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長崎から水俣 ドライビングレポート8 1/2 ’25 4

脳出血からの退院後は身体的理由で自転車の旅が叶わないため自動車に同乗させていただき長崎から九州旅行をスタートした

長崎
長崎最古の鉄筋コンクリート橋 岩原新橋 同じ長崎は軍艦島の30号棟より古いという
橋の上は店舗と住居なのでポンテベッキオと同じじゃん
今はひっそりひとけがないがこの先観光名所となるに違いない
グラバー邸エリアでフリーメイソン印の門柱を見て
そこに隣接するこの緑
路地の坂に挟まれた一角は
ロシアの領土なので日本人は入れないさわれない
かといってロシア人も面倒みないのか荒れ放題
長崎はきれいに整備されたインバウンド向け都市だが 私達は飲み屋街に昔日のムードを探す
見よ
こういう所を不自由な足で歩く姿はよく似合うと思った どこからともなくカラオケも聞こえるしね
しかし再開発が進行中のようで早晩このあたりも見違えるようにイイネ!となってしまうでしょう
観光都市ではあるが坂と石段の古い街なので
ちょっと気を抜くと思わぬマチカドに出くわしたりするトキメキもありました
翌日は筑豊炭田エリアを巡る 背景の季節感あふれる山はボタ山 飯塚市忠隈
ボタ山のヘリに家の跡
主の去った家屋内外に発泡性を帯びているかのように緑があふれる
飯塚市井ノ浦  井ノ浦炭鉱 1957年閉坑
当時の困窮を記録した土門拳写真集「筑豊のこどもたち」撮影地
だが今回こどもばかりかそもそも人に会うことがなかった
飯塚市 明治炭鉱住宅
やっと見つけた心象風景タイプの炭住
広大な筑豊炭田エリアでもほぼ取り壊された
今や大変貴重な遺構だと思う
一般の観光客は田川市石炭歴史博物館のレプリカ炭住を見学しましょう 大人一人 400 円
その明治炭鉱の事務所が地元建設会社の施設に転用されて現存
道路をはさんで向かいが炭鉱敷地 これの他にコンクリの巻き上げ機台座が残っていた
田川郡福智町赤池炭鉱 1970 年閉坑  旧炭住中心部に商店遺構群
給料の配給所前に位置していたショッピングモール
今ではご覧の通り
ほぼ倒壊しているが
一軒だけ駄菓子屋さんが営業中 信念がないとできない仕事だと感じ入る
田川市  田川産業(株)
創業101年を迎える漆喰メーカー
ご説明いただけた
田川には黒(石炭)も白(石灰岩)もあるんですよ
漆喰は石灰岩に塩を加えてコークスで焼いて作るんですよ
ウチのは品質が良いので熊本城や大阪城をはじめ全国の城郭に使われています
だけど塩でトタンがすぐ錆びちゃう
同じ敷地のこちらは
家畜飼料用カルシウムの
乾燥小屋
ご丁寧に教えていただき大変ありがとうございます
いずれ私が天守閣を建てる際には是非ご相談させてください
すぐそばの船尾駅前には麻生セメント田川工場
高い塀や樹木で隠されていないプラントだとここまでウオ〜ッてなるとは
嘉麻市蒲生 三井山野炭鉱 1973 年閉抗
一本先の道を渡った炭鉱施設も鉄道も今はなく商店跡のみがかつての繁栄を物語る
「このあたりが一番栄えてたんですよ」「この通りは人が多くてそれは賑やかで」
おばさんが愛犬をあやしながら教えてくれました
嘉麻市上山田 かつては大小 25 にのぼる炭鉱で栄えたが 1970 年にはその全てが姿を消す
フリーズしていた
そこここに湯煙が立ち込めている山腹の集落
湯けむり道という
阿蘇郡小国町
本日は同じ小国町の満願寺温泉に泊まる 公道から丸見えの混浴
その湯はぬるめでとても優しいのでゆっくり浸れました
日本徴兵保険申込所 昔はそんな保険商品があったんですね 第七特務阿蘇郡分団長 橋本
温泉の名となっている満願寺の境内にはメグロが長期駐輪
飲み屋おみやげ屋など無縁の正におとぎ話の隠れ里や桃源郷のような場所だが
数軒あった宿も今や高齢化で閉められたり韓国資本に買われたりで宿選択の余地はない

ご覧いただきありがとうございます
「長崎から水俣 ドライビングレポート8 2/2」に続きます


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