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あなたの誕生日に、二人分のありがとうを—親友を想い、舞台に救われたこの一年

※この文章は、
私個人の体験と感じたことを綴ったものです。
鈴木勝吾くんについての話と、
私自身のかなり私的な話が混ざっています。
あくまで「私がどう感じたか」という
視点の文章です。
無理のない距離感で
読んでいただけたら嬉しいです。
なお、勝吾くんに関する記述は、
SNSなどで公表されている範囲のものに
留めています。




去年行ったイベントから、もうすぐ一年が経つ。
我が愛する推しである鈴木勝吾と、
親友の誕生日は三日しか違わない。
だから、推しを祝うこの時期になると、
私は決まって親友のことも思い出す。

親友を亡くすかもしれないという、
底知れない恐怖と闘い続けていた、あの頃。
私の心のホットラインになってくれていたのは、
まちがいなく勝吾くんだった。

身近な人には打ち明けられなかった、絶望の陰。
親や、昔からの友人、職場の人たち
みんなそれぞれの形で私を見守り、
支えてくれていたことは、
ヒシヒシと感じていた。
だからこそ、吐き出せない感情も、
あの頃の私にはあった。

それを唯一、受け止めてくれる場所が、
彼のファンクラブである「ファミリア」であり、
彼のつくり上げる演劇作品だった。

圧倒的な他人であるということ。
そして彼は、ファンであっても、
一人の人間として対等に
接してくれるという信頼。
それは、日々の作品から、
そして配信で語られる言葉から、
はっきりと伝わってきたことだった。


なにも、いきなりホットラインに
なったわけではない。
きっかけは、彼の作品を観るたびに、
感想を送るという習慣が
自然と身についていたことだ。

配信のたびに、自分の感性や考えを
率直に吐露する彼の姿に影響されて、
私もまた、感じたことを言葉にしたい、
という衝動に駆られるようになった。

観劇して、
いったいどんなことに心を揺さぶられたのか。
それは、その時点の自分自身を、
いちばん正直に映し出している。

なにを恐れているのか。
なにを欲しているのか。
なにに迷っているのか。

それらを、写し鏡のように教えてくれる。
目を背けてきた心の底にある、
得体の知れないものと、
向き合わざるをえなくなる。

それが、彼が教えてくれた演劇の醍醐味であり、
私が演劇を愛する所以だ。
彼が、演劇を通して伝え続けてくれていたこと。

「どれだけ苦しくても、
どれだけ絶望の底にいても、
ほんのわずかな希望があれば、
人は生きていける。

人は、つながることができる。
そして、たとえ泥にまみれたように見えても、
この世界は美しい。」

そんなことを、
数えきれないほどの舞台を通して、
伝えてくれていた。

だからこそ、私は彼の関わる作品を通して、
親友のことを打ち明けることができたのだ。
私にとって、傷つけられないと
信じられる距離感があった。

家族とはやっかいなもので、
身近すぎるがゆえに、
その当時の一縷の望みであったものに対しても、
容赦なくナイフを突き刺してくる。

「お盆休みに東京まで舞台?
親友のこと何にも考えてへんな」

正論だった。

だけど、正論を武器にされることほど、
堪えるものはない。

一番打ち明けられるはずの相手に、
めった刺しにされた
気分だったことを覚えている。

仕事の時間以外は泣きっぱなしだった、
あのころ。
さらに眠れなくなった。

そんなとき、救ってくれたのが
彼の舞台作品だった。
毎晩、繰り返し円盤を再生した。
スマホのボイスレコーダーに録音して、
通勤のときも、繰り返しセリフを聞いていた。

「今の中にいるときは、苦しくて、悔しくて、
腹が立ってどうしようもなかったことが
なんだか生きてた証みたいにあったかく感じる」

まさに、あのころのお守りだった。
泣いてもいい場所、
安心できる場所になってくれていた。



彼とは、大切な人を亡くした時期が同じだった。
私は親友を、彼はお父さんを失っていた。

だからか、同じように喪失に苦しみ、
己と闘う同志だと、勝手に感じていた。

板の上に立つ恐怖と、
生徒たちの前で授業をする怖さ。
人前では、弱い自分を隠し通して、
演じきらなければならない。

パニック発作を毎日経験していた私にとって、
彼が板の上で生きている姿を見ることは、
何よりも代えがたいエールだった。


ちょうど一年前になるイベント。
私はようやっと、
感謝を直接伝えることができた。

「親友のことで、
本当にたくさん救われました。ありがとう。」

その時の「あ!」と合点がいった表情を
今でも覚えている。
それまでガチガチだったのに、
一気に力が抜けた気がした。

「あぁ… 覚えてくれているんだな。」

そう漠然と感じた。

「僕にできることはするからね。
こちらこそありがとう。」

なんて温かい言葉だろう。
ちょっと重かったかな…なんて
考えたりもしたけれど、
きっと彼なら
軽く受け止めて流してくれるだろう。

あの頃から約1年。

二度目の年を重ねない親友の誕生日。

人と会うこともままならず、
電車でも毎日発作を起こしていたあの頃。
きっと発作が完治する日はこない。
一生ともにお付き合いしていく仲だ。

それでも、私は立ち上がれることを知っている。

そのきっかけをくれた多くの作品と言葉に
出会わせてくれた彼に

これまでも、そしてこれからも、
たくさんのありがとうを送りたい。
「誕生日おめでとう。」

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