能力が低い人は、遊んで暮らそう。
誰にでも得意はある、できることはある、才能はある、それはそうかもしれない。
突出したものがない人だっているし、平均以下ばかりだってひともいる。
あかちゃんだってそうだし、障害があったり高齢になったり、能力が高いことがすべての指標だったら生きづらくなるに決まってる。
とはいえ生活があるから能力磨かないととか、あるよね。
資本主義だからね、それはある。
そこが一番置いとけないかもだけど、そこはちょっと置いててさ。
能力はあったほうが良いけど、ないことが本当に良くないことなのか?
ということを考えるのは大切だ。
ドラマの御上先生が言ってた言葉で、
「才能を自分のためだけに使う者は、ただの上級国民予備軍だ。
真のエリートとは、弱者のためにその力を使える人間のことだ。」
というものがある。
家庭環境にしろ、才能にしろ、人の役に立つものを持って生まれた人が健全に育ったならばきっと"この才能で人の役に立ちたい""社会に貢献したい"
と思うのではないだろうか。
もちろん、自己犠牲ではなく、自分のためにも使うけれどそれでだけではなく人のためにも、となるのではないか。
という仮説を持っている。
そこを揺らがすのは、また詳しく記事にもしようと思っているけれど、"自己効力感"というものの存在だろう。
ふわっとした未来予測ではあるが、AIがこれだけ発達して、きっとさらに発達していくよね。
人間がやることは減ってくる。
きっと近い将来ベーシックインカムのシステムができると思ってて、働きたくない人や働けない人は働かなくてよくなる。
働きたい人が働く。能力関係なくね。やりたい人がやる。
ゆとりくんが言ってる、好きな人と好きなことを好きなだけ。
っていう働き方がきっと主流になる。
好きなことを好きな人と好きなだけ。
— ゆとりくん🍵(5892) (@katap_yutori) June 7, 2025
ただそれ以上に冷徹に自分たちの強みと波の流れを見極めてどう波乗りするかが大事。
頑張ってるから上手く行く、では難しい。夢中になれるからこそこの時間を終わらせないために何ができる?とシビアに捉える。
冷静と情熱どっちも大事。タオ。
これは、苫野さんの言う、良い社会とは原理である自由の相互承認そのものであるように思うから。
『「自由」はいかに可能か』の3刷が決まりました。初版から11年半も経っての重版というのは、著者として本当に嬉しいことです。「自由の相互承認」の原理と、その実現のための理論について、書き切りました。ぜひより多くの方にお読みいただけると嬉しいです!https://t.co/gMPKCe5iYC
— 苫野一徳| 新刊『本質観取の教科書』 (@ittokutomano) December 3, 2025
だからさ、働かざる者食うべからずとか、命削ってでも食べるために働かないととか、メンタル疾患になって追い込まれるとか、そういうことは減っていくと思うし、減らしていけるようにアップデートしていけたらと思っている。
そうは言っても、いま辛いんだよ。明日の生活どうするの?もあるよね。
それはさ、黒か白かじゃなくて、ここだけでもやろうとか、理想だけ描いてみようとかそういうスモールステップだったり、小さなことでいいと思うんだ。
現実問題いろいろあるんだけどね、理想を描かないと叶わないし、社会もさらによくなることはないから。
現実を見るのも大事で、地に足をつけるのもものすごく大事。
でも、こうなったらいいなという未来は描き続けたいし、自分も貢献していきたい。
それがこのnoteなどの発信活動なんだけどね。
発信することで、応援していただけたり、同じ思いの方につながれたり。可能性は無限大だなと感じてる。
でね、ここでタイトルの内容になるんだけどさ、能力がなくてもやりたいことがあったらやればいいし、貢献したければしたらいいと思ってて。
能力がない人に求めすぎるんじゃなくて、自分がどうしたいか、に集中する。
人のことまで考えられなかったら、自分のこともよくわからない人は、自分に集中するか、休む。
エンタメ見る。
推し活する。
推される立場の人はきっといろんな能力ある人だろうからね。そういう人たちはやりたくてやってるって思ったらいいとおもう。
社会に貢献、人に貢献してるって思ってやってると思うよ。自覚的か無自覚的かはわかんないし、すべての人に葛藤はあるとは思うけど。
だから、何が言いたいかというと、能力とひとことでいってもいろんな能力があるし、見方や立場によっては良くも悪くもなったりするものではあるけれど、
とにかく、能力がないことに自信をなくすのではなくて、そして克服するためにどう頑張るか、じゃなくて、能力がなければとことん楽しむ側に回ればいいし、癒されたらいいし、やりたくなったらやればいいし、遊べばいい。
だから、これだけ推し活がはやってるのも時代の流れだし、もうそういう風に流れていってると感じるし、エンタメ業界はさらに広がっていくし深まっていく。
現実の、誰もやりたがらないとかいわれることはどうなるの?っていう疑問もあるかもしれない。
でも、実際には、やりたがらないことをやりたいひともいる。
あとは、それで足りないんだったら、資本主義社会なんだから、どうにかなっていく。
機械がやったり、どうしても人間がやらなければならないとなったらかなりの高給になったり。
いまは、良い社会とはなにかの土台が整っていないから、ゆがみが出て、そういう仕事がなぜか賃金が低くなってたりね。
そういうことも徐々に健全な資本主義になっていくし、していけるから。
だからさ、現実問題...ってのはもちろんあるんだけど、希望をもって、やれることやっていかない?一緒にさ。
今や未来に悲観し過ぎるより、その方がきっと楽しいよ。
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