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水塚 サイクリングレポート73 '26 3

国道254バイパス朝霞ー富士見区間の予定地周辺をめぐってきました

荒川低地に降り新河岸川を渡って武蔵野台地に建ち並ぶ家を仰ぎ見る
ここは1955年まで宗岡村と呼ばれていた
荒川と新河岸川に挟まれた宗岡村では周囲に堤防を張りめぐらせて水害に備えていた
惣囲堤(そうがこいつつみ)という
惣囲堤の総延長9km弱 その一部が今も残っている
こちらは荒川上流側に位置する南畑村との境目に築かれた佃堤
宗岡村を洪水から守ったが、水は南畑村でせき止められて紛争絶えず  天災の人災化は昔から
佃堤のヒューム管は後年灌漑用に敷設されたもの
それも今では役目を終えた
平野部の低地を流れる新河岸川には九十九曲がりと呼ばれた蛇行の旧流路が残る
その一つをたどる
ダメだ行けない
回り道して別ルートからたどる
ダメだ行けない
蛇行する旧流路を貫いて富士見川越バイパスを朝霞まで延長する整地が始まっていた
行けないので再び回り道して別ルートからたどる
ダメだ行けない 行きたいところ見えてるのに行けない
向こう側からここまで川沿いを行きたかったけど結局行けませんでした
堤防をくぐる水路には明治時代の水門が残っている 圦樋(いりひ)という
そのうち一つはバイパス工事で撤去された
バイパスちょっとだけ先に出来ちゃってた
造成予定の空き地にはドブの交差点跡
北美圦樋
そんな宗岡の風物を訪ねて回る
堤防を越える氾濫に備え、敷地に土を盛ってさらに一段高い場所に蔵を建てる
蔵の一階に米味噌醤油など貯蔵、水が引くまで二階で避難生活
ご家庭用避難施設 水塚(みづか)という
宅地化著しい宗岡エリアだが、今も割と残っている
いや消えてゆく 往時をしのばせるのはかさ上げした盛り土のみ
なのでそのうち盛り土だけでも懐かしくなっちゃって
「郷土の来歴を物語る盛り土の記憶」とか言ってレポートしちゃうかも
私が埼玉に移ってきた時分「いま宗岡もポンプあるしゼッタイダイジョブよ」って
不動産屋に勧められたけど「賃貸水塚」とかあれば心動いたかも
あちょっと待ってゴミ屋敷…て両側??
これは屋敷というより界隈というべきか?
このあたり冠水したらプカプカ流されちゃうんじゃないのゴミ
あービックリした あれ全部元々企画開発デザイン生産した製品だと思うと えそこ?
で、あらためて見ると同じ村の同じ機能も建てた時期や補修暦などの違いか 実に様々な表情
こちらなど周りの木がキレイに刈られて本日の撮影に備えてくれたかのよう
こちらなど昔の浸水時を想像すると相当映えたに違いない 不幸のさなか羨ましがらせるとか
たびかさなる洪水は間違いなく災難だが
同時に肥沃な土壌を運んできた
新河岸川の舟運は江戸と川越につながり財を運んできた
だから人はここでの生活をやめなかったし、多くの蔵が建つ裕福な村だったのでしょう
そして舟運の跡地に通されたバイパスが今度は何を運んでくるのでしょう
あちょっと待ってランチア フルビアクーペ
今回の移動手段 パナソニック ビビDX PCX160も併用 サイクリングレポート73 終



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