特別企画について。
特別企画は“ピンとこない”から始まる
「で、なんか特別企画ないっすかね?」
会議終わり際のこの一言がいちばん怖い。なぜなら、たいてい中身が空っぽだからだ。空っぽだからこそ可能性は無限大……みたいな、素人のカラ元気みたいな発想が、いちばん人を追い詰める。
そうして、今週もまた俺の脳内の特別企画会議が始まる。
特別企画って、まず名前がやらしい。「特別」って。なにが?誰が?どこから?って聞きたくなる。もう「特別」って言っちゃってる時点で「平凡」なんだよな。企画って言葉もそう。だいたい誰かの不安の裏返し。普通にやっても埋もれそうだから何かやりたい。でも“何か”は決まっていない。そんなオブラート。
でもまあ、俺もその“何か”に何年も喰わせてもらってきた。嫌いだけど、慣れてる。慣れたけど、もうちょっと嫌いになりたい、そんな関係。
まず、特別企画ってやつは「逆算」じゃないと成り立たない。
ゴールを決めて、そこに向けて遡って、道を逆に塗りつぶしていく。けど、ほとんどの人間が「出たとこ勝負」でやろうとするから、途中で白目むいて倒れる。
「とりあえずカメラ回しておけば何か起きますよ」
起きないんだよな。特に俺には。
そもそも“何かが起きる”を期待して生きてきた人生じゃない。
クラスの隅でしゃべるでもなく、静かに定規の角で机をこすってるタイプの人間が、カメラ回った瞬間に“何か”なんて起こせるわけがない。むしろ“何も起きない”ってのが一番の武器なんだよ。
…とか言ってるうちは、まだ企画にならない。
じゃあ、どうするのか?
まずは、自分が「ずっとこだわってるけど、誰にも理解されないこと」に目を向ける。
たとえば俺だったら「レジ袋の結び方」だとか、「野球中継で延長になる瞬間のザラついた空気感」だとか、「カフェでイヤホンをしている奴のうしろ姿がやたらうるさい」だとか。
誰も気にしてないけど、俺だけがこだわってるポイント。
これを“笑い”にできるか、“共感”に変換できるか、“感情移入”のフックにできるかで、企画はだいたい決まる。
別に「大規模ドッキリ」とか「無人島サバイバル」とか、そういうのじゃない。“でかいこと”なんてどうでもいいのよ。自分の中にある“ちっさいけど鋭いトゲ”を取り出して、それを人に刺せる形に研ぐ。これが特別企画の肝。
たとえば、「俺が声をかけられる可能性ゼロの女子アナとロケに行って、1日中“微妙な間”を耐えきるだけの特別企画」みたいなやつ。
べつに、なにも起きない。でも見てる方は勝手にドラマを読み取る。
勝手に“感情移入”してくれる。
つまり、「特別企画」ってのは“視聴者の妄想力”を頼りにするってことでもある。
お前が頑張るんじゃなくて、向こうが勝手に盛り上がってくれる形にすりゃいい。
それができると、こっちの負担がぐっと減る。
それはもう、老眼鏡を買った日くらいの負担軽減。
それでも上の人たちは言う。
「もっとパンチのある特別企画、ないかなぁ」
パンチ?それ、ガチンコの意味ですか?
見た目のインパクト?
「地獄の合宿!ガチで24時間説教されるSP」みたいなやつですか?
違う違う。そうじゃない。
こっちが出したいのは「全然パンチ効いてないけど、あとで効いてくる」やつなんですよ。
即効性じゃなくて遅効性。
湿布でいうと冷えピタじゃなくてフェイタス。
一見、何の変哲もない企画に見えて、あとから「あれ、地味にずっと記憶に残ってるな…」っていうやつ。
でも、そういう企画って、「その瞬間」の数字が出ない。
だから提案しても通らない。
でも、やる。
もうこれは意地。
勝手に俺の中で「特別企画」ってことにして、自腹でやる。
あとでnoteに書く。
で、それが意外とバズる。
テレビじゃ通らなかったのに、SNSでウケる。
そうすると、あの時通らなかった案が、2年越しに再評価されたりする。
“今”が全部じゃない、ってことを、自分で自分に証明するしかない。
これもまた、特別企画の一部。
つまり、特別企画ってのは、
「その瞬間、誰にも理解されないこと」を、
「あとから、全員に刺さるように仕込む」作業でもある。
それを可能にするには、
まず自分の“変な癖”を認めること。
自分だけが気になる“アングル”を信じること。
そしてなにより——
“受け手の妄想力”を、信じること。
だって、ほんとの“特別”って、
「誰かの平凡を、他の誰かが勝手に特別視してくれること」なんだから。
