木保だかんな
木保(きぽ)の青春
「おまえって木の棒みたいに真顔で立ってるから、木保な」
あだ名という名の悪意を、教室の空気と一緒に吸い込んだ。吐き出せなかった。肺の奥に引っかかって、今もたまに咳き込む。
木保──きぼ──キボー──希望。
字面だけはポジティブな皮肉の極み。
人生ってだいたい、そんなもんで構成されてる。
*
目立たないように、喋らないように、怒らせないように、いないように。
教室の隅で過ごす時間は、胃液と似ている。
静かに溜まり、知らぬ間に自分を溶かしていく。
誰かが笑うと怖くなる。
俺の背中に何かついてるのかと、反射的に机の端を触る。
怖さが染みつくと、次に来るのは癖だ。
唇の端を噛む。
襟元を触る。
親指を親指でつぶす。
小さな呪いみたいなクセが、増えていく。
それでも木保は生きていた。
*
高二の夏。
クーラーの効いた図書室で、ノートに詩を書くようになった。
詩なんて書いたこともなかった。
でも、浮かんだ。
「放課後の廊下にはいつも、俺の影だけが落ちている。」
気持ち悪いなと思いながらも書き留めた。
ノートの端には、汗でにじんだ名前。
“木保”って書いたら、自分じゃない誰かが書いたみたいで、少し楽になった。
あだ名っていうのは、皮肉にも、自分を一枚隔ててくれる膜になることもある。
本名よりも生きやすい名前って、あるんだな。
*
文化祭。
「なんか、さ、あの壁に貼ってある詩、ヤバくね?刺さるんだけど」
「えー、あれ?木保でしょ?」
「誰それ?」
「なんか、ずっと喋んない男子」
聞こえてないふりをして、聞こえていた。
心臓がコーラみたいに泡立った。
あれだけ隠れたくて、目立ちたくなかったのに、
木保が、木保を、突き破った。
見えない壁があるなら、文字で壊せるんじゃないかと思った。
でも誰も、本人だとは気づかない。
都合がいい名前だった。
木保、ありがとう。
*
大学生になって、もう誰も俺を木保とは呼ばなかった。
あだ名って、一定の空気と時間にしか生まれないから。
つまりそれは、悲しいくらい思い出と連動してる。
あの頃の空気は今、もう吸えない。
同じようなクーラーの風を浴びても、
あの図書室の、午後4時の匂いはどこにもなかった。
誰にも読まれないままのノートを、
引っ越しの段ボールから出して、またしまう。
たまに読み返すと、泣くほどダサい。
でも、正直で、恥ずかしくて、愛しい。
そういう時間をくれたのが「木保」だった。
*
社会人になった今。
木保を知ってる人間は、たったひとりもいない。
そのことに、助かってる自分と、さみしい自分が同居している。
木保は、俺の中でだけ生きている。
電車で立ってるとき、雨の日にひとりで傘をさすとき、
部屋でだれにもLINEを返す気になれない夜、
木保がうしろから、俺の肩をポンと叩く。
「おい、今日も地味だな」
うるせぇよ、と思いながら、ありがとう、と思ってる。
木保がいたから、いまの俺がいる。
*
SNSが全盛のこの時代、
誰かに名前をつけられることに怯えながらも、
自分で名前を決められる自由も持て余してる。
匿名で傷つけて、匿名で消えていく。
その繰り返しに疲れた夜に、
俺は、「木保」という言葉をノートに書いてみる。
文字が、少し震える。
「おまえって木の棒みたいに──」
言葉が浮かんだときの、あの教室の空気まで蘇ってくる。
でももう、あの時みたいに喉につかえない。
書き終えたノートを閉じて、眠る。
木保、おやすみ。
明日も静かに、地味に、笑っていこう。
