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MD-PhDの黄昏──臨床も研究も中途半端?

 思えば私も、医師兼研究者になりたかった。

 1998年、理学部の大学院で研究がうまくいかず、このままではいかん、と思っていた時に、神戸大、大阪大、千葉大の医学部にMD-PhDコースに模した学士編入コースができると知った。医学生として勉強しながら、研究も行い、医師免許と博士号を同時、あるいは続いて取得できるという。

 これだ、と思って受験し、神戸大に合格した。

 しかし、結局は研究はうまくいかず、いまは病理診断医として働いている。まあ、このnoteにさんざん書いてきたとおりだ。

 MD-PhDは、医学と科学の架け橋となる理想的なキャリアとされてきた。医療の現場で得られる臨床的な問いを研究室に持ち帰り、基礎研究の成果を患者に還元する。その理想を聞けば、誰もが「素晴らしい」と思うだろう。

 だが現実には、MD-PhDという仕組みは、近年ますます難しい立場に立たされているようだ。

 先日、米国デューク大学の生化学者Jason Locasale氏がX(旧Twitter)にこんな投稿をした。

 要旨をざっくりまとめると、「MD-PhDは現代科学の幻想のひとつであり、医学と科学の統合を約束しながら、実際にはどちらの目的も果たしていない」というのだ。

 彼によれば、MD-PhDの訓練は長期に及び、二つの専門職を同時に修得することは現実的ではない。多くのMD-PhDは、週に数時間だけ象徴的な臨床をこなしながら、“トランスレーショナル(橋渡し)研究”と称する論文を出す。しかし、その研究はしばしば基礎的知識にも臨床にも意味ある貢献をしていないという。

 これは米国の話ではあるが、日本でも耳が痛い。臨床をやりながら研究を続けるのは、極めて難しい。研究室に籠ってデータを積み重ねる時間を確保することはほとんど不可能で、結局、臨床業務に追われ、研究は中断、あるいは細々と続けるのが精一杯になる。

 Locasale氏の指摘はさらに辛辣である。MD-PhDは、経済的・社会的な特権を享受しているというのだ。

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