管理馬を大事に使う土田稔調教師
12歳まで障害競走を走ったマイネルヴァッサー号が引退することになった。
幸せな第二の馬生に恵まれることを祈っています。
そしてこの競走馬のトレーナー(調教師)である土田稔先生はJRAの調教師で唯一私がお話しさせてもらった先生であったりする。
イミディエイトインパクトの93年産は父Bob Back 母の父はCaerleonというロベルト系種牡馬とノーザンダンサー系のニックス配合で、雑誌『競馬最強の法則』でデビュー前に紙面にも小さく紹介された馬だった。
そしてそれが私の1/100出資馬で、土田稔先生の管理馬であった。
足元に不安があったのだと記憶しているが、タイキインパルスと名付けられたその馬は当時の4歳(現3歳)で新馬戦デビューし2着と好走。当時の新馬戦は同一開催なら未勝利に回らないでいいというルールだったので、もう一回新馬戦に出走して優勝を果たす。
ちなみにここで3着に負かしているシンコウフォレストはのちに高松宮記念GIを制覇する。(高松宮記念は芝の1200mだが)発馬が苦手だったが500万下条件も勝ち、900万条件では特別も勝った。
JRAで4勝を挙げ準オープンまで昇級したのだが、準オープンでは頭打ちになりながらも8歳まで土田厩舎で預かっていただけたことを、いまでも感謝している。
勝てなくても無事に走って戻ってきてくれるだけでうれしかった。芝も走ったけど、上手くいかず、得意だったダートもだんだんとズブくなってしまいめんこを外すと大量の砂が出てくる姿は痛ましかったが、いまの私が弱気なときになにか後押しをしてくれている気がする。
その後、水沢競馬に移籍し、私の一口権利はなくなったが、一度だけ応援しに行った。立派な馬体は相変わらずピカピカしていてうれしかった。
さらにその後、上山に移籍して、10歳まで現役を続行した。
そして、冒頭のマイネルヴァッサー引退の記事に戻るが、12歳まで走りJRA最後のステイゴールド産駒となったのことは、土田先生の『馬を長く大事に使う』ポリシーによるものではないかと思うのだ。
メンコ(覆面)のMTS は Minoru Tsuchida Stableの略でタイキインパルス君も途中からよくかぶっていて(ブリンカーつけてたし)かっこよかった!
そんな土田先生も定年が控えている。一つでも多く勝利を重ねてももらいたいと筆者は真に願っている。
