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50代、無職。人生に行き詰まった夜、私は投資と出会った。


現金しか信じなかった私が、投資と出会うまで。

今でこそ新NISAで投資をしていますが、

ほんの数年前までの私は、

「投資なんて、自分には関係ない世界の話」

そう思っていました。

正確に言えば、

「現金が一番安心。」

そう信じていたわけではありません。

単純に、お金の知識がほとんどなかったんです。


「老後2,000万円問題」も他人事でした。

テレビで「老後2,000万円問題」が話題になっていた頃。

私は、

「そうなんだ。」

「じゃあ、頑張って貯金すればいいんだな。」

その程度の認識でした。

資産運用。

投資信託。

インデックス投資。

そんな言葉を聞いても、

「難しそう。」

それだけ。

毎月少しずつ貯金をして、

銀行口座の残高が増えることに安心していました。

それが私の"資産形成"でした。


地方移住は、思っていた以上に甘くありませんでした。

妻の転職をきっかけに、

私たち夫婦は地方へ移住することになります。

その頃の私は、まだ会社員。

「向こうへ行っても何とかなるでしょ。」

「最悪、仕事はいくらでもあるはず。」

そんなふうに考えていました。

今思えば、

かなり楽観的だったと思います。


50代の再就職は、想像以上に厳しかった。

会社を辞め、

すべての手続きを終え、

いよいよ新しい土地で再就職活動をスタート。

ところが。

現実は想像していたものとは、まったく違いました。

求人自体が少ない。

あっても給料はかなり低い。

条件を少しでも良くしようとすると、

今度は片道90分の通勤。

持病を抱える私には、

毎日の長距離運転は現実的ではありませんでした。

毎日のようにハローワークへ通い、

求人票を見ては肩を落とす。

そんな日々が続きました。

失業保険の残り日数だけが、

静かに減っていきます。


「何か武器を作らなければ」

そんな時、

ハローワークの職員さんから勧められたのが、

職業訓練でした。

「設備管理の仕事なら、資格があれば50代以降でも働きやすいですよ。」

その言葉を信じ、

半年間、職業訓練校で必死に勉強しました。

修了後も資格取得を続け、

就職活動も並行して進めます。

でも、

地元の求人は相変わらず厳しいまま。

募集している会社の顔ぶれも、

何度見ても同じでした。


不思議なものです。

最初は、

「どこでもいいから働きたい。」

そう思っていました。

でも資格を取ると、

人は欲が出るものなんですね。

「せっかくここまで頑張ったんだから。」

「設備管理の仕事で働きたい。」

そんな思いが、どんどん強くなっていきました。


あの夜、何気なく押したボタン。

将来への不安ばかりが膨らんでいたある日の夜。

夕食を終え、

ソファでぼんやりしていました。

「これから、どうしよう。」

「この先、どうやって生きていこう。」

そんなことを考えながら、

私は何気なくテレビのリモコンを手に取りました。

そして、

YouTubeのボタンを押しました。

本当に、

ただそれだけです。

でも、

あの何気ないワンクリックが、

私のお金に対する考え方を大きく変えることになります。

投資なんて縁のない世界だと思っていた50代の無職が、

新NISAを始めるきっかけは、

実はそこから始まったのでした。

その話は、また次回お話しします。

💡 この記事のオリジナル(元記事) この記事はブログ『エスブログ』の記事をnote用に再編集したものです。 記事の全文・最新情報はこちら
https://www.es-nisa1972.com/nisa-all-country-discovery/


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