丁寧に節約をはじめた。それなのに。何故か、事故など大きな支出の憂き目にあってしまう理由を解説した記事【人は20円節約して20万円を何故失うのか】
「電気、消した?」
「水、出しっぱなしじゃない?」
「こっちのスーパーのほうが20円安い」
「今日はクーポン使えるから……」
「ポイント5倍の日まで待とう」
――私たちは、毎日のように小さな「損」を避けている。
もちろん、節約は悪くない。
むしろ、生活を守るうえで大切なことだ。
問題は、その節約が無料だと思われていることである。
節約には、見えないコストがある。
その正体は――注意力だ。
1円を守るために、脳を使っている
たとえば、スーパーでA店とB店を比較する。
A店なら1,280円。
B店なら1,230円。
「50円安い!」
だからB店まで行く。
もちろん、50円得した。
でも、その50円のために、
「どっちの店が安いか調べる」
「営業時間を確認する」
「移動する」
「駐車する」
「店内で商品を探す」
という作業が発生している。
そして、それらすべてに注意力が必要になる。
さらに厄介なのが、節約対象が増えるほど、この作業が生活全体に広がっていくことだ。
電気。
水道。
ガス。
スマホ料金。
保険。
食費。
ポイント。
クーポン。
サブスク。
ガソリン。
交通費。
気がつけば、生活そのものが、
「損をしないための判断ゲーム」になっている。
節約は「お金を使わない」ことではない
ここが、意外と重要だ。
節約とは、
「お金を使わないこと」ではない。
正確には、
「お金を使わないために、何らかの資源を使うこと」
である。
その資源のひとつが時間。
そして、もうひとつが注意力だ。
100円安い商品を探す。
10円安いガソリンスタンドを探す。
ポイント還元率を比較する。
クーポンを探す。
これらはすべて、
脳の処理能力を使っている。
しかも注意力は、お金のように残高表示されない。
だから怖い。
財布から100円減れば気づく。
しかし、注意力が10%減っていても、レシートには何も表示されない。
「節約しすぎて気がそぞろになる」という皮肉
ここからが、もっと皮肉な話になる。
節約に熱心な人ほど、
「電気消したかな?」
「ポイント使ったかな?」
「こっちのほうが安かったかも」
「今月あといくら使える?」
と、頭の片隅で常にお金のことを考えている。
もちろん、一つひとつは小さなことだ。
しかし、それが一日中積み重なる。
すると、脳の一部がずっと、
「損失を回避しろ」
と監視し続けることになる。
これは精神的にかなり疲れる。
そして、ここに恐ろしい逆転が起こる。
20円を節約することに集中して、20万円を失う
たとえば車を運転しているとする。
「あ、この店ならクーポンが使える」
「でも、あっちの店のほうがポイントが……」
「今月は食費をあと3,000円抑えたい」
そんなことを頭の片隅で考えながら運転する。
その瞬間に必要なのは、
20円の節約ではない。
道路を見る注意力だ。
節約によって得られる20円より、
事故によって失う数万円、数十万円のほうが圧倒的に大きい。
つまり、
小さな損失を避けようとすることが、大きな損失を生む可能性がある。

人間は「節約マシン」ではない
コンピューターなら話は簡単だ。
電力会社の料金プランを比較する。
最安値を探す。
ポイントを自動的に適用する。
家計簿を自動で分類する。
不要なサブスクを検出する。
こうしたことを自動化できる。
人間は違う。
人間は、
「今日は疲れた」
「今は急いでいる」
「面倒くさい」
「忘れていた」
「気が散っていた」
という状態になる。
つまり、人間が手動で節約を続ける限り、
節約という仕事を毎日少しずつ自分に課している
とも言える。
しかも無給で。
「安いから買う」が、結局高くつくこともある
たとえば、スーパーで100円引きの商品を見つけた。
「安い!」
買った。
しかし家には同じものが2個ある。
結局、必要のないものを買ってしまった。
これは極端な例に見えるが、ポイントやクーポンでも似たことが起こる。
「500円以上で100円引き」
だから、あと150円の商品を追加する。
すると、
「100円得した!」
と思う。
しかし、本当に必要だった支出は350円だった。
結果として500円使っている。
「割引」という言葉が、支出そのものを見えにくくする。
節約しているつもりで、
「節約するための消費」
が生まれる。
これほど皮肉な話もない。
では、節約なんてしなくていいのか?
もちろん、そんな話ではない。
むしろ逆だ。
重要なのは「神経を使わない節約」を増やすことだ。
電気をこまめに消すことを毎回意識するより、人感センサーを使う。
水を止め忘れないようにするより、節水器具を使う。
毎月スマホ料金を悩むより、一度プランを見直して固定する。
使っていないサブスクを毎月確認するより、不要なものを解約してしまう。
つまり、
「意思」ではなく「仕組み」で節約する。
これが強い。
本当に賢い節約は「考えない」
ここで、節約に対する考え方を少し変えてみたい。
優秀な節約とは、
「毎日どれだけ頑張ったか」
ではない。
むしろ、
「どれだけ節約について考えなくて済むか」
なのだ。
毎日クーポンを探す。
毎日ポイントを比較する。
毎日電気を気にする。
毎日数十円を追いかける。
そんな生活より、
一度仕組みを作ってしまい、
あとは何も考えずに勝手に節約される状態
のほうが圧倒的に強い。
なぜなら、空いた注意力を別のことに使えるからだ。
仕事。
勉強。
家族。
趣味。
睡眠。
そして、何より、
事故を起こさないための注意力。
ここは節約できない。
「節約できるお金」より「失わない注意力」のほうが高い
人間は、お金を「資産」と考える。
でも本当は、
時間も資産だ。
体力も資産だ。
集中力も資産だ。
注意力も資産だ。
そして、これらは有限である。
100円を節約しても、1時間疲弊すれば、その節約は本当に得だったのか。
50円安い店を探して、運転中の注意力が落ちれば、その50円にはどんな意味があるのか。
10円のポイントを追いかけて、重要な仕事への集中を失ったら。
そこで初めて、
「節約にもコストがある」
という当たり前の事実が見えてくる。
節約の目的は「最安値」ではない
私たちはつい、
「一番安いものを買う」
「一番得する方法を探す」
ことを節約だと思ってしまう。
でも、本当の目的は違う。
生活を豊かにするために、無駄な支出を減らす。
これが節約の本来の目的だ。
だから、
100円を守るためにイライラするなら、その100円はもう高い。
10円を得るために30分悩むなら、その10円はもう高い。
数十円を守るために注意力を削って事故を起こしたら――
それは節約ではない。
高額な買い物だ。
心を打たれる珠玉の一文
お金は失っても取り戻せることがある。けれど、注意を失った一瞬は、二度と買い戻せない。
だから私は、節約を否定したいわけではない。
むしろ、もっと合理的な節約をしたい。
「安く買う」だけではなく、
「考えなくても安くなる」
仕組みを作る。
「我慢する」だけではなく、
「我慢しなくても支出が減る」
環境を作る。
そして何より、
「小さな損を避けるために、大きな損を招かない」
こと。
最後に
節約は無料ではない。
人間がやる限り、
時間を払う。
手間を払う。
ストレスを払う。
そして――
注意力を払う。
だから、本当に賢い人は、
「1円でも安くする方法」
だけを探さない。
「1円を安くするために、自分はいくらの注意力を使っているのか」
まで考える。
そして、可能ならその作業を機械に渡す。
節約とは、
お金を守る技術ではない。
お金を守りながら、自分の人生まで削らないための技術なのだ。

