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日本語が上手くなるほど、言えなくなったこと

日本語が上手くなって、失ったものがあります。
変な話に聞こえるかもしれません。上手くなったのに失う、って。
でも本当にそうなんです。
今日はその話をします。

日本に来たばかりの頃、僕の日本語はめちゃくちゃでした。文法も単語も足りない。
でも、あの頃の方が、言えていたことがあった気がするんです。
例えば、思ったことをそのまま口に出すこと。

日本語が下手だった頃は、気持ちをストレートに言っていました。
「それ、おかしいと思う」「これ、好きじゃない」。単語が足りないから、飾る余裕がなかった。
むき出しの言葉しか出せなかった。
でも日本語が上手くなるにつれて、だんだん言えなくなりました。
なぜかというと、日本語の「遠回しな言い方」が身についてしまったからです。

日本語には、はっきり言わずに伝える言い回しがたくさんあります。
「それはちょっと」で終わらせる。「難しいですね」で断る。「検討します」で保留する。
どれも、直接ノーとは言っていません。でも、ちゃんと伝わる。

この遠回しの言い方が体に染みついてくると、だんだん、ストレートに言うことの方ができなくなっていくんです。「それ、おかしいと思う」と言いたい場面でも、口から出てくるのは「うーん、難しいですね」の方。
角を立てない言い方が、先に出てくるようになる。
これは日本社会に馴染むということでもあります。
実際、この言い回しを覚えたことで、仕事もスムーズになったし、人間関係も楽になった。

でも、ふと思うんです。
僕は日本語が上手くなったのか、それとも、本音を隠す技術が上手くなっただけなのか。
母国語で話すときの僕は、もっとはっきりしています。フィリピンの言葉で話すと、性格まで少し変わる。ストレートで、感情的で、よく笑う。でも日本語で話す僕は、もう少し控えめで、遠回しで、慎重です。

これは、家族と電話するときに一番はっきり感じます。
フィリピンの家族とその土地の言葉で話していると、声が大きくなって、身振りも増えて、冗談が次々に出てくる。ところが同じ日に日本語で仕事の電話をすると、急に物腰がやわらかくなって、言葉を選ぶようになる。
まるでスイッチが切り替わるみたいに。

同じ人間なのに、言語によって性格が変わる。
どっちが本当の自分なのか、正直わかりません。
たぶん、どっちも本当なんだと思います。
ただ、日本語の自分でいる時間が16年で一番長くなった今、母国語のときの自分が、少しずつ遠くなっている気もするんです。

日本語が上手くなるほど、日本人らしくなる。日本人らしくなるほど、はっきりものを言わなくなる。
これは成長なのか、それとも何かを失っているのか。
答えは出ていません。
でも一つだけ言えるのは、あの下手だった頃のむき出しの言葉にも、悪くないものがあったな、ということです。
今の僕は、もう、あの言い方には戻れません。上手くなってしまったから。



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