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病より先に、家族の明日を心配していた。8050問題のただ中で


病気の話をする前に、その人は家族の心配をしていた

自分の命が揺れているときに、いちばん気がかりだったのは、自分のことではありませんでした。
その高齢の女性が何度も口にしたのは、夫と娘がこの先どう暮らしていくのか、という不安でした。
病より先に、家族の明日を心配していたのです。

家で療養を続けるなかで、女性の気持ちはいつも自分の外側に向いていました。
体のつらさを抱えながら、それでも心は、残される家族の行き先を追い続けていました。
病と向き合う日々のはずなのに、その人にとって本当に重かったのは、家族の未来が見えないことだったのです。

家の中には、今日だけではない苦しさが積み重なっていた

夫も高齢で、少しずつ暮らしを支える力が細くなっていました。
娘は長く外とのつながりを持たないまま、家の中で過ごしてきました。
女性がこれまで担っていたことを続けられなくなると、家の均衡はゆっくり、けれど確かに崩れ始めます。

夫の負担は増え、娘のいら立ちは強まり、家の空気は張りつめていきました。
その苦しさは、その日突然始まったものではありません。
長い時間のなかで言えなかったこと、支えきれなかったこと、見て見ぬふりをしてきた不安が、病をきっかけにいっせいに表へ出てきたようでした。

休むための選択さえ、安心にはつながらなかった

別の場所で体を休めるという選択も、本来なら安心につながるはずです。
けれど、その方にとってはそうではありませんでした。
自分が家を離れたあと、残された二人はどうなるのか。
その思いが強く、休むための選択さえ、心から受け入れられなかったのです。

人は弱ったとき、目の前のことだけを考えているわけではありません。
これから先の暮らしや、残される人の毎日まで見つめながら、揺れています。
だから支える側も、方法を並べるだけでは届きません。
その人が何を守りたいのかを受け取り、ほどけない思いを一つずつ言葉にしていく関わりが必要になります。

必要なのは、答えを急ぐことではなく、思いを整理すること

こうした場面で本当に必要なのは、正しそうな答えを急いで差し出すことではないと感じます。
誰が何におびえているのか。
誰が何を言えずにいるのか。
これから先、何が守られたら少し安心できるのか。

そこを丁寧に見つめていくことで、ようやく選べる道が見えてきます。
選ぶとは、何か一つを決めることではありません。
その人らしい暮らしや、大切にしてきた関係を、なるべく置き去りにしない道を探すことでもあります。
8050問題のただ中では、その支え方そのものが問われています。

家族の明日を支える力を、今こそ育てたい

この出来事は、特別な一家の話ではありません。
今、さまざまな場所で静かに起きている現実の一つです。
だからこそ、支える立場にある人には、手順や知識だけでは届かない力が求められます。
患者本人の思いを受け取り、家族の揺れを見つめ、納得できる道を一緒に探していく力です。

その力は、経験だけに任せていては育ちにくいものでもあります。
学びの場で磨かれ、人材育成のなかで受け継がれていくものなのだと思います。
病より先に家族の明日を心配していた、その切実さを見過ごさないために。
私たちは今、支える側の力を育てることから、あらためて始める時期に来ているのかもしれません。

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