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父とアレクサ

ある日、実家に帰るとアレクサが導入されていた。










「なにこれ」







聞かずにはいられなかった。

というか、アレクサが聞いて欲しそうにこっちを見ていた。

聞くしかなかった。


母は夕飯の支度をする手を止めて、私の方を見ながら言った。




「それね、お父さんがなかなか名前覚えられなくて、アレクサの。」





名前が覚えられない?アレクサの?




かなりの衝撃を受けた。

だがこの話はここで終わらない。

母は続けて言った。


「えっとね、なんか違う呼び方してたんだよね、なんだっけ。」


ここでタイミングよく父が仕事から帰ってきた。


「あ、お父さん。なんだっけほら、アレクサのことなんて呼び間違えてたんだっけ?」






「ん?アレクソ」






アレクソ








酷い。

ここまで酷い呼び間違いを私は知らない。

呆気に取られた私を気にすることなく、父は陽気にアレクソ、いやアレクサに話しかけている。

「アレクサ、ただいま。」

アレクサ「♪おかえりなさい!今日も声を聞くことができて嬉しいです。」

いや、アレクサいい奴すぎる。

私がアレクサだったら絶対に家出してる。


父は真面目で、あまり冗談など言わない。

だからこそ、ふとした拍子にこのような特大ホームランを打つのだ。

この日以来、父の話になると真っ先に思い出すのが”アレクソ”になった。


そしてこのエピソード、数年後の私の結婚式で、大々的に披露されることとなる。

そう、“花嫁の手紙”だ。

私は昔から
「結婚式で花嫁の手紙とか絶対やらないでね。恥ずかしいから。」
と、“花嫁の手紙”のシーンがテレビで流れる度に、母から口酸っぱく言われてきた。

しかし、いざ結婚式を挙げることとなったら、考えれば考えるほど、“花嫁の手紙”がないと流れ的に締まらないのである。

母の意向には逆らい、手紙を読むことにしたのだが、書き始めると、なんかしっくりこない。

もちろん感謝はしている。

でも、それを今さら人前で発表するのも違う気がした。

何より、母親が「やめてほしい」と言っているのは多分そういうことだと思った。

完全に迷走した私は、プランナーさんに相談してみることにした。

「花嫁の手紙って、その場で感謝するのも良いんですけど、ご両親の良いところや好きなところを紹介する役割もあるんですよね」

こう言われた瞬間、ある光景が脳裏をよぎった。







アレクソである。


ここから私の、“ウケたいスイッチ”が完全に入ってしまった。

アレクソの話をみんなに聞いてもらいたい。

そして何より、“花嫁の手紙”を嫌がっている母に笑ってもらいたい。

もはや私たちではなく、アレクソの披露宴だ。

私は式当日まで何度も何度も推敲した。

気づけば毎日アレクソのことばかり考えていた。

そして無事、式前日に“花嫁の手紙”を書き終えた。

私の絶対に母を泣かさない“花嫁の手紙”チャレンジが始まろうとしていた。


当日は式、披露宴と滞りなく進み、あっという間に“花嫁の手紙”の時間となった。

司会の方が穏やかに話し出す。

「さぁ、新婦様から、ご両親への想いを綴ったお手紙がございます。」

会場は暗くなり、私にスポットライトが当たる。

ちなみにBGMは“ALWAYS 三丁目の夕日”オープニングテーマにした。


想像してほしい。

母からしてみれば「頼むからやめてくれ」と耳を塞ぎたくなる演出だろう。

しかしこれらは、私からの盛大な“フリ”なのである。

出だしは“花嫁の手紙”でよくある、ゲストに礼を述べた後に「私から両親への手紙を読むことをお許しください。」的な流れだ。

反対側にいる母をチラッと見ると、案の定口をへの字にしている。

そして、私の家族を1人ずつ紹介する。

幼少期にバンドウイルカと坂東英二の曲を作って歌ってくれた兄の話。

味噌汁にパクチーを入れてきた祖母の話。

父が結婚式で着たシルバーのタキシードをいまだに「鯖」と呼んでいる母の話。

「あれ?なんかちょっと思ってた花嫁の手紙と違うぞ?」みたいな空気が流れ始める。

そしてこの結婚式のメインイベント、
アレクサの名前が覚えられず、“アレクソ”と呼んでいた、父の話。

ここで会場の空気が一変したのをはっきりと感じた。

笑い声こそ聞こえないものの、ザワッ.......としたのだ。

私の友人達のテーブルからは、不自然な沈黙の中から「.........ヒッ」と明らかに笑いを堪える音が聞こえる。

見てないけど、多分肩が震えてる。

正直、アレクソ以降は何を話したか覚えていない。

気づけば手紙は読み終わっていた。


そして、会場の反対側にいる両親へ花束と、生まれた時の体重のテディベアを渡す。

両親の方を見ると、涙を流した様子もなく、カラッとした顔で立っている。

心の中でガッツポーズをした。

さすが私の両親である。

母親にテディベアを渡すと、「わー!これ欲しかったやつ!」と、お手本のように喜んだ。

そして、一呼吸置いてこう言った。



「いや〜、アンタ、ほんと文章書くの上手いわ。笑った笑った。」

私はこの言葉が「幸せになってね」とか「きれいになったね」とか言われるよりも、何百倍も嬉しかった。

私のこれまでの歩みを、しっかりと見てくれている母だから言える、最上級の褒め言葉だ。

そして何より、「“花嫁の手紙”はするな」と、あれだけ言っていた母が、こんな風に言ってくれたことに心底ほっとして、なぜだかここで泣きそうになった。

目を合わせたら泣きそうだったので、親指だけ立てておいた。

父は花束を持ってニコニコしている。

うん、いつもの父だ。


最後に両親と一緒に会場の外でゲストを見送る。

友人達からは
「こんなに笑い泣きした“花嫁の手紙”初めて」
「アレクソ以降何も聞いてなかった」
と言ってもらえた。

隣で立ってる父に
「アレクソ最高でした!!」
と言っている子もいた。

父はずっとヘラヘラしていた。

多分、父のことだから自分がアレクソと呼んでいたことなど覚えていないのだろう。

でもまぁ、嬉しそうだからいっか。

こうして私たちとアレクソの披露宴は幕を閉じた。


父はこれからも、きっと何かやらかす。

私はそれを見逃さないようにしたい。

先日、小学校で働いている父に「最近の小学生って何が好きなの?」と聞いた。



「あれ、あの人形、るるぶ。」


ラブブな。

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