フリーランス病理医日記〜4月編
2020年4月から、無謀にも常勤所属のないフリーランスの病理医になった。そんな場末の病理医の日常を綴る。
4月1日 フリーランス初日
昨日まで地方公務員の医師だったのに、今日からは所属なし。一応個人事業主の開業届は出した(開業freeeを利用)。
不安もあるが、開放感もある。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大が気になる。感染したら収入が絶たれるわけで…。
4月某日 古巣に後ろめたさ
3月まで常勤の病院に出勤。同じ仕事をしているが、今は非常勤だ。
古巣では新型コロナウイルス対策で大変な様子だ。患者も激減。こんな厳しい時期に離れてしまい、申し訳なく思うが、病理医として何ができたのか考えてしまう
不要不急の手術や内視鏡検査が控えられたこと、患者の受診控えなどもあり、標本数も減っている。今まで一週間でやっていたことが、2日でも余裕でできてしまう。病院の経営を考えれば非常勤でよかったのだろう。
4月某日 役所で右往左往
社員一人の合同会社の登記申請で法務局に。
何も個人事業主との二本立てにしなくても、一般社団法人もやっているのになんで、と思われそうだが、色々思うことあり、個人事務所として会社を立ち上げることにし、準備を進めてきた。
医師の仕事は会社では受けられないので、個人事業主であることは必須だが、講師業や文筆業等は会社でやることにした。一般社団法人とはミッションが異なるので、別だてに。
会社立ち上げはマネーフォワード会社設立で準備した。いろいろネットでできるのはありがたかったが、登記は法務局へ足を運ぶことに。この時期移動はしたくないが致し方ない。
しかし役所というのは、初めての人間にはどこに行ってよいのかさっぱり分からず。患者さんから見れば、病院もそうなのだろうか。
4月某日 新幹線はガラガラ
緊急事態宣言が出され、県外への移動はよくないのだが、食っていくためには仕方ない。
新幹線はガラガラで、三密は回避されているが、経営大丈夫なのかと心配になる。
フリーランス生活は、移動時間が長いのが少々辛い。有効に時間が使えればよいのだけれど、疲れて本を読む気にならないときもある。慣れていかなければ。
4月某日 国民健康保険
フリーランスになって思うのは、組織のありがたさ、総務課のありがたさだ。さまざまなことを自前でやらなければならないのはちょっとたいへん。
そのうちの一つが社会保障だ。
当初健康保険は前所属の任意継続でしばらくはいこうとしたのだが、在籍期間が1日たりないと言われた。前の職場を1年で辞めたのだが、任意継続は1年以上の在籍が必要だというのだ。事前に総務課に確認したのに…。
まあ、仕方ないので、国民健康保険の手続きに区役所へ。会社が立ち上がれば協会けんぽに加入するが、1日でも無保険の期間があってはいけないのだ。役所に出向くのはこの時期どうかと思わなくもないが、仕方ない。
4月某日 会社登記完了
合同会社がようやく登記されたので、書類を取りに行ったり提出したりであちこちに。この時期としてはあまりよくないなと自覚しつつ…。話題の印鑑の問題もあり…。
役所ってのは、相変わらずどこに行ったらよいか分からない。
収入印紙を紙の両面に貼るという失態をしでかし、窓口の担当の方に「ヒィ!!」と言わせてしまった。顔から火が出た。
中小企業の多くが苦境に陥る中の創業。事業の目処はついているとはいえ、思い切ったことをしたな、と自分でも思う。
しかし、合同会社はあまり知られていないなあと実感。代表社員と言っても社員の代表なのですか?と聞かれる。これは事前に知っていたことではあるが、設立の安さや経営面のことを考えれば、メリットはある。
4月某日 解剖
某病院で解剖をやってほしいとの依頼があった。新型コロナウイルスの感染の有無は調べていない。臨床的には感染は限りなく低いということだったので引き受けたが、安全のため、臨床検査技師の介助はなしに。
日本病理学会では、新型コロナウイルス蔓延期における病理解剖は、PCR検査がなされていなければ引き受けるべきではないと言っている。しかし、病院としては、研修指定病院、内科学会登録認定施設などの維持のために、解剖が必要だという。
こうした要件は早急に緩和してもらわないと、病理医や臨床検査技師は感染の危険にさらされる。感染してしまえば、収入が絶たれるわけで、私にとって死活問題だ。
4月某日 院内感染の悲鳴
初期研修を行なった病院で、新型コロナウイルスの院内感染があった。まだ交流がある人がいるので、中の様子を聞いたが、防護服や人材のやりくりなどで厳しい状況にあることがよく分かった。
とにかく防護服を現場に安定供給することが重要だ。
マスクの不足は非常勤医にとっては辛いところだ。もちろん最前線優先なので、非常勤の病理医は自前調達なのは仕方ない。何度も洗って使っている。
4月末日 漠とした不安
とにもかくにもフリーランス1ヶ月が過ぎた。幸いにも仕事がなくなることはなかったが、感染したら無収入、かつ勤務する病院のさまざまなものをストップさせてしまうという状況はそれなりにプレッシャーだ。
病理診断の標本数の激減は、各病院とも共通するところであり、大学病院に所属する知人は、アルバイトで行っている病院から来なくてよいと言われたとのこと。
親戚が経営しているバス会社は、従業員全員自宅待機だという。それに比べれば、仕事があるだけありがたいと思わなければ。
公務員の職務専念義務がなくなったので、Twitterを以前より多く利用するようになった。さまざまな立場の人を満遍なくフォローしているつもりだが、意見の対立、分断は激しくなっているようだ。皆不安を抱いているのだと思う。
最前線ではなく後方にいる医療者という立ち位置は、やや離れたところに煙が見え、砲撃の音が聞こえているという感じだろうか。
いずれ前線に行く覚悟をしつつ、今は目の前の仕事をしっかりとやっていく。がんにかかる人はこれからもいるのだから。
そういえば、私の母方の祖父は、戦時中逓信省所属の郵便関係の業務をしており、徴兵されなかった。戦時中であっても(だからこそ?)郵便業務は重要だったのだ。
第二次大戦中に後方の街で起きた事件を湛然に捜査していた「刑事フォイル」を思い出す。戦時下でも日常は続いていくのだ。
