会社は「急に潰れる」のではなく、徐々に、徐々に息が止まっていく。
「最近、会社が潰れる話をよく聞く」
そんな感覚を持っている人は少なくないだろう。
街で長年営業していた飲食店。
昔からあった町工場。
地域密着の建設会社。
駅前の個人商店。
「え、あそこまで?」
そう思う会社が、ある日突然シャッターを閉める。
しかし、本当に"突然"なのだろうか。
私は違うと思っている。
会社はある日突然死ぬのではない。
何年も前から、徐々に、徐々に窒息していたのだ。

倒産件数は増えている。しかし、本当に見るべき数字はそこではない。
ここ数年、日本では企業の倒産件数は増加傾向にある。
背景として挙げられるのは、
・物価高
・電気代の高騰
・原材料費の上昇
・人手不足
・最低賃金の上昇
・金利上昇
・コロナ支援の終了
どれもニュースで聞き飽きるほど並ぶ言葉だ。
しかし、多くの人はここで思考を止めてしまう。
「景気が悪いからね。」
それだけでは説明がつかない。
本当に見るべきなのは、
"何が最後の一撃になったのか"ではなく、"何年間も耐え続けていたのか"
という点なのである。
中小企業は「利益」で戦っているのではない。「体力」で戦っている。
日本には約300万社以上の企業がある。
そのほとんどが中小企業だ。
そして中小企業の多くは、
毎年何十億も利益が出る会社ではない。
社長が営業し、
経理もし、
現場にも出て、
銀行にも頭を下げる。
そんな会社が山ほどある。
つまり、
利益率は数%。
利益どころか、
「今年も何とか給料を払えた。」
そんな会社も珍しくない。
そこへ、
電気代が20%上がる。
材料費が30%上がる。
人件費も上がる。
さらに借入金の利息まで増える。
この状況で価格転嫁できなければ、
利益は一瞬で消える。
いや、
利益では済まない。
赤字になる。
つまり今の倒産は、
「売れなかった会社」が潰れているのではなく、
「売れていても利益が残らない会社」が潰れている。
ここが昔とは決定的に違う。
「仕事はあるのに潰れる」という異常事態
昔は不況になると仕事が減った。
だから倒産した。
これは理解しやすい。
しかし今は違う。
建設業。
運送業。
介護。
製造業。
飲食。
仕事はいくらでもある。
求人もある。
受注もある。
それでも潰れる。
なぜか。
人がいない。
コストが高すぎる。
価格を上げれば客が離れる。
価格を上げなければ利益が消える。
まるで、
アクセルを踏んでもガソリンだけ減っていく車だ。
コロナ支援は「延命装置」だった
コロナ禍では、
多くの会社が補助金や実質無利子融資で生き延びた。
あのとき、
「救われた。」
と思った経営者も多かっただろう。
しかし、
支援は永遠には続かない。
返済が始まる。
補助金は終わる。
社会保険料は増える。
電気代も上がる。
そこへ人件費も上がる。
つまり、
酸素マスクを外された状態でフルマラソンを走らされているようなものだ。
限界が来ない方がおかしい。
少額倒産が増えている理由
最近増えているのは、
巨大企業の倒産ではない。
中小企業や零細企業だ。
負債も数千万円〜数億円程度。
ニュースにならない。
だから世間は気付かない。
しかし、
一社潰れるということは、
従業員。
家族。
取引先。
地域経済。
税収。
すべてに影響する。
倒産とは、
会社が消える出来事ではない。
地域の血管が一本切れる出来事なのだ。
それが毎日のように全国で起きている。
「日本は終わり」ではない。しかし、優しい時代は終わった。
ここでよく聞く声がある。
「日本は終わった。」
私はそうは思わない。
日本経済全体が崩壊しているわけではない。
問題はもっと現実的だ。
企業が生き残るための難易度が、一気に上がった。
これまでなら、多少経営が甘くても何とかやっていけた。
人も来た。
銀行も貸した。
金利も安かった。
材料費も比較的安定していた。
しかし今は違う。
経営のミスがそのまま命取りになる。
昔なら風邪で済んだ失敗が、今は致命傷になる。
会社だけではない。私たち個人も同じ時代を生きている。
実はこれは会社だけの話ではない。
会社員も。
フリーランスも。
副業をする人も。
同じである。
「昨日まで通用した」が、
今日も通用する保証はない。
だからこそ、
価値を作る人。
改善し続ける人。
学び続ける人。
そういう人だけが、
物価高にも、
AIにも、
人手不足にも、
環境変化にも対応していける。
厳しい話だ。
しかし現実はもっと厳しい。
努力しない人が損をする時代ではない。
変化しない人から徐々に、徐々に、市場から消えていく時代なのである。
心を打たれる珠玉の一文
会社を潰したのは最後の一撃ではない。何年も積み重なった「見えない我慢」が、最後に静かに息を止めただけなのだ。
最後に
倒産件数が増えているというニュースを見るたび、
「景気が悪いから仕方ない。」
そう片付けるのは簡単だ。
だが、その一件一件の裏側には、
眠れない夜を過ごした経営者がいて、
家族を守ろうとした社員がいて、
最後まで会社を残そうともがいた人たちがいる。
数字だけを見れば「一社」。
だが現実には、その一社には何十人、何百人もの人生が積み重なっている。
だからこそ、この倒産ラッシュを単なる景気の波として眺めるのではなく、「社会の構造が変わったサイン」として受け止めるべきだろう。
これから生き残るのは、規模の大きな会社ではない。
変化を恐れず、利益を確保し、環境の変化に適応し続けられる会社だ。
それは企業だけでなく、私たち一人ひとりにも突きつけられている問いなのかもしれない。

