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人として誠実であること。65歳の母と娘が異国で立ち上げた、地域に寄り添う食堂

やりたいことを選ぶか、それとも安定を選ぶか。

年齢を重ねるほど、こうした問いに向き合う場面が増えていくと思います。

もし迷ったとき、あなたの選択を支える軸はありますか。今回お話を伺った母娘の歩みを聞くうちに、その問いへのヒントが見えてきました。


メキシコの南部、色鮮やかな建物が並ぶオアハカシティに一軒の食堂があります。日本人の母娘が、肩肘張らない日本のごはんを提供しています。

食堂の名前は「さくら食堂」といい、店内の壁いっぱいに桜の木が描かれています。それはお二人にとって大切な原風景のひとつ、家族で過ごした東京の桜並木です。

食堂を営む母のジュンコさんと次女のハルカさんにインタビューすると、メキシコ移住や食堂の運営について伺うつもりが、母娘二人の生き様までが浮かび上がってきました。


やらない後悔より、やって後悔したい。母娘で地球の裏側へ

母親のジュンコさんは、もともと東京でネイルサロン兼マッサージ店を営みながら、シングルマザーとして3人の子どもを育ててきました。

稼ぎ頭としての父親役と、家事と育児をこなす母親役。母子家庭でも子どもたちが不自由なく暮らせるようにと、子どもを守り育てることに必死でした。

現在、74歳の母・ジュンコさん

母の頑張る姿を間近で見てきた次女のハルカさんは、小学生の頃から母の代わりに食材の買い出しや朝晩の食事をつくるようになりました。

少しでも家計を助けようと、スーパーのチラシを毎日チェックして、自転車を漕いで遠くの店まで特売品を買いに行く。

テレビの料理番組を参考に料理をつくり、買い物も調理するのも楽しくて仕方がない。だから子どもの頃から、いつか料理屋さんを開いてみたいと思っていたそうです。

現在、メキシコで食堂を営む次女のハルカさん

3人の子どもたちは成人すると母親の店を手伝い、家族で店を切り盛りする毎日を送っていたといいます。時には仕事中に言い争うこともあり、でも家では仕事のことは忘れて家族団らんの時間にする。そうやって家族の絆を深めていきました。

そんな日々の中、海外好きな長女が旅行でメキシコを訪れました。この行動がジュンコさん家族にとって転機の始まりになったのです。

メキシコの魅力に取り憑かれた長女は、その旅行から1年後、メキシコ北部の都市・モンテレイへ移住。行動派の母親と次女も、長女に会いにいくため、定期的にメキシコを訪れるようになりました。

現地の情報に触れる機会が増えていくと、メキシコ南部のオアハカ州に興味が湧いたそうです。それは昔、ジュンコさんが子どもたちの服やかばんを手づくりしていた経験から、手刺繍や手織物などが受け継がれたオアハカの伝統文化に惹かれたからです。

そうして訪れたオアハカ州オアハカ市。

民族衣装を日常的に着る先住民の人が歩いていたり、ギャラリーがたくさんあったりと、伝統やアートが日常と混ざり合う暮らしに惹かれ、いつかこんな街に住んでみたいねと話していたそうです。

そして年月が経ち、2011年3月に東日本大震災が起こりました。

東京に住み、東京で働いていたジュンコさん家族も地震の揺れを感じて、事の重大さをニュースで知り、深く考えを巡らせたそうです。ジュンコさんとハルカさんは話し合い、海外に移り住むことを決めました。

移住当時の2011年は、59歳だったジュンコさん。

その年齢で海外移住するのは体力的にも、精神的にも大きな負担となります。そんな大きな決断にさぞ悩まれたのでは? というこちらの思いとは裏腹にさらりと言いました。

「震災から半年後、いつか住んでみたいねと話していたオアハカへ移住しました。やらない後悔よりやって後悔したい。だから、海外移住に対する迷いはなかったんですよね」


食堂開業までの道のりは、母娘二人三脚の夢の実現だった

オアハカへ移住後、東京で築いてきたスキルを生かして、ジュンコさんは次女のハルカさんと二人三脚でネイルサロン兼マッサージ店をオープンさせました。

しかし、飲食店開業の夢を持っていたハルカさんから、あるイベントの飲食ブースで食事を提供してみたいと相談されます。応援したい思いからイベントの3日間は店を臨時休業し、二人で寝る間も惜しんでおにぎりや日本の家庭料理を準備しました。

「海外の日本食レストランのような高級な食事ではなかったけれど、おいしい!とメキシコの人たちが受け入れてくれて。食堂を開いたら、喜んで食べてくれる人もいるんじゃないかと、少し手応えを感じたんですね」

こうして開業への感触を得たハルカさん。今度は食堂を開いてみたいと相談します。ジュンコさんは「やりたいことは、やった方がいい」と背中を押し、一緒に開業準備を進めました。

まず二人が参考にした飲食店が、東京の桜新町にある定食屋「きさらぎ亭」でした。

「家から近いのもあって、よく家族で通っていたんです。仕事で疲れて、家でごはんを作る気力はないけれど、コンビニの冷たいおにぎりじゃ心が満たされない。そんなときに食べたくなるのが、定食だったんですよね」

地域のお母さんたちが切り盛りする気取らない町の定食屋。決しておしゃれではないけれど肩肘張らない、安心してほっとできる場所。それがさくら食堂の原点になりました。

そして、2017年にさくら食堂がオープン。2021年にネイルサロン兼マッサージ店を閉めて、二人は「さくら食堂」に力を注いでいきました。


2017年にオープン「さくら食堂」が大切にしてること

さくら食堂のメニューはとてもリーズナブル。

一般的な海外の日本食レストランと比較すると、3分の1程度の値段です。そこにはジュンコさんとハルカさんの「誠実でありたい」という思いが込められていました。

「小学生が100ペソ(約1,000円)握りしめて来ても食べられる値段で提供したいんです。高い価格では富裕層の人しか食べられない。

メキシコでは家族と外食することが多いので、人数が多いと食費もかさみます。できるだけ負担にならず、地元の人が気軽に来られる場所にしたくて、オープン当初から価格を変えてないんですよ」

と、さくら食堂の店主ハルカさん。

今回はチキンカツ丼を注文

手頃な価格を維持するために、メキシコで手に入らない日本の調味料はあえて使わず、味噌は値段が高いので、味噌汁も提供していません。

この価格なら食べたいと思えるか。

自分たちが納得できるかどうかを真剣に考えたそうです。利益を優先するなら、単価を上げる選択肢もあったでしょう。それでも二人が目指したのは、高級な日本食ではなく、毎日の暮らしに寄り添う食堂のごはんでした。

「人として誠実であること。それが大切だと思うんです。そういう姿勢や生き方って、お店にも自然とにじみ出ると思うんですね。お店って、店主の思いや信念を体現するものだから」

ジュンコさんは穏やかに、でも揺るぎない口調で話してくれました。

確かに本格的な日本料理ではないかもしれない。でも、家で食べるごはんのようなほっとする味。お二人の思いが、料理から伝わってきました。


地域の人との繋がりが息づく場所

さくら食堂の食事が、生活の一部になっている人もいます。

週2〜3回通ってくれていた近所のおばあちゃんが、その一人でした。今では、お孫さんがご両親と週3回ほど食べに来ているのだとか。中には特別な日に訪れる人もいます。

「高齢のおじいちゃんの誕生日を祝いたいと、年に1度少し離れた村から家族みんなで来てくれるんです。大事な日の家族の団らんの輪の中に、さくら食堂も混ぜてもらっているようで、本当に嬉しいんですよね」

さくら食堂で働くスタッフは、そんな常連さんの名前を把握し、店を支えてくれています。

5年間働いていたスタッフがお母さんと一緒に店を訪れたとき、「娘がさくら食堂で働くようになってから、家族との関係がよくなった」と言われたそうです。

複雑な家庭環境の中で、母親と不仲だったけれど、今では一緒に出かけるほどに。自分を信頼してくれる場所があることが自信につながり、周囲の人たちに優しくなれたのかもしれません。

そんなエピソードからも、さくら食堂が単なる職場ではなく、人が安心して過ごせる場所であり、地域の人たちの日常に溶け込んでいることが伝わってきました。


オアハカの街に溶け込む桜の木

店名の由来にもなった壁いっぱいに描かれた桜の絵。これは、東京デザイナー学院卒で元グラフィックデザイナーのジュンコさんが、家族で過ごした東京・桜新町の桜並木を描いたものです。

「オアハカには、日常の中にアートがあるんです。気軽に入れる版画のギャラリーがすぐそこにあったり、路上で学生が高いレベルの演奏をしていたり。

アートが特別な人のものではなく、暮らしの中に溶け込んでいて、自分がいいと思うものを自由に表現してる。感性が解放されている人が多いと感じます」

オアハカの街を歩いていると、壁の絵や民芸品、音楽など、さまざまな表現が暮らしの中に自然と溶け込んでいます。桜の絵に包まれたさくら食堂は、そんなオアハカの街に馴染んで見えました。

メキシコに移住し、食堂を開き、地域の人たちが集う場所をつくる。

その歩みだけを見れば、地球の裏側で夢を叶えた母娘の成功物語のように聞こえるかもしれません。けれど、お話を伺っていて感じたのは、「自分に誠実に生きる」というお二人の姿勢でした。

「時代は流れ、自分たちの環境もどう変化していくかわかりません。でも自分の軸さえあれば、迷わず生きていけると思うんです。だから私たちは日々誠実に生きて、お店も続けられるだけ続けたい。今は楽しくて、ノンストレスだから、辞める理由が見つからないんです」

さくら食堂は、今日もオアハカの暮らしの中に息づいています。



店名:さくら食堂
住所:C. Porfirio Díaz 507, RUTA INDEPENDENCIA, Centro, 68000 Oaxaca de Juárez, Oax., メキシコ
電話:+52 951 527 3898
営業時間:月曜〜金曜13:30〜19:00、土曜13:30〜20:00
定休日:日曜
URL:https://www.facebook.com/sakurashokudoumexico/

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江指美穂 | メキシコ在住ライター・エッセイスト いただいたサポートは今後作りたいと思っているメキシコでのレンタルショップを作る費用にさせていただきます。