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長く生きるより、どう生きたいかを聴けていますか

もう病院には行きたくない。
その言葉を聞いたとき、私はすぐに答えを返せませんでした。
本当に受け止めるべきだったのは、通わないという行動ではなく、その奥にあった、どう生きたいかという願いだったのです。


その言葉の前で、私は立ち止まりました

もう病院には行きたくない。
そう話したのは、長い年月を生きてきた一人の女性でした。
体が弱っているのに通うのをやめるなんて危ない。
最初の私は、そう受け止めていました。
けれど、その言葉を表面だけで受け取っているうちは、この人が本当に守りたいものに届いていなかったのです。
正しそうに見える助言が、相手の心を遠ざけてしまうことがあります。
支えるつもりの言葉が、その人の居場所を狭くしてしまうこともあります。

正しいことを伝えるだけでは、届かないことがある

その女性は、お酒を楽しみ、人と語り合う時間を何より大切にしていました。
けれど通う先では、やめたほうがいい、控えたほうがいいと伝えられることが続き、足が遠のいていきました。
責められているように感じる場所に行きたくなくなるのは、自然なことだったのかもしれません。
私も以前は、体のために必要なことをきちんと伝えるのが支えだと思っていました。
けれど本当は、伝えることだけでは足りません。
説明したことと、相手が理解できたこと、さらに自分のこととして納得できたことは、それぞれ別の段階なのです。

支えるとは、希望を丸のみすることではありません

ここで大切なのは、患者本人の希望をそのまま受け入れることではありません。
支える側には、その人が選べるように支える役割があります。
たとえば、どんな道があるのかをわかりやすく示すこと。
それぞれを選んだときに、どんな良いことがあり、どんな負担や難しさがあるのかを、その人の暮らしに引き寄せて丁寧に伝えること。
そして、その話が本当に伝わっているか、無理なく理解できているか、心から納得できているかを、一つずつ確かめながら進めることです。
選択肢を並べるだけでも足りず、説明するだけでも足りず、その人の中で意味がつながって初めて、支えになるのだと思います。

長く生きることより、守りたい毎日がある

女性が望んでいたのは、特別なことではありませんでした。
好きな場所へ行き、好きな人と会い、自分らしい時間を続けることでした。
週に何度か小さなお店へ出かける時間が、その人にとっては生きる喜びそのものだったのです。
長く生きることは大切です。けれど、それだけが答えではありません。
どう生きたいかに目を向けたとき、支え方は変わります。
危険をただ避けることだけを目指すのではなく、その人が大切にしたい毎日をどう守れるかを一緒に考えることが、支えるということなのだと私は教えられました。

だから今、必要なのは対話を育てる学びです

こうした場面は、限られた特別な出来事ではありません。
日々の現場でも、家族との話し合いでも、何度も起きています。
だからこそ必要なのは、正しさを急いで届ける力だけではなく、相手が理解し、納得し、自分で選べるところまで伴走する力を育てる学びです。
人材育成の中で、この対話の力をどう育てていくかが、これからますます問われていくはずです。
次に誰かの迷いに向き合うとき、何をやめるべきかを先に伝えるのではなく、その人はどんなふうに生きていきたいのかを、まず静かに聴くところから始めてみたいと思います。


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