カフェ月殿亭の風景⓷
浅草・カフェ月殿亭・中
モーニングサービスを注文する客で、混雑する時間がすぎ、ひと段
落ついた頃、大学の付属博物館で学芸員(キュレーター)をしている
サラが、入って来る。
龍之介は、キッチンで、珈琲豆の注文書に眼を通している。
百花は、ランチ用の食材を、準備中。
奥のオーバルテーブルについてから、
サ ラ「龍之介さんは、皇帝の十二剣というのを、ご存じですか?」
龍之介「皇帝の十二剣? 皇帝って、中国の皇帝のことかい?」
サ ラ「そうです」
百 花「その十二剣が、どうかしたの?」
サ ラ「十二剣という名前の剣ではなくて、皇帝が所有していた十二本の剣
のことなんです」
龍之介「たしか、中国の清王朝が、征服した十二の国から、それぞれ貢
納させた、宝石がちりばめられた黄金造りの太刀だね。それが十二本
あり、十二の方角を守護する目的で、北京の紫禁城に納められていた
と聞いたことがある」
サ ラ「革命で、清王朝が倒れたあと、最後の皇帝が、十二本の宝剣を、北
京の紫禁城から、満州国の皇宮地下収蔵庫に運んだといわれていま
す」

龍之介N(ナレーション)
「五日ほど前、大学で近現代史を教えている但馬教授から、大学の
付属博物館に、中国皇帝の十二剣について、なにか情報がないかとい
う、問い合わせがあった」
サ ラ「但馬教授のお話では、イギリスにある競売会社から、十二剣と思わ
れる宝剣が十二本、オークションに出されることになり、調べたとこ
ろ、十二本の刀の柄(つか)と鞘(さや)の部分に、ちりばめられて
いる宝石が、どうも、偽物らしいということになったそうなんで
す。国際的な歴史学会でも、皇帝の十二剣は、現在、所在不明とされ
ているとか」
百 花「宝石がちりばめられた宝剣だから、本物だったら、すごい価値があ
りそう」
龍之介「おそらく国宝級の価値があるだろうね。で、サラさんのほうから、
但馬教授に伝えられる情報はあったのかい?」
サ ラ「但馬教授の手持ち情報をもとに、調べたところ、アジア太平洋戦争
の終戦前、一九四五年の五月時点で、現在の中国東北部にあった、満
州国の皇宮地下収蔵庫に、十二本の宝剣が、収められていたことがわ
かっています」
龍之介N「一九四五年五月に、ナチスドイツが無条件降伏して、ヨーロッパ
での戦争が終結すると、ソ連は、日本と不可侵条約を結んでいたにも
かかわらず、アメリカの強い要請に従って、日本に宣戦布告した。
このため、当時、満州国にいた日本の軍人たちは、ソ連と満州の国境
地帯に入植していた多数の日本人家族を置き去りにして、特別列車
で、帰国を始めていた。
その特別列車に、皇宮の地下収蔵庫にあった十二本の宝剣が、積みこ
まれ、朝鮮半島経由で、日本へ運ばれたというのである」
サ ラ「但馬教授のお話では、満州に駐屯していた日本軍の参謀が、指揮官
だったのですが、その人が戦前、蔵前に住んでいた竹原俊作という軍
人さんで、運び出した目的は、宝剣を換金して、戦後日本の復興資金
にするためだったとか」
百 花「もしかして、その十二本の宝剣の隠し場所を、竹原さんという人
が、知っていると?」
サ ラ「竹原さんは、終戦前に、蔵前に戻ったのですが、ご存じの通り、東
京は大空襲で、この辺り一帯は焼け野原になりました。竹原さんの自
宅も、焼けてしまって、ありません。それで、下谷神社の近くにあっ
た奥さんの実家で、暮らしていたそうです」
龍之介「サラさんは、その十二本の宝剣が、どこかに隠されていると思って
いるのかい?」
サ ラ「はい。竹原さんが、独断で、日本へ運んだのか、それとも、軍の上
層部から指示があったのか、不明ですが、但馬教授のお話では、十二
剣の情報が、竹原氏のところで途絶え、それ以降の情報が皆無だとい
ういうのです」
百 花「それって、つまり、その宝剣を日本に運んだのは、竹原さんの独断
だったということ?」
龍之介「おそらく、そうに違いないね。それで、その宝剣が、竹原氏と関連
するどこかに、隠されているんじゃないかと、サラさんは考えたんだ
ね」

百 花「でも、隠し場所が、どこでもいいというわけにはいかないよね」
サ ラ「十二本の宝剣は、十二の方角を守るためのものです。どこかの山の
中だと、埋められた場所は、竹原さんだけしか知らないけれど、彼
が、十二剣の宗教的な意味を知っていたら、別の隠し場所を考えるん
じゃないでしょうか?」
龍之介「そう考えると、もっとも可能性が高いのは、寺院だ」
百 花「それなら、竹原さんの菩提寺は、どうかしら?」
サ ラ「竹原家の菩提寺は、東京にあったんですが、一九四五年の東京大空
襲で、焼けてしまい、下谷の松谷寺(しょうこくじ)にあった、奥さ
んの実家のお墓に、竹原さんは、埋葬されています」
龍之介「たしか、松谷寺は、ご本尊がお薬師さんだね。まさか、お墓の中に
宝剣を隠しているとは思えないけど、サラさん、お寺には、十二神
将の立像があるかい?」
サ ラ「たしか、本堂に、ご本尊の薬師如来を守護する、十二神将の立像が
ありますね」
下谷・松谷寺・本堂・中・午後
サ ラ「ここに、竹原俊作氏のお墓がありますね?」
住 職「過去帳によれば、竹原家には跡継ぎがなく、俊作氏が亡くなったあ
とは、奥さんが供養されていましたが、その奥さんも亡くなったあと
は、お墓を守る親族もなかったので、永代供養墓として、先々代が受
け入れたと聞いています」
サ ラ「先々代が、なにか、竹原家から、寺で預かったものがあるという話
しを、聞いたことはありませんか?」
住 職「竹原家からの預かりものですか? さて、記憶にありませんね」
サ ラ「柄と鞘の部分に、宝石がちりばめられた、黄金造りの太刀です。そ
れが十二本」
住 職「太刀が十二本ですか? 十二本と言えば、少なくない数ですから、
寺の収蔵庫に収めてあれば……しかし、そのような物は見たことが
ありません。先代からも、そのような話しは聞いていませんが」
サ ラ「ここの本堂に、ご本尊をお守りする十二神将の立像がありますね」
住 職「ございますよ」

住職が、本堂の電灯を点けると、壇の上で、ご本尊の薬師如来を、円
形に取り囲んでいる十二人の武神が、浮かび上がった。
まさに、荘厳といっていい光景だった。
それぞれ、剣や鉾、弓、矢、錫杖、宝棒などを所持しているが、背中
に、筒状の布袋を背負った神将を見るのは、サラも、はじめてであ
る。
サラが、そのことを指摘すると、住職は、おどろいたように、壇上に
あがって、十二体の神将の背に結びつけられた布袋を見た。
サラは、住職の許可を得て、檀上にあがり、袋の上から、中身を探
り、それが、江戸時代の武士が差していた湾刀ではなく、直刀の太刀
であることを確認した。
住 職「いつも、お参りしていますが、薬師如来と神将のお姿は拝見しても
神将の背中までは、気に留めていませんでした。袋の布も、古くなっ
ていますし、立像と同じような色合いの袋でしたから……まさか、こ
のような場所に、皇帝の十二剣が隠されていたとは(とやや興奮気味
に)」
浅草・カフェ月殿亭・中・夕方
百 花「見つけたのね(とにこり)」
龍之介「まさに、サラさんの学芸員としての慧眼(けいがん)が、十二剣を
発見したといっていいね(とにこり)」
サ ラ「竹原さんは、結局、戦後日本の復興資金として、十二剣を換金せず
に、この世を去る前、お寺に奉納したんでしょうか?」
龍之介「そうだね。宗教的な信心とかではなく、人間としての良心が、そう
させたのかもしれないね。戦争に従軍した軍人として、戦没した人々
への、鎮魂と罪滅ぼしという気持ちも(あったにちがいない)……」
龍之介N「十二本の宝剣の所有権については、中国政府と台湾の間で政治問
題化する可能性があるため、専門家の判断に任せることになった。
学芸員のサラさんは、宝剣の発見者として、宝剣十二本のレプリカを
製作し、それを大学の付属博物館に展示する許可を得た」

「CUT」
※今回も、花も実もある絵空事にお付き合いいただき、ありがとうございま
した。
※見出し画像と文中で使用させていただいた画像は、<音の風景>さんの許
可を得て、掲載しました。感謝です。
※シナリオ風にしているため、情景や状況描写の部分で、味もそっけもな
い表現になっていることが多々あります。どうぞ大目に見てください
(笑)。
