なぜ私は全体をみているのに一歩引いてしまうのか
転職しても。
コミュニティが変わっても。
付き合う人が変わっても。
なぜか同じことが起きる。
気づくと全体を見ている。
気づくと流れを見ている。
気づくと人の動きを見ている。
気づくと状況を整理している。
何が起きたかよりも、
なぜ起きたのかが気になる。
誰が何を言ったかよりも、
なぜそうなったのかが気になる。
会議でも。
コミュニティでも。
友人関係でも。
恋愛でも。
気づくと一歩引いた場所から見ている。
そして気づくと、相談される。
もしあなたにそんな経験があるなら、
あなたはオブザーバーかもしれません。
──
フラクタル16タイプが見ているのは、
能力でも、認知でも、動機でもありません。
「関係性の中で自然に担う役割」
です。
人は環境が変わっても、同じ役割を担います。
そして、同じ役割が同じ現実を作ります。
──
例えば、同じ会議に10人いたとします。
ある人は売上を見ています。
ある人は戦略を見ています。
ある人は問題点を見ています。
でもオブザーバーが見ているのは、
全体です。
この場はどこへ向かっているのか。
誰が何を見ていて、誰が見ていないのか。
どこに流れがあって、どこで止まっているのか。
こうした情報が、自然と目に入ってきます。
努力ではありません。呼吸のように自然です。
観察する
↓
気づく
↓
俯瞰する
↓
理解が深まる
↓
視点が生まれる
まず観察する。
すると気づきが生まれる。
気づきが増えると、全体が見えてくる。
全体が見えると、理解が深まる。
理解が深まると、新しい視点が生まれる。
また相談される。
また状況を聞かれる。
また意見を求められる。
本人は「見えているだけ」と思っています。
でも周囲から見ると違います。
あの人に聞くと整理できる。
あの人は全体が見えている。
あの人の視点は違う。
──
人が見ていない変化に気づく
↓
人が見ていない流れに気づく
↓
人が見落としている選択肢を見つける
↓
現実の可能性が増える
──
しかし。
転職しても。
コミュニティが変わっても。
付き合う人が変わっても。
また全体を見ている。
また整理役になっている。
また相談されている。
でも、
なぜか同じことが起きる。
こんなに見ていたのに。
でも、動いたのは自分じゃなかった。
伝えていたのに、
誰かの言葉になって戻ってきた。
相談はされる。
でも、誰かと深くつながった感覚がない。
──
こんなに見ていたのに。
こんなに理解していたのに。
こんなに流れを読んでいたのに。
思っていた方向には進まなかった。
伝わっていると思っていた。
でも、違った。
──
オブザーバーは全体を見ています。
でも、
全体の中に、オブザーバー自身の場所はあるのか。
相談はされる。
意見も求められる。
でも、その言葉はオブザーバーのものとして届いているのか。
ここに認識のズレが生まれます。
全体が見えているからこそ、
自分一人の居場所が見えなくなることがある。
だから、同じ現実になる。
だから、同じ役割になる。
だから、同じ関係になる。
──
ただ、
同じオブザーバーでも、現実はまったく違います。
オブザーバー×ケアテイカーは、
全体を見ながら、個に寄り添っている。
オブザーバー×ミラーは、
全体を見ながら、場に溶け込んでいる。
オブザーバー×フラクタリストは、
全体を見ながら、構造を読んでいる。
見ている景色は同じでも、
そこから作られる現実はまったく違う。
──
楽器にもチューニングがあります。
どれだけ良い楽器でも、
音がズレていれば本来の響きは出ない。
フラクタルセッションは、
整えるためのものです。
全体を見る目を手放す必要はありません。
ただ、
一人に届く回路が、
少しずつある状態へ。
だから私はこれを、
チューニングセッション
と呼んでいます。
──
オブザーバーだと分かっても、
まだ入口です。
本当に見たいのは、
なぜ同じ現実を繰り返すのか。
なぜ同じ役割になるのか。
なぜ同じ関係になるのか。
その奥にある、
あなた固有の現実生成です。
答えは外にはありません。
すでに、
あなたの中で起きています。
次は、
あなた自身が受け取ってください。
