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球辞苑みたいな話をしよう。【登場曲】

はじめに

SNSの世界は愛しきパッパラパーどものパーティー会場であるからして、政治と宗教と野球が適切な話題となる日は決して来ない。

どのような弱卒であったとしてもこうした話題を出すだけで一定の暖を取ることができることを思えば、革命を起こせる程度にはエネルギー密度は高いのかもしれない。(しかし悲しいかな、質量と生産性は0なのでノーベル賞は遠い。)

さて、そんな前置きをしておきながら今日は野球について語りたい。
火傷をしたい訳ではないが、ちょいとばかりアドレナリンを求めたくなる気持ちはご理解いただけよう。

シーズンが終わり、移籍市場も下火になりつつある年の瀬、いっちょ威勢のいい薪木になれたなら幸いだ。

今回は現代の行進曲マーチとも言える【登場曲】について観ていこう。


登場曲の概要

ご存知ない方のために一応の説明をしよう。

登場曲とは【選手の登場時デカい箱のそこそこいい音響設備でもって撒き散らされる曲のこと】である。そのまんまだね。

大別すれば以下のようになるだろう。

  1. 選手自身のためのもの。戦闘用BGM

  2. 球場・観衆のためのもの。ライブ用BGM

これらはどちらも兼ねることもあるだろうし、私見マシマシでいえば【有名になりすぎて変えるに変えられなくなったもの】もあると思っている。

近年(?)では横浜DeNAベイスターズ山﨑康晃選手のZombie Nation「Kernkraft 400」や、現役を退いてなお使われる読売ジャイアンツ阿部慎之助監督のEarth, Wind & Fire「September」などが強い印象を放っているだろう。
ごめんねパファンの人。

↑自身の登場曲「Kernkraft 400」に合わせた大声援を浴びながらマウンドに向かう山﨑康晃選手。

また、野球という競技そのものがそうであるように、登場曲という文化もその始まりはアメリカ、MLBに端を発する。悔しいが彼の国の登場曲もそれはそれはカッコよく、我が国におけるものとはまた違った雰囲気を醸している。

↑日本のリズムの揃った合唱もいいが、同時多発的な歓声の中で響き渡る音楽も処刑用BGM感があり、またよい。

傾向と懸念

昨今では「試合時間短縮」の大号令のもと、この登場曲という文化が槍玉に挙げられることも多くなっている。

まぁ正直なところ、事情は飲み込める。

現代のエンターテイメント業界において、可処分時間をいかに収奪するかは最大の課題といえる。
そのなかで短く見積もってワンセット3時間というのは我らが娯楽大国日本において余りにもディスアドバンテージといえよう。
昨今人気を博すカジュアルな自傷行為ことサウナもせいぜいが1時間そこらであることを考えると、分が悪いことは火を見るよりもというやつだ。

そんな逆風激しいなかでも選手たちのルーティンのひとつとして、また観客と一体になる儀式として今日を生き抜いている。
このようにまこと逞しい文化ではあるのだが、もしかしたらもう数年のうちに登場曲は姿を消し、DJかなんかがエアホーン鳴らしてさっさと入場というさみしいものになるのかもしれない。

登場曲のこれから

とはいえ、そう暗い話ばかりでもない。
顕著な例が概要でも例示した『クローザー』達である。

前記の通り3時間というのは長いもので、だからこそクローザーの登場はある種のクライマックスといえる。

実際、ここ1〜2年のクローザー演出は球場全体を暗転させたり、ガチ災害かと思いかねないサイレンが鳴り響いたりと各地でより演出に特化した登場が行われた。

戦化粧というには大袈裟だけれど、英雄的な生き方(太く短く)にならざるをえない選手たちの勇姿が音楽とともに思い起こされるのはそれはロマンのあることだと思う。

今後スポットの当たりやすさに影響が生まれる可能性が思い至らないではないが、そこもひとつ生存競争ということで選手諸兄らには頑張っていただきたい。

ともあれ球場全体を活用するような演出が現れてきたことは、主催が本気で『興行』をやろうとしていることの証拠であり、ファンとしては歓迎するべきことだと思う。

プロ野球は興行!エンタメなんだ!!
ブン回すんだよ経済を!!!

…と運営側が考えているかはわからないけれど、ちゃんと興行してくれているのが私は嬉しい。

はみだし

ところで、余談も余談だがポップソングがド頭にサビを持ってくる遥か昔から、我々野球民はサビしか聴いてない。(これがゆえにカラオケでなぜかサビだけは歌える現象と伴って去来するギリギリ思い出せない選手の残像を振り払う謎ムーブが発生する)。

まとめ

これまで見てきたように、登場曲とは不思議なバランスのうえに成立する文化である。競技と興行の狭間にあって、曖昧なまま受け入れられながらも選手たちを象徴しうるもの。
選手自身を鼓舞し、観衆に高揚を与えるもの。

登場曲。

一見野球という競技とは何ら関係のないそれが、プロ野球には決して欠かせない。

私はそう考えている。





お話はここで終わり。
以下は毛色が違うので見ないほうがいい。
またどこかでご覧いただけることを楽しみにしております。ありがとうございました。

もしもぼくがぷろやきゅうせんしゅになったら

そしてここからは今や外野にもなれないただの成人男性(オタク寄り)が「自分が選手だとしたらこんな曲で登場したいなぁ〜」という妄想を早口でニチャニチャ語るだけの章である。出だしから様子はおかしかっただろうがここからは更に加速する。紛うことなき恥部。見るに堪えないので公開はしない。

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