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#30 あなたはどんな言葉を自分に聴かせていますか?

新しい年が始まって、
そろそろ世界も、静かに動き始めています。

仕事が再開し、
予定が入り、
周囲とのやりとりも少しずつ増えていく。

そんなとき、
私たちはまた前に進みはじめます。

その一歩を踏み出すとき、
私たちは、
どんな言葉を自分自身に聴かせているのでしょうか。

「急がなければいけない」
「遅れてはいけない」
「ちゃんとやらなければいけない」

忙しさの中にいると、
こうした言葉が、
いつの間にか内側に響いていることがあります。

それは誰かに言われたわけでもなく、
責められているわけでもない。

けれど確かに、
自分自身に向けて
浴びせている言葉です。

以前、
妻と車で、
のんびりと休暇を過ごす旅行に出かける準備をしていたときのことです。

私は何気なく、
「8時半には出なければいけないね」
と言いました。

すると妻が、
少し不思議そうに、こう返してきました。

「楽しい、のんびりした旅行なのに
『出なければいけない』なの?」

その一言に、
はっとしました。

確かに、
誰かに強制されているわけではありません。

自分で決めた予定で、
自分が楽しみにしていた時間です。

それなのに私は、
知らず知らずのうちに
「〜しなければいけない」という言葉を、
自分に聴かせていた。

その瞬間、
自分がどんな前提で物事を見ていたのかに
気づかされた気がしました。

7つの習慣を読み返すたびに、
私はこの体験を思い出します。

主体的であるとは、
何かを強く決めることでも、
気合を入れて行動することでもなく。

その前に、
自分がどんな言葉を自分に聴かせているのか
に気づくことなのではないか。

そう感じるようになりました。

忙しいときほど、
私たちの内側の言葉は
短く、強く、命令口調になりがちです。

「早く」
「ちゃんと」
「とにかくやれ」

その言葉に従って動いているとき、
私たちは本当に
選んでいるのでしょうか。

それとも、
ただ反応しているだけなのでしょうか。

主体性は、
外から与えられるものではありません。

それは、
内側で交わされている
言葉の質から
静かに生まれてくるものだと、
いまは感じています。

自分を追い立てる言葉なのか。
自分を落ち着かせる言葉なのか。
世界を狭くする言葉なのか。
それとも、
少し広く見渡させてくれる言葉なのか。

もし、
今日一日を振り返る時間があるなら。

少しだけ、
耳を澄ませてみてください。

あなたは今日、
どんな言葉を
自分に聴かせていたでしょうか。

答えを出す必要はありません。
変えようとしなくてもいい。

ただ、
気づくだけで十分です。

その気づきが、
次の選択を
ほんの少しだけ
変えてくれるかもしれません。

今日も、小さなつぶやきをひとつ。
あなたの一日に、ほんの少しの余白を。

今日の言葉が、
あなたの歩みを、
ほんの少し確かなものにしますように。

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