おめでとう海老。そして、ごめん海老。
誕生日というのは、誰にとっても多少は特別な日であると思う。幼少期であればなおさら、この日ばかりは何をせずとも主役となり、親や友人からおめでとうとお祝いされ、プレゼントをもらい、ケーキが食べられる。
さて、私はどうだったかというと、それはもう輪をかけて自分の誕生日というのは特別な日だと思っていた。
その理由は、私の誕生日が5月3日ということにある。
憲法記念日であるこの日は、日本にいればずっと祝日。学校も休み。親の仕事も休み。だから私の誕生日は家族全員が揃いやすく、お祝いしてもらいやすかった。現に家族の中で私の誕生日だけが、祖父母も呼んで、「家族みんなで手巻き寿司とケーキを食べてお祝いする日」として、定着していた。
さらに言えば誕生日の前後もゴールデンウィークという連休である。各地でイベントが多く開催されている。どこも多くの人で賑わっており、親子連れやカップル、学生たちが笑顔を見せている。
世間ですらそんなふうにソワソワしたり、盛り上がって楽しそうにしているもんだから、勝手に日本人全員が、自分の誕生日をお祝いしてくれているような気分でいた。自意識過剰である。
5月3日があまりにも誕生日に向いている日だったから、お祝いは誕生日の前後ではダメだった。当日ということに、こだわりができてしまった。
一度、父がギックリ腰になってしまい、予定していたパーティーができないと言われてしまった時があった。幼い私は「ギックリ腰」という、おもしろ軽い名前に、実際の重症度具合をまったく想像できず、「なんでなんで!」と癇癪を起こした。
今でこそ、その大変さや辛さを理解しているが、ギックリ腰って名前、本当に良くないと思う。ガングリオンの響きを見習って欲しい。
それはさておき、幼少期から毎年、この日こそはと意気込んで過ごしてきた私だが、大人になれば5月3日のデメリットもわかってくる。ゴールデンウィークはどこも混雑しているし、予約も取りづらい。金額だって、高い。そもそも大人になって、いちいち誕生日にこだわっているのもなぁと、頭の片隅でどこかあきらめ始めた頃。
夫と付き合いだして間もない誕生日の話をしたいと思う。
二匹の生きた伊勢海老
彼は私の誕生日に伊勢海老を用意してくれていた。
元々は彼の弟が伊勢志摩に行ったお土産として送ってきてくれたものだった。彼の手元に届いたとき、その大きな二匹の海老は、おがくずの中でもぞもぞと動いていた。三重から埼玉まで、海水もない状態で運ばれてきて、それでもかろうじて生きていたのである。
まだ生きているのだから新鮮だ。すぐに捌いて食べたらさぞ美味しいだろう。説明書にも「届いたらすぐに食べてください」とある。
しかし海老が届いたその日は、私の誕生日2日前。せっかくならば誕生日当日に、二人でこの海老を食べたいと彼は考えた。
だが2日も待っていては海老は死んでしまい、鮮度が落ちてしまう。生きていると言っても現時点で瀕死なのだ。
では、どうするか。
彼は、海老を延命させることを決意した。
伊勢海老の延命処置開始!
ここで彼、私の夫について少し話をしておくと、水槽や熱帯魚の扱いを仕事にしている、その道のプロであった。
瀕死の海老を目の前にした彼は、すぐに大きなバケツ二つに海水をつくり、一匹ずつ海老を放った。海老にとっては、おがくずの中から(かりそめではあるが)海に帰れたことは奇跡のように感じたことだろう。
次に、彼は水温の調節に取り掛かった。
伊勢海老は水温が18度前後だと身が引き締まって一番おいしく食べられる。その反面、20度を超えると身に締まりがなくなり、不味くなるらしい。
今のままでは水温が高すぎる。
水温を下げるためには通常、水槽用の専用クーラーを使うらしいのだが、急遽必要だったことと、この2日のためだけに高額なクーラーを買うのもなんだということで、彼は自室の温度自体を下げることにした。
部屋の温度、18度。
パワープレイが過ぎる。
海老のため、ひいては私のために自分の生活を犠牲にする男である。
最後にエアレーションをして、水中にたっぷり酸素を供給した。
5月3日、すっかり元気になった海老
誕生日当日、招かれた私が彼の家に入ると、バカみたいに寒かった。
思わず「寒っ!」と声に出た。そりゃそうだ。5月の頭はもう暖かい春。室温18度は寒すぎる。しかも当時の彼の家はワンルームであり、冷気が渦巻くこの部屋に逃げ場はない。冷蔵庫化した部屋で、この2日間どうやって過ごしていたんだろうと思う。
彼はこともなげに「海老のためだからしょうがないね」と言った。
ゆったりとした居場所、快適な水温、そして新鮮な酸素。
2日間の入院治療を経て、二匹の伊勢海老は瀕死だったのが信じられないくらい、元気になった。立派なヒゲを自慢するように動かしている。
今日で無事退院。おめでとう海老。
そして、おめでとう私。
ごめん海老。
多分、届いたばかりの状態で食べるより、断然美味しかったと思う。
罪悪感がなかったと言えば嘘になるが、その分しっかり夫と海老に感謝をする。ぷりぷりの身は刺身と兜焼きに、殻はお味噌汁にして、余すところなくいただいた。


誕生日は、家族で食べる手巻き寿司から蘇り海老のフルコースに。どちらも私の「特別」だ。
寒い部屋の中で、懸命に海老の世話をしていた彼の姿を想像する。彼が風邪を引かなくて本当に良かったと思うし、こんなことは一生忘れないだろう。
ちなみに、彼もその時のことを自身のブログに綴っている。弱った伊勢海老の復活のさせ方を詳細に書いたあと、「もし届いたその日に伊勢海老が食べられないと言う時は、お試しください。」と結んでいた。
いや、無理でしょ。
いいなと思ったら応援しよう!
いつも一人相撲にお付き合いくださり、ありがとうございます。
おかげさまで、楽しい記事が書けます🍩