母の中の棚卸し記録③「強み」を見直してみる
なぜ、母である私の「棚卸し」を始めたかと言いますと、シングルマザーのわたしが、これからを生き抜いていくためには、私の中にあるものに着目してやっていくしかない、と考えたからです。
それは、息子についても言えます。
こじつけでもなんでもなく、なんでもそつなくこなして生きていけるタイプではない息子が、これからやっていくのに、彼の中に「あるもの」に着目し、そのあるものを使いこなして生きていくことがベストだと考えています。
親子で育ち合っていく、というテーマでこのnoteを書いていますが、繰り返しになりますが、わたしたち親子はとても不器用です。それでも、前を向いて楽しさや心地よさ、喜びを感じながら生きていくための"工夫”が、「育ち合う」ということなのだと思っています。
「息子の前に私が実践してみよう!」
ということで、母の棚卸し企画を立ち上げました。
生活していく上で、収入が必要です。
それは、イコール「働く」ということ。
「働く」ことで、人間関係やら自己表現やら実務能力やら体力・エネルギーやら感情やら…さまざまなことが絡んできます。そこを乗りこなすのは、なかなかに厳しさがある。
実際、精神的に、そして肉体的に限界がきて、働けなくなってしまう人が多いと聞きます。実際私も、ギリギリそんな状態を経験しました。
息子を見ていても、今までの社会の価値観で見ると、将来やっていけるのだろうか、と不安や心配の気持ちが湧いてくるのが正直な所です。
だからこそ、「ないものに目を向けること」から始めるのではなく、「あるものに目を向けること」からはじめたい、そう考えました。
まずは、母である私から。
苦手をたくさん抱えながら工夫してきたことが経験となり、その姿が子どもへのモデリングになるかもしれない。
そんな思いから、今回は私の「強み」に目を向けてみました。
ただ、ここでいう「強み」は、「何かができる」という能力ではありません。
私にとっての強みは、ここまで積み重ねてきた「経験」です。
そして、その経験をもとに、「どうしたら自分らしく生きられるだろう」と工夫し続けていることも、前へ進む力になっています。
なぜ、経験や工夫を強みだと思うのか。
それは、自分に与えられた体と心を使いこなしながら、できることで生きていきたいからです。
私は、できないことを無理に頑張り続けて、心や体が限界に近づいた経験があります。
だからこそ、自分にないものを追いかけるより、自分にあるものを生かして生きるほうが、私には合っているのだと思うようになりました。
そして何より、そんな姿を、息子に見せていきたいのです。
生きることは苦しいだけではなく、喜びや楽しさ、心地よさも感じられるものなのだと、言葉だけではなく、自分の生き方で伝えていきたい。
振り返ると、私という人間に与えられた大きなご縁と喜びのキーワードは、「子ども」と「育つ」ということでした。
私は、人生の大切な学びを、いつもそこからいただいています。
そしてこれからも、「よりよく生きるための体と心のあり方」を学び続けていきたいと思っています。
そう思えることも、私にとっての強みなのだと感じています。
ゆっくりでもいい。
不器用でもいい。
そう思えるようになったのは、最近のことです。
そして、それは息子にも同じことが言えると思っています。
社会の価値観から見れば、私たち親子は弱い存在に映るのかもしれません。
それでも、自分たちらしく、喜びを感じながら生きていくために、どんな葛藤をし、どんな工夫を重ねてきたのか。
そんな過程を、これからもこのnoteで発信していこうと思っています。まずは、母の棚卸し。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
