【カフェバイト体験記】ほろ苦アイスコーヒー
ひよっこアルバイト
10代の頃、初めて経験した長期バイトはカフェレストランだった。
コミュニケーション能力、対応能力、スピード感と丁寧さのバランス、働く姿勢。
私が社会に属する上で必要となるさまざまなスキルを、身につけるための土台となってくれた場所だ。
そんなアルバイト生活の中で、アイスコーヒーにまつわる、ほろ苦く、いつまでも忘れられない味のような経験が2つある。
まず、このカフェレストランは、
モーニングは常連のおじさんで溢れ、ランチタイムには遠くから来られるお客様で賑わう、常に人気があるお店だ。
初出勤日は、まだ薄暗く寒い朝だった。
寒さなのか、緊張なのか、はたまたどちらもか、震える手をぎゅっと握りしめて、小さく気合いをいれた。
職場のドアを開ける。
「おはようございます!」
いかにも緊張していませんよ感を出すために、
一丁前に大きい声で挨拶をする。よく通る声だけが取り柄である。(それが理由で怒られることもあるが)
エプロンを付け、タイムカードを押し(初めてのタイムカード♪)、手短に説明を受けてから掃除を行う。
幼い頃からの馴染みの店であったため、
ここで働けるという嬉しさと、その一方で、忙しい店内で自分が通用するような人間になれるのだろうかという不安が交互に押し寄せた。
掃除を終え、あっという間に、開店時刻に。
常連の方のメニューは全て把握して、お客様へお出しするシステム(マスターのこだわり)(昔からのご厚意)だったので、まずは常連の方のお顔を覚え、メニューを伺うことが第一ミッション。
初めての飲食店アルバイト、もちろん右も左もわからない。
とりあえず、「いらっしゃいませ!」と声だけはベテランばりの余裕を出しつつ、先輩に言われるがままに、お水をいれてお客様の所へ。
あかん。信じられへんくらい手震えてる。机に置くまでに水溢れそう。
常連のおじさん達に、「あんた、新入りか!」と声を掛けられるが、失礼があってはいけないので、神経を尖らせながら応対する。
幸い、優しい方がほとんどで、各々常連カスタムメニューを丁寧に教えてくださった。
お客様を覚えること、カスタムメニューを覚えること、そのメニューとお客様の顔を結びつけること、、初日から頭がパンクしそうだった。
正直、おじさんの顔は全員一緒に見えてしまい、ドツボにはまりそうだったが、マスターやママ、スタッフの皆さんに助けられ、死ぬ気で覚えた。
冷コーおじさん
数日経って、少しずつモーニングの雰囲気にも慣れ始めた頃、
ちょっとぶっきらぼうなおじさんが来店された。その方も常連なのだが、私は初対面のため、いつものようにカスタムメニューを伺う。
「いらっしゃいませ!ご注文をお伺いいたします」
「冷コーお願い」
・・・れいこー?え?聞き間違いかな?なんですか、それは。
アイスコーヒーのことを、“冷コー”と呼ぶ文化があることを知らなかった私は、必死に脳内で検索をかけながら、
「レイコー?ですか?」「え?レーコー?」と、オウムのように何度も聞き返した。
すると、とんちんかんな私に腹が立ったのか、おじさんが、
「だから!冷コー!!マスターに聞いてこい!!」
と一喝。
一瞬で気が引き締まった。
「かしこまりました!」と、そそくさとマスターの元へ。
飲食の現場で走るのは御法度だが、ちょっと走った。怖かった。
その後、アイスコーヒーのことを指すと教えてもらった私はすっかり立ち直り、
その方の所へアイスコーヒーを持っていくと、
「冷コーお待たせいたしました♪」と堂々と言った。
以後、その方から怒られることはなかった。
基本的にはぶっきらぼうだが、ごくたまに笑ってくれる時がある。しかし、接客をする際には細心の注意を払った。
おじさんの顔をなかなか覚えられない私だが、
ひよっこバイトへの洗礼を浴びせてくれた「冷コーおじさん」の顔は、今でも覚えている。
TOKYOブラック
常連のおじさん達が一人、また一人と帰られ、入れ替わりにさまざまな人々が来店されるランチタイム。
渋い声が飛び交うモーニングとは異なり、子どもの声や笑い声が響き、店は一気に忙しさを増す。
お待ちのお客様を席にお通しし、お水をいれ、ご注文を聞く。ご注文をキッチンに通し、カトラリーを用意してお持ちする。合間にテーブルの片付けや、お待ちのお客様の数を把握する。そして、料理が出来上がったら配膳する。
一息つく暇がないほど、やることは山積みだ。予約が入っていれば尚更。
特に、土日祝日、連休は有難いことに大盛況だったのだが、お店の忙しさに比例して、スタッフのピリつき度も上昇する。そんな中でも、当然ミスを重ねていくひよっこアルバイトの私。もうお客さんこんといて、、と何度思ったことか。
ミスをするたびに、お客様だけではなく、普段は優しいマスター、ママ、スタッフの皆さんにも定期的に怒られ、凹む、これを繰り返し、少しずつ私は成長していった。(と思う)
慌ただしくランチタイムが過ぎていき、やっとお客様がまばらになる15時頃。キッチン、ホール、どのスタッフもほっと一息つけるように。
殺伐としていた雰囲気も一転、柔らかくなり、お待ちかね「みんなでコーヒータイム」がやってくる。
全員にアイスコーヒーが配られ、
ブラックの人、ミルクを入れる人など各々カスタムをし、談笑する楽しいひとときであった。
しかし、私はというと、実はコーヒーが飲めない人間であった。断然、紅茶派。
大抵の人は、我慢して美味しいフリをしてアイスコーヒーをいただくと思うが、当時やや尖っていた私は、一味違う。
記憶は曖昧であるが、新人バイトの分際で「コーヒー飲めないんで、私は大丈夫です」などと申告したような覚えがある。
しかし、スタッフの皆さんも折れなかった。「まあ、一回飲んでみ」とばかりに勧められ、当時の私は大人の階段を登る一歩を踏み出したのだ。
コーヒー初心者のため、まずはガムシロをひとつ入れてもらった。
焦げ茶色に、無色透明がシュワシュワと混ざり、溶け合っていく。かき混ぜると、カランカランと氷の音が心地よい。モーニング、ランチタイムを駆け抜けて火照った身体を冷ますような、なんとも涼やかな飲み物。初めて、コーヒーを美味しそうだと思った。
皆さんに見守られ、ドキドキしながら一口。
ええ、めっちゃ美味しい。これは飲めるわ。
見事に大人の階段を登った私は、
そこからはもう、積極的にアイスコーヒーをいただくように。もちろんガムシロは有りで。
すっかり私はコーヒーが飲める女となった。
と思っていた。
アルバイトを始めて2ヶ月程経った頃、
友達に会いに東京へ。
合流してから、スターバックスへお茶をしにいくことになった。
"女子大学生といえばフラペチーノ"が世の中の定義かもしれないが、甘い飲み物や変化球の味が苦手かつ、コーヒーが飲めなかったこれまでの私は、"イングリッシュティーラテ"という安牌を手に入れ、そればかり飲んでいた。
が、しかし、そんな日々とはおさらば、、私はコーヒーを飲むのです。と誇らしげに一言。
「アイスのドリップコーヒー、トールで✨」
そうそう、これやねん、これが言いたかってん。
それにここは東京。東京という街とオシャレなスタバが私をイキらせる。
欲を言えば、「コールドブリュー」と言ってみたかったが、どんな飲み物かよくわからなかったのでそこは我慢した。
背伸びをして、ちょっと高さがある、やや座りにくめの椅子に腰掛け、大きい窓から東京の景色を眺める。
友達に、「コーヒー飲めるようになってん」としっかり自慢させてもらい、
さて、いただきましょうか。東京のコーヒーを。
えっ、びっくりした、苦ッ!
ちょっと待って。おもてたんと違う。
もちろん美味しくないとかじゃない。けど、私が飲める味じゃない。
なんかコーヒーが本領発揮してる?!これが東京のコーヒーなの?!
しかも、いつもはショートサイズを飲んでいたにもかかわらず、よりによって何故トールサイズにしてしまったのか。急いでガムシロやコーヒーフレッシュを入れてみたが、なんとも言えない味になってしまった。
コーヒーが好きな方や詳しい方からすると、いろいろと突っ込みたくなるだろうが、どうか心の中で呟いていただきたい。この時、まだ20歳にもなっていない未熟な若者代表だった私が、東京に「そんなに世の中甘くないぞ!」と教えてもらった出来事であった。
その後も、
バイト先では変わらずアイスコーヒーをいただいていたが、それは本当に美味しかった。豆なのか、抽出方法なのか、はたまたガムシロ様様だったのか、今ではさっぱりわからないが、マスターが淹れてくれたコーヒーだけは唯一私が美味しく飲める味だったのだ。
アルバイトを辞めてからは、一度もコーヒーを飲んでいない。すっかり紅茶派へ舞い戻ってしまった。
あの東京での苦い思い出が、何年も経った今でも尾を引いていると思うと、いまだにコーヒーを飲む勇気がでない私は、まだまだ子どもなのかもしれない。
