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木保だかんな

木保(きぽ)の青春

「おまえって木の棒みたいに真顔で立ってるから、木保な」


あだ名という名の悪意を、教室の空気と一緒に吸い込んだ。吐き出せなかった。肺の奥に引っかかって、今もたまに咳き込む。

木保──きぼ──キボー──希望。

字面だけはポジティブな皮肉の極み。

人生ってだいたい、そんなもんで構成されてる。



目立たないように、喋らないように、怒らせないように、いないように。

教室の隅で過ごす時間は、胃液と似ている。

静かに溜まり、知らぬ間に自分を溶かしていく。

誰かが笑うと怖くなる。

俺の背中に何かついてるのかと、反射的に机の端を触る。

怖さが染みつくと、次に来るのは癖だ。

唇の端を噛む。

襟元を触る。

親指を親指でつぶす。

小さな呪いみたいなクセが、増えていく。

それでも木保は生きていた。



高二の夏。

クーラーの効いた図書室で、ノートに詩を書くようになった。

詩なんて書いたこともなかった。

でも、浮かんだ。

「放課後の廊下にはいつも、俺の影だけが落ちている。」

気持ち悪いなと思いながらも書き留めた。

ノートの端には、汗でにじんだ名前。

“木保”って書いたら、自分じゃない誰かが書いたみたいで、少し楽になった。

あだ名っていうのは、皮肉にも、自分を一枚隔ててくれる膜になることもある。

本名よりも生きやすい名前って、あるんだな。



文化祭。

「なんか、さ、あの壁に貼ってある詩、ヤバくね?刺さるんだけど」

「えー、あれ?木保でしょ?」

「誰それ?」

「なんか、ずっと喋んない男子」

聞こえてないふりをして、聞こえていた。

心臓がコーラみたいに泡立った。

あれだけ隠れたくて、目立ちたくなかったのに、

木保が、木保を、突き破った。

見えない壁があるなら、文字で壊せるんじゃないかと思った。

でも誰も、本人だとは気づかない。

都合がいい名前だった。

木保、ありがとう。



大学生になって、もう誰も俺を木保とは呼ばなかった。

あだ名って、一定の空気と時間にしか生まれないから。

つまりそれは、悲しいくらい思い出と連動してる。

あの頃の空気は今、もう吸えない。

同じようなクーラーの風を浴びても、

あの図書室の、午後4時の匂いはどこにもなかった。

誰にも読まれないままのノートを、

引っ越しの段ボールから出して、またしまう。

たまに読み返すと、泣くほどダサい。

でも、正直で、恥ずかしくて、愛しい。

そういう時間をくれたのが「木保」だった。



社会人になった今。

木保を知ってる人間は、たったひとりもいない。

そのことに、助かってる自分と、さみしい自分が同居している。

木保は、俺の中でだけ生きている。

電車で立ってるとき、雨の日にひとりで傘をさすとき、

部屋でだれにもLINEを返す気になれない夜、

木保がうしろから、俺の肩をポンと叩く。

「おい、今日も地味だな」

うるせぇよ、と思いながら、ありがとう、と思ってる。

木保がいたから、いまの俺がいる。



SNSが全盛のこの時代、

誰かに名前をつけられることに怯えながらも、

自分で名前を決められる自由も持て余してる。

匿名で傷つけて、匿名で消えていく。

その繰り返しに疲れた夜に、

俺は、「木保」という言葉をノートに書いてみる。

文字が、少し震える。

「おまえって木の棒みたいに──」

言葉が浮かんだときの、あの教室の空気まで蘇ってくる。

でももう、あの時みたいに喉につかえない。

書き終えたノートを閉じて、眠る。

木保、おやすみ。

明日も静かに、地味に、笑っていこう。

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