「一日でも長く」が、選択を苦しくするとき
同意書の前で、心が止まった瞬間があります
かなり厳しい状況でがんが見つかった、46歳のひとり親で育児をされている患者さんの話です。
医師は成功率が約50%の、とても難しい手術を説明し、同意書を差し出しました。急がないと命の見通しが厳しくなるからでした。
けれど彼女の頭に最初に浮かんだのは、まだ19歳で身寄りがなくなるかもしれない娘のことでした。
手術の話はできても、家族の話はできませんでした
同意書を前に、彼女は固まっていました。
本当は娘の暮らしや今後の不安を相談したかったはずです。
けれど手術とは直接関係のない話を、医師に切り出せませんでした。
意思決定支援を受けることができないまま、彼女はひとりで抱え、ひとりで考え続けました。
決める前に気持ちを言葉にできる場が必要
難しい選択ほど、情報だけでは決められません。
大切にしたいもの、怖いもの、守りたい人があって、その全部が同時に押し寄せます。
同意書が悪いのではなく、同意書の前に、生活や家族の心配を置ける時間が必要でした。
決断は勇気だけで成り立つものではなく、整理できる支えがあって初めて進めるものです。
時間が過ぎ、決めたときには、状況がさらに進んでいました
彼女は悩み続け、時間をかけて娘に伝えました。
そして自分ひとりで意思決定支援をして、手術を受けると決めました。
その時点でがんはかなり進んでいて、手術をしても取り切れませんでした。
手術後、自宅に帰る選択肢もありましたが選びませんでした。
一日でも長く生きて、娘と過ごす時間を少しでも長くするために、対症療法の治療、苦しさを和らげる緩和ケアを受けながら病院で過ごし、娘が手を握る中で最期を迎えました。
支援があるはずの場所で、孤独な選択が起きています
世の中では、がんの支援は整えていこうとされ、公的なお金も使われ、啓発も続いています。
それでも実際には、孤独の中で難しい治療選択を迫られる人がいます。
まだ自立していない子の将来を心配しながら療養する人がいます。
この娘さんに、医療の体制はどのように映ったのでしょうか。
医療の質として十分だったのでしょうか。
患者さんやご家族が納得した療養の選択ができるために、どんな体制が必要なのか。
どんな学びが現場に必要なのか。
人材育成として何を備えるべきなのか。
患者の声から考え、患者さんの目線に沿った医療に整えていくことを、私は願っています。
学びは、その最初の一歩になれます。
