ロックダウン前夜に
新型コロナウイルスの感染拡大が続いている。
3ヶ月前、まさかこんな世界になるとは思っていなかった。あらゆることが変わってしまった。
グローバル化が重要だとか、ギグエコノミーの時代だとか、そんな言説がはるか昔の話のように思えてしまう。
誰もが予測のつかない未来に不安を抱えている。
こんな中、私はある決断をした。
3月31日、常勤の無期雇用職であった赤穂市民病院の病理診断科を辞めて、4月1日からフリーランスの病理医になったのだ。
え?エープリルフールでしょ?こんな厳しい状況の中、公務員を辞めてフリーランスになるなんて、ありえないでしょ?
…
それがエープリルフールじゃないのだ。幸か不幸か。
何故私はエープリルフールのこの日、フリーランスになったのだろう。理由と決意を書いてみたい。
地方公立病院で思ったこと
昨年近畿大学を退職し赤穂市民病院に異動した。これまた無期雇用の大学教員という職を辞して、地域医療の現場に飛び込んだ。
僻地とまでは言えないが、医療が不足する場所で地域住民に貢献したいと思い異動した。10年前2年間勤務して、風光明美な赤穂の地に魅了されていたのも理由だ。
ここに骨を埋めようとやってきたのがちょうど一年前。
なのにあっさりと?方向転換したのか。
異動してみたら、地方公立病院の厳しさに直面することになった。
ご存知のように、地方公立病院の多くは赤字続きで、所属病院も市議会でもどうするんだと言われるような状態だった。こんな中、コストを削減し効率的な医療を提供するためにどのようなことをすれば良いかを議論する院内のチームに入ることになった。
それこそペン一本さえ削減するような知恵を絞っていたが、あることに気付いた。それは、自分が赤字の要因になっているのではないかということだ。
人口の減少、複数の科の撤退による検体数の減少、患者の域外への流出など複数の要因があり、10年前に勤務した時より標本の量が15%くらい少なくなっていた。
こんな中、試算をしたところ、例え常勤病理医がいることによる管理加算Iをとっても、社会保障等を含めて考えれば、私が常勤でいることが病院にとっては赤字を増大させることになるということが明らかになった。
また、実のところ、勤務時間の半分以上を迅速診断や病理解剖の待機に費やしていたので、病理診断だけならば毎日出勤しなくても業務をこなし、病院に貢献していくことができるだろうという見込みも立った。
もちろん、常勤病理医がいることは、病院にとってコストだけではないことは間違いない。医療の質をチェックする意味もある。病院の方々も、コストだけではないよと言ってくれた。
しかし、億単位の赤字のなか待機に時間を費やす医師を雇っておく余裕がないのも事実だった。それを示したのが業績評価で、最低に近い評価を受けることになった。私はコスパの良くない医師だった。
3方よしの決定
そうかあ。地域に貢献したいというのは独りよがりの思いだったのだな…
関係者との話し合いを続け、4月以降は非常勤となり、週2日勤務することを決めた。それ以外の時間は複数の医療機関や学校等に勤務することになった。フリーランスの医師、病理医になるということだ。
これは3方よしの決定だと思っている。
多少診断が出るまでの時間が延長にはなるが、病院にとっては質を落とさずコスト削減ができる。私自身は職務専念義務から解放され、複数の病院に支援に行くことができる。また、様々な活動を行うことができる。
将来AIにとって変わられるという予想からか、過渡期の今病理医不足は深刻化している。それゆえ色々な病院から少しでいいから来てくれという話は常に来ていた。しかし、今までだと職務専念義務でどうすることもできなかった。
また、2018年に一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)を設立したが、公務員という制約のなか、なかなか時間をかけることができなかった。
フリーランスになることで、できなかったことができるようになる。
時期は最悪だけど
というわけで、常勤職の公務員を辞め、野良人間になった。所属は?と聞かれれば、カセイケンです、と堂々と言おう。
昨年後半から関係各方面と話し合い、少しずつ準備を進めてきたわけだが、まさかこんな状況になるとは思っていなかった。今更やめることはできない。なんてこったという感じではある。
ただ、後悔はしていない。
複数の病院に行くことにより、様々な症例に触れることができ、研鑽を積むことができる。この一年、特定の臓器しか診断していなかったので、病理医としてはやりがいがある。
また、20年来の目標である、全米科学振興協会(AAAS)あるいはEuroScienceのような、分野横断、立場横断的な科学に関心を持つ人たちのための開かれた組織を日本に作ることも具体化したい。
知を駆動力とする社会を作るというミッションを実現するために、科学技術政策を独立の立場からウォッチするといった活動をもっと充実したい。
何より、野生の研究者や独立研究者、フリーランス研究者の重要性を語ってきた私が公務員医師という安全な場所から語っていたことの矛盾を解消できる。
拠点は神戸に
さて、フリーランスになったのだから、どこに拠点をおいてもいいわけだが、神戸に個人事務所を開設した。ふるさと横浜から神戸にやってきて20年。第2のふるさとと呼べるほど愛着のある街だ。
感染拡大防止のために近々都市封鎖、いわゆるロックダウンがされる可能性も取り沙汰されている。複数の地域にまたがる非常勤にとっては、収入ゼロになる可能性さえある。また、自分自身が感染すれば、複数の病院に新型コロナウイルスをばら撒いてしまう可能性がある。
新型コロナウイルス感染が広がれば、病院がその対策に忙殺され、病理診断は不要不急となってしまうかもしれない。実際各地の病院で標本数が減っていると聞いている。
恥も外聞もなく、どこかに雇ってくださいと泣きつくこともあるかもしれない。病理診断の仕事がなくなり、かつ要請があれば、新型コロナウイルスの検査診断など、志願して行く覚悟はある。
なんの拠り所もない根無草になった。きっとあんた誰?と言われることも増えるだろう。野良だから、ローンは組めないだろうし、新しいクレジットカードも作れないだろうなあ。まあ、それは折り込み済み。
それより今はワクワクしている。どこへでも行けるから。
さあ、どこへ行こう。あ、ロックダウンでどこにも行けないか。それでも心は空高く登っていく。
