「何者でもない私」への強烈な焦り。40代の劣等感で、食事が喉を通らなくなった
純粋な情熱が「執着」に変わる時
「とある外国語」を使ってYouTubeで発信し、初めて自分の名前で報酬を得た感動。しかし、その小さな成功体験は、少しずつ私の中の「何か」を狂わせていった。
YouTubeをやるからには、誰もが目指す壁がある。チャンネル登録者数1,000人、総再生時間4,000時間という「収益化」の条件だ。最初は「誰かの役に立てば」という純粋な気持ちで始めたはずの動画作りが、いつしか「どうすれば数字が伸びるか」「どうすれば収益化できるか」という思考に完全に支配されるようになっていった。
なぜ、そこまで数字に固執してしまったのか。 それは、私自身の内側に、見過ごすことのできない巨大な「劣等感」が渦巻いていたからだ。
逃げ道を塞いだ「40代の壁」と最強のカードの喪失
コロナ禍の恐怖から、時給2,800円の派遣薬剤師をあっさりと辞めた私。 冷静に自分を客観視した時、そこに残っていたのは「社会貢献を何もしていない、子なしの専業主婦」という現実だった。
世の中の同世代がキャリアを築き、あるいは子育てに奮闘している中で、私だけが社会からポツンと切り離され、何も生み出していないような強烈な焦り。だからこそ、YouTubeという「自分の力で稼げるかもしれない唯一の希望」に、異常なほどしがみついてしまったのだ。
「ダメならまた、薬剤師に戻ればいいじゃない」
かつての私なら、そうやって笑い飛ばせたかもしれない。でも、この時の私には、もうその「最強のカード」を切る自信がなかった。
気づけば年齢は40歳を超えている。現場を離れたブランクもある。「今さら現場に戻っても、足手まといになるだけだ」「新しい薬の知識も、あの激務をこなす体力も、今の私にはない」。 一生安泰だと思っていたプラチナチケットは、使わずにポケットに入れている間に、すっかり錆びついてしまっていたのだ。
ついに体が「食事」を拒絶した日
YouTubeは収益化できず、社会貢献もしていない。かといって、薬剤師に戻る自信もない。 「私には、本当に何もない」
八方塞がりのプレッシャーと自己嫌悪は、確実に私の心を蝕み、やがて体へと牙を剥いた。ある日を境に、ピタッと食事が喉を通らなくなってしまったのだ。
お腹は空いているはずなのに、食べ物を目の前にすると喉の奥がキュッと締まるような感覚になり、飲み込むことができない。無理に食べようとすると、吐き気がこみ上げてくる。
大好きだったはずの「食べる」という行為が、途端に苦痛に変わった。 友人からランチに誘われても、「もし食べられなくて、心配をかけたらどうしよう」と恐怖が先立ち、理由をつけて断るようになってしまった。
出口のない暗闇の中で
毎日カウンター越しに患者さんの健康を気遣っていた元薬剤師が、自分自身の見えないストレスに押し潰され、ついに食事すら摂れなくなってしまった。 体重は落ち、鏡に映る自分はひどく疲れた顔をしている。
アメリカ駐在でアイデンティティを失った時は、まだ「英語を学ぶ」という行動力で這い上がるエネルギーがあった。でも今回は違う。何者でもない焦りに押し潰され、体そのものが完全にストライキを起こしてしまったのだ。
出口のない暗黒期。 私はこのまま、一生美味しくご飯を食べられなくなってしまうのだろうか。
そんな絶望のどん底でうずくまっていた私に、またしても転機が訪れる。 転勤族の妻の宿命。夫に「ある地方都市への転勤」の辞令が下ったのだ。そしてこの引っ越しが、私の止まっていた時計の針を再び大きく動かすことになる。
