に余裕の乏しい都市型スタジアムほど、避難者を収容する空間と、大型車両や物資、実動部隊を展開する空間を同時に確保することには制約が生じやすい。

例えば、エディオンピースウイング広島が3万人を収容可能な避難所として位置付けられていることには大きな価値がある。中央公園全体を活用して物流やヘリポートなどの機能まで計画している点も評価すべきだろう。しかし、熊本県民総合運動公園のような99.6haの広大な敷地を前提とした自衛隊等の集結拠点とは、規模も役割も違う。3万人を収容できることと、多数の緊急車両や支援部隊を展開できることは別の能力である。

さらに、防災拠点として計画された施設自身が被災する可能性もある。東日本大震災ではカシマサッカースタジアムが被害を受け、2018年北海道胆振東部地震では札幌ドームを含む体育施設で天井パネル落下などの被害が報告された。2019年東日本台風では等々力緑地の複数施設が浸水し、2022年台風15号ではIAIスタジアム日本平周辺の土砂崩れや断水によってJリーグ公式戦が中止された。

2026年7月28日の熊本地震でも、えがお健康スタジアムでは支柱土台の破損や天井コンクリート片の落下が報告された。一方、グランメッセ熊本も一部被災したものの、使用可能だった展示ホールを物資集積拠点として開設し、支援物資を避難所へ発送した。防災拠点には、施設の一部が被災しても残った空間で機能を継続できる余裕も重要だと考えられる。

防災を公共投資の理由にするなら、数字で示すべきだ

スタジアムの防災価値を否定する必要はない。都市中心部で多数の避難者を受け入れられる能力には大きな意味があり、広島のように周辺公園と一体で救護や物資、行政支援まで組み込むこともできる。しかし、その価値を「防災拠点」という一語だけで広域災害対応能力にまで拡張して評価することには慎重であるべきだ。

新スタジアム建設で防災を公共投資の理由とするなら、「防災拠点になります」という説明だけでは足りない。避難可能人数だけでなく、水・食料の備蓄量、非常用電源の稼働時間、飲料水確保量、物資保管面積、大型トラックの受入能力、実動部隊を展開できる空間、宿営面積、ヘリ運用の可否、周辺道路が被災した場合の代替アクセスなどを具体的に示すべきである。

今回確認した東日本大震災以降の代表的な実災害では、本格的な災害対応で大きな役割を果たしたのはスタジアムの観客席だけではなく、広大な運動公園、展示場、体育館、駐車場、オープンスペースだった。熊本では約100haの運動公園が実動部隊の拠点となり、宮城では巨大な運動公園がヘリの活動拠点となり、能登半島地震では展示場が物資物流の拠点となった。

したがって、「スタジアムは防災拠点になる。だから多額の公費を投入する公共的合理性がある」という三段論法は、そのままでは成立しない。防災を建設理由とするのであれば、非常用発電設備、耐震性貯水槽、備蓄倉庫、避難スペース、通信設備、緊急車両動線など、防災のために本当に必要な設備と空間を切り分け、その費用対効果を検証する必要がある。

街なかスタジアムは、街なかにあるからこそ避難施設として価値がある。一方で、限られた土地に建てる以上、大規模な実動部隊や物資を展開する広域防災基地としては制約を受けやすい。「防災拠点」という便利な一語で両者を混同せず、「このスタジアムは災害時に具体的に何ができるのか」を問うことが、公共投資を考える上では必要ではないだろうか。

参考情報

Jリーグ「スタジアムとまちづくり/防災拠点」
避難者受入れ、後方支援、ヘリポートなど、Jリーグが想定するスタジアムの防災機能。

東京都「東日本大震災被災者の受入れ・味の素スタジアム」
味の素スタジアムで約130人の避難者を受け入れた実績。

仙台市・仙台防災未来フォーラム「東日本大震災から10年 ベガルタ仙台」
ユアテックスタジアムを支援物資の受入場所として利用した経緯。

熊本市「平成28年熊本地震 災害対策本部会議資料」
うまかな・よかなスタジアムを市の物資補給拠点として利用した記録。

熊本県「九州を支える広域防災拠点構想」
県民総合運動公園を自衛隊等集結拠点、グランメッセ熊本を物資集積拠点として位置付け。

熊本県「熊本地震の概ね3カ月間の対応に関する検証」
県民総合運動公園などを消防、警察、自衛隊の活動拠点として利用した実績。

宮城県「宮城県広域防災拠点基本構想・計画に関する調査・検討業務報告書」
グランディ・21で最大14機/日のヘリ駐機があったことを記録。

長野市「長野市国民スポーツ大会・全国障害者スポーツ大会施設整備計画」
南長野運動公園での自衛隊宿営と、テント設営場所不足の記録。

石川県「令和6年能登半島地震アーカイブ・物資支援」
石川県産業展示館4号館を物資拠点として利用した実績。

横浜市「東日本大震災における横浜市の対応」
市内50か所で約1万8,300人の帰宅困難者を受け入れた記録。

広島市「中央公園防災機能強化計画」
エディオンピースウイング広島と周辺広場の避難、救護、物資、ヘリポート等の計画。

広島市防災ポータル「エディオンピースウイング広島」
避難所としての位置付けと収容可能人数。

茨城県「東日本大震災の記録」
カシマサッカースタジアムの被災状況と復旧対応。

札幌市「平成30年北海道胆振東部地震 対応検証報告書」
札幌ドームを含む体育施設の被害記録。

川崎市「令和元年東日本台風におけるとどろきアリーナの対応に係る検証報告書」
等々力緑地・とどろきアリーナの浸水被害と対応。

Jリーグ「清水vs磐田 開催中止のお知らせ」
IAIスタジアム日本平周辺の土砂崩れ・断水による試合中止。

熊本県「令和8年熊本地震に係る被害状況等」
2026年熊本地震による、えがお健康スタジアムやグランメッセ熊本などの被害状況。

熊本県「令和8年熊本地震に関する情報」
2026年熊本地震に関する県の災害対策本部資料等。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集