ど深夜の蕎麦亡霊を追いかける俺
ど深夜の蕎麦亡霊を追いかける俺
ど深夜。もう「夜中」とか「深夜」とか、そういう上品な言い方ができる時間帯じゃない。街が寝静まったというより、完全に“死んだフリ”してる時間。俺だけが取り残されたみたいな、あの感じ。そういう時間に「蕎麦食いてぇな」と思う自分をまず恨んだね。なんでこの時間に“蕎麦”なんだよ。ラーメンじゃなくて?牛丼じゃなくて?胃袋のテロ首謀者が、よりによって“蕎麦”を人質に取りやがった。
いや、蕎麦を食べたいというより、“蕎麦屋で蕎麦を食べたい”なんだよね。わかる? コンビニのカップ麺とかじゃないんだよ。湯気が立ってて、ちょっとだけきつね色のカウンターに置かれた蕎麦。店主の“どうぞ”の一言。あれが欲しい。あれがないと俺は今日を終われない。食い物じゃなくて儀式なんだ。
……とか言って自分を格好つけてるけど、実際はただ腹が減っているだけ。なのに店は全部閉まってる。そりゃそうだ。真っ当な蕎麦屋ほど早く閉まる。そばつゆが品切れになる前に「今日はここまで」と潔く暖簾を仕舞う。そんな店主の気風に、昼間は「かっこいいなぁ」とか思ってたくせに、ど深夜の俺からするとその美学がただの呪いだ。“良い店ほど夜中にはやっていない”という、人生の残酷なテンプレにぶち当たってる。
地図アプリを開いて“蕎麦”って入れる。すると、やる気もなさそうに数件くらい出してくる。で、レビューを見ると「営業時間:〜22時」。もう終わってんじゃねーかよ。なんだその“参考記録”みたいな表示。今必要なのはライブ情報だよ。バンドが今ステージにいるのかどうか、そこを知りたいのに、アプリはのんきに「この店はアットホームです☆」みたいなコメントを勧めてくる。知らねぇよ、その温かさは今いらない。
歩く。寒い。
夜の冷気ってさ、わかりやすく“孤独”の形してない? 人がいないせいで空気が広すぎるのよ。広いのに、俺だけがぽつんと立ってる感じ。街灯が落とす自分の影が、やけに細くて頼りない。なんか、影のほうが先に折れそうだし。
そんな影を連れて、俺は蕎麦屋の亡霊を追いかけるみたいに彷徨ってる。
遠くに一軒、まだ灯りがついてる店を見つけた。うどんの看板。でも隅に“そば”の文字もある。
……これ、ギリいけるんじゃない?
“求めてた蕎麦”とは違うけど、人間ってこうやって自分を納得させて妥協して、人生を形にしていくんだろうな、みたいな哲学っぽい言い訳が頭に浮かぶ。真夜中ってこういう変な悟りが勝手に出るのずるい。
でも近づいてみたら「準備中」。
死んだ。
看板でもう一度殺される夜ってあるんだな。
「準備中って……何の準備だよ……」とつぶやいたら、自分の声が道に吸い込まれた。
いっそ牛丼でいいか? ラーメンでいいか? いや、そうやって妥協する自分が許せない。ここまで来たら“蕎麦屋を探してる自分”を裏切れない。なんだその意味不明なプライド。深夜ってほんとややこしい人間をつくる。
気づいたら、俺は結構歩いてた。人が消えた街でスマホの灯りだけがやたら白い。
そのとき、古びた店の奥でちらっと光が見えた。“営業中”の小さな札もかかってる。
“やってる……?”
“幻じゃないよな……?”
店内に入った瞬間、つゆの匂いに全て救われた。
椅子に座る。“天ぷらそばください”と言った自分の声が、驚くほど普通だった。さっきまでの彷徨いが嘘みたいだ。
蕎麦が来て、丼を見た瞬間、ちょっと涙出そうになった。
ただの蕎麦なのに、夜中に見つけたという一点で人生レベルのご褒美みたいに輝いてる。
一口すする。熱い。うまい。
世界が戻ってきた。
深夜に俺をここまで振り回した“ただの蕎麦”に、負けた気もしたし、勝った気もした。
でもまあ、生き返った。
だから言わせてくれ。
“ど深夜に蕎麦屋見つからなくて死ぬ”ってのは、比喩じゃねぇ。
あれは、一回ちゃんと死ぬ。
