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同じ名前の彼女に、人生を半分預けた。

自分の人生を半分預けられる人って、どれくらいいるだろうか。

押し入れの奥に、開けることも捨てることも燃やすこともできないものがある。それは、私と同じ名前で生まれてきた彼女との秘密であり、特級呪物。


出会いは小学生の時。何がきっかけでこんなに仲良くなったのかはもう曖昧だ。家が隣のマンションだったからか、それともやっぱり同じ名前だったからか。
名前だけでなく表記までもが一緒だったから、お互いのことは苗字のあだ名で呼び合った。自分の名前を呼ぶのは変だから。二人とも結婚して苗字が変わっても、その呼び方は変わらない。


私たちは小学生の時に交換日記を始めた。

当時、小学生の交換日記といえば、周りの子たちはみな可愛くデコられた、枠組みのある交換日記専用のノートを使っていた。大体は3、4人くらいでやり始め、枠が決まっているので一人1ページ。メンバー全員と共有できる秘密なんてそんなにないから、当たり障りのないことしか書けない。そのうち誰ともなく日記は滞納されていき、自然消滅していくことが多かった。

それなのに私たち二人ときたら、なんの装飾もない大学ノートを交換日記に使った。
楽しかったこと、嫌だったこと、大好きな漫画やアニメの熱いオタク語り、お互いの好きな人のこと。そんな当たり障りばかりの秘密を、ノートいっぱいに書いた。1ページで足りなければ、次のページも、さらに次のページにも書いた。私は絵を描くのが得意だったので、日記とともにイラストを描く日もあった。それに彼女が色を塗ってくれたりもした。
「今日書くことなーい」なんて雑に書く日もあったけど、それでも日記は続いた。


彼女は中学受験をし、小学校卒業とともに東京へ引っ越したので、住む場所も学校もバラバラになった。
でもその交換日記で二人は繋がっていた。
彼女は引っ越しても度々こちらに来ることがあったから、その時に日記を交換して、会えない日のことを共有する。渡すときはいつもマンション入り口の階段に座り、何でもないことで長話をした。


交換日記が長く続いたのには訳がある。私たちはノート1冊を使い切ると、背表紙に新しい大学ノートをガムテープで貼り付けた。6冊以上くっつけた。
記憶を探るに、使い終わった日記をうっかり失くしたり、見られたりして、秘密が漏洩するのを恐れていたんだと思う。

しかしそうやってひとまとめにしたせいで、長年に渡る秘密という秘密が濃縮されまくった分厚い特級呪物が出来上がってしまった。
彼女との交流が途絶えなかった理由の一つだということに間違いはないけれど、「宝物みたいに大切な交換日記♡」と呼ぶにはいささか黒歴史色が強すぎる。もはや「共犯の証拠」や「人質」といった単語の方が似合うまである。

現在、その日記は私が押し入れの奥底に封印しているが、大切すぎて、恥ずかしすぎて、二人ともノートを開くことも捨てることも燃やすことも叶わなくなっている。誰かに見られでもした日には二人で海外逃亡だ。
私が急に死ぬことがあったら、彼女に処分をお願いしたい。保管を任せてもいいが、棺に入れられるのなら、燃やすのに良いタイミングだろう。思い出に浸ることなく、日記自体を厳重にガムテープでぐるぐる巻きにして、絶対に開かないようにしてから棺に入れて欲しい。
どうか、頼んだよ。


そんな交換日記を経て、バラバラながらもお互い中学、高校、彼女は大学へ、私は美術大学へ進学し、卒業した。交換日記は電話やメールに変わった。
彼女は大学院に進んだので、私はお先に就職することとなった。

お先と言っても、私は学生のうちに内定を勝ち取ることができず、卒業後も就職活動を続けていた。クリエイティブ業界は狭き門で、何度ポートフォリオを送っても、お祈りメールが返ってくる。その度に自分自身も、今までやってきたことも、全て否定された気になった。

やっとのことで就職できたのは、接客業メインの小さな会社の正社員。小学生の頃から絵を描く仕事に憧れて美大まで行ったのに、ついにそういった職に就くことは叶わなかった。
職場では入社して1年半ほどで先輩たちが全員辞めたため、四人で回していた店を一人で回すようになった。仕事は基本平日休みだったから、友人とも予定が全く合わない。代わりに平日昼間の格安料金で、ひとりカラオケをすることが増えた。イントロをカットし、歌いながら次の曲を入れていく。休む間もなく2時間大声で歌い続ける日々。
自分の声だけが部屋に響いて、いつも一人で帰った。

根性論が染み付いていた私は、途中で投げ出したら負けみたいな気持ちがあったし、ようやく就職できた職場という事実もあって、辞める決断ができずにいた。辞めた後どうしていいかも分からなかった。


「もうやだな」と彼女に愚痴をこぼした夕方の公園。
久しぶりに二人で会っていた。以前から仕事の不満はぽつぽつ聞いてもらっていたが、その頃にはもうあまり考える気力もなくて、どうして欲しいという気持ちもあったわけじゃなかった。あるとすれば、ただこぼれる愚痴や悪態に、そうだそうだと同情と慰めの言葉をかけて欲しかったとか、せいぜいその程度だ。

そんな私の話を聞きながら、彼女は心配そうに「早く辞めなよ」と言った。
そうだよね、でも……と口にする前に彼女が続ける。

「それで、一緒にデザイン会社をやろう」

そう、真剣な顔で言ったのだ。


あまりにも予想外の言葉に戸惑った。自分の人生において、起業なんていう未来は一度も想像したことがない。
寝耳に水すぎて、どうやって、とか、どんな会社を、とか、何も分からない。
大学に通っていた頃、みんな就活が嫌すぎて「うちらで一緒に会社やろうよ〜」なんてよく言い合っていたけど、結局それぞれの進路を取った。当たり前だ。私もそうだった。

ぐっと喉が鳴る。
あのとき言い合っていたような冗談なんかじゃない。本気なんだって分かる。

だけど。
私がその職場でうまくいっていたら、少なくともそのとき、一緒に会社をやろうなんて言わなかっただろう。彼女だって就活していたのだ。

私のせいで彼女の人生を変えてしまう。巻き込んでいいのかと怖かったし、迷った。
彼女にだって具体案があったわけじゃない。

でも、覚悟を持ってそう言ってくれたから。
彼女とだったら、できる気がしたから。


私も、彼女の人生を半分くださいと言った。


私は勤めていた会社を辞めた。


彼女が大学院を卒業するのを待って、二人で起業した。勢いが全てだった私たちは「登記 やり方」でググるところから始まり、社名を決め、社印を注文した後で、やっぱり社名変えよう!となってもう一度社印を注文しなおした。社名には二人の名前が入っている。
ようやくできた登記書類を持って、緊張しながら法務局を訪れる。書類を提出したら職員のおじさんに「へえ同じ名前!狐につままれたみたいだ」と言われて思わず笑った。

当時、いろんな大人たちから「友達同士で起業なんてやめときな!絶対揉めてすぐ終わるよ」という忠告を山ほど聞いた。ふーん、と言って先人のアドバイスを無視した。若いってすごい。
名刺の渡し方すら知らなかった私たちは、知人からご祝儀仕事をもらいながら、手探りで仕事を始めていった。
当時、自宅をオフィスにしていた私たちは、Tシャツプリンターを貸してくれるという情報を見つけると、大企業に「自宅なんですが貸してください」と打診したこともある。
「業務用で大きいから自宅には入らないかもしれない。玄関ドアのサイズはどれくらい?」
そんな返信が届いた。
「必要なら代理店で印刷してあげるよ」とまで言ってくださり、実際に印刷でもお世話になった。
それくらい無鉄砲だった。
数年経ってそれぞれが結婚したり、引っ越したりもしたけれど、ありがたいことに会社は設立10年を過ぎ、今も続いている。

起業して随分経ってからだが、彼女はぽつりと「ONE PIECEのルフィみたいになりたいんだよね」と言ったことがある。
「一緒に会社をやろう」と言ったあの日、彼女は私の手を引いてその船に乗せてくれた。だから私は、彼女が船長である限り航海を共にしようと決めている。彼女のやりたいことを、私も一緒にやっていきたいのだ。


彼女とはケンカをしない。でも性格や価値観がぴったり一緒という感じでもない。彼女が「NHKしか見ないギャル」であったのに対し、私は「テニス部のアニメオタク」だった。
仲は良かったけど、四六時中べったりの親友という感じでもなかった。
それでも一緒にいない時に目に入るのは、自分が気になるものより彼女が好きそうなもの。結婚しても、そういう仲。


そんな彼女は、ある夏の終わりに母になった。


妊娠が分かってすぐ、彼女は私に妊娠したことを教えてくれた。安定期よりも、もっともっと前だった。
突然の報告にすごく驚いて、「え!?まじかー!おめでとう!!私も一緒に子どもの面倒見る!」なんて言って、「そっかぁ、彼女はお母さんになるんだな〜」としみじみ思っていた約1ヶ月後。
「私も妊娠しました」とLINEを打って、彼女をもっと驚かせた。(もちろん私自身も心底驚いた。)

同時期に妊娠した私たちは、つわりにはグミが結構良いなどと情報共有し、経営者って育休なくて信じられないと共に怒り、子どもが生まれることの楽しみと不安を話した。

春に1ヶ月違いで無事子どもが産まれ、私たちは新たに子育てを共にする「同じ名前のママ友」となった。
今は二人でひいひい言いながら、子育てと仕事に奔走している。


自分の人生を半分預けられる人なんて、そうそういない。
始まりは名前。
でも関係が続いたのは名前が一緒だったからじゃない。
交換日記を書いた。
電話をした。
一緒に会社を作った。
気付けば人生の半分以上に彼女がいる。

あとはもう、このまま最後まで一緒なんだと思う。

だって、棺桶に交換日記を入れる約束が残っているのだから。








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Erika いつも一人相撲にお付き合いくださり、ありがとうございます。 おかげさまで、楽しい記事が書けます🍩