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「オカルト脳」と「神聖性」が混ざった神秘主義思想が【Divine】という説/「個人的な野望」のために【マスター】としての力と可能性を追い求める術たるスピリチュアル論★



私は思い出したんですね。
実は一番の個人的な野望や目的として

なぜスピリチュアルだとかスピリチュアリティだとかを学びながら【力】を求めているのか。


目次つけときましょうか。
たぶん私の書きたいことを書いていくだけの話になると思うけど(笑)



私が「シータヒーリング」に可能性として見ていたものは「アナトミー」ということを思い出しました。


これはあえて調べたり引用を飛ばさないことにします。なぜなら私個人の目的や野望と呼べるようなものだから、ですね。



かつて私がシータヒーラーである女性=心の師2くらいに感じていたお人の縁がある時に教えてもらった情報なんですね、
「アナトミー」=解剖学というテーマやら分野がシータヒーリングのコース?の中にあるということは。


えぇ、
そこで私は夢見たんですね(笑)

そのアナトミーという分野の知識を使えば、
自分の眼を良くする=回復させ修復させる

ということができるかもしれないと!!

だから私はシータヒーリングを覚えたかったしアナトミーを学びたいと思ったんですよ。


まぁ実際には?
『……どうやら私にはシータヒーリングを習うことはできないらしい。』
と悟ったことでそれ自体は【無い可能性】と知って諦めることになったわけですが。



『【マスター】ならそれくらいできてもいいと思わない?』という暴論が私の中には普通にあるようですから(笑)

まぁ、
だからって私が諦めるわけないんですね?

なぜなら【マスター】を自負する私は、
潜在能力的には、恐らく「アナトミー」で扱われていたり習得することができるとされている知識や技法と同等のものを獲得とすることができると半ば確信に近い直感みたいなものがあったわけですから👍✨

それこそアレですよ、
私が常々この場でも書いてる

『マスターなんだし、
それくらいのことはできてもいいよね?』


というような、
割と暴論にすら近い考え方や感覚というものが私の中にはあるということですね★


私は思ってるんですよ。
例えばそう、

『失った手足が再び生えてくる!』

……みたいなレベルのものでなければ、
起こり得てもいいだろうと。
(それは色々NGなんですよきっと。
何しろ目立ちすぎる。)


そうですね、
この件に関して言うなら、

網膜やら眼球やら眼筋やら脳細胞や脳神経やらが再生するくらいのことは有り得ていい』

ということです(笑)

私の眼が良くなる
というのはそういうことなんですね👌✨


実は「眼が良くなる」人と「そうはならない人」というのは一部では知られている知識でもあります。


世の中には「視力回復」といつような言葉やら概念やテクニックや方法論というものがあるわけですが、

実はその中でも、
「視力が回復する人」
or
「視力が回復しない人」

というのは、
決まっている=眼の病気的な状態の種類や分類でわかるという考え方があるんですよ。

より具体的には仮性近視とか真性近視とか、
私は「複雑乱視」とかいう基本的に物がまともに見えないような眼の状態になってしまっていると自覚があるわけで、
そういうのは現代医学では治せない』と言われるようなものなわけですよ。



だからこその【オカルト】であり、それらと神聖性の概念や理論を組み合わせたものを私は「神聖術」や神聖魔術とか呼んでいるに違いない。

何しろ私もそれなりに真剣にそこら辺を調べた上での、
「眼の癒し」という名の、

眼球再生ヒーリング


みたいなものを模索してるわけですから(笑)
なにしろ私自身にとって【ヒーリング】という言葉が示すものは、

肉体的な癒し(再生)の術

のことだからですね👌✨


精神に働きかけたり願望実現的な使い方をする際のエネルギーワークのことは
癒しとは呼ばない

ということです。


私はこれで「神聖系」なので(?)
「改編」を癒しとは呼ばないのです。

「有るべき状態に戻す」
ことのみを【癒し】と呼ぶ

くらいに感じてる気がするんですね(笑)
まぁ私は「神秘主義者」を自称することもあるように独自の戒律やルールのような現実感を生きている者だからそういう解釈になるということなのでしょう。

そして私が信仰する【Divine】にはそのようないくつもの霊的な戒律と呼べるものがあるのでしょうし、
それらに従うからこそ【Divine】ゆえの神聖術のようなものが扱える……

みたいな、
割と「オカルト脳」みたいな所が多々あるというのが等身大のミドルセルフとしての私だと自分では思ってたりするんですね?


何しろこの件
眼球再生法による視力復活の術を模索

という個人的な野望があったことを思い出したのも、
実際には何も関係ないとはいえど、


きっかけとしては
「フラットアース」とか
「天蓋」とか

NOTEでそこら辺をまだ調べたことなかったなーとかある時に閃いて、それらを調べていたらなぜかそんな情報に辿り着いた!

という流れがあるわけですから(笑)


私はフラットアース派ですかって?

さぁどうでしょうね。
どちらかで言えば、
日によってフラットアースだったりボールアースだったりすればいいんじゃないかな☆』

くらいな超トンデモ思想派だと理解してもらえれば十分だと思います。
なぜかと言えば、

宇宙にはロマンがある」ということと、
『でも実際には「天蓋」があって宇宙空間なるものには出られないよね?』

という認識だから!!😆💥

それを両立させるには、ねぇ?
そうなるよね☆




実は私は個人的なレベルではスピリチュアルよりも固有の精神世界を持つ派の人間ですから。


そして私は思うわけです。

私は並行世界論とか、
っていうかマンデラエフェクトとか、

それらを前提とした世界観の人間なんですよ。
何しろマンデラエフェクトで自身の肉体がいつ頃かには変化していたと気付いていたり記憶があるわけで。

具体的にはアレですよね、
今で言う胸骨が増えてアーマーが付いて丈夫になったと感じているとかですね🙆

→どちらかで言えば肋骨、ですね。
いや胸骨なんて前は無かったと思うけど。


まぁ私は普通にマンデラエフェクト民ということになりますね。
おかげで貧相な肉体だったのが「人並」くらいの筋力やらをいつの間にか獲得していたような気分だったりするわけですよ(笑)


私は中学生の頃には女子より握力が低いくらいの時期もあったし(確か左が18とか)
高校一年の時の体力測定では評価Dとかでしたからね、確か\(^o^)/
そして(それなりに努力して?)三年次にはなんとかC判定が取れるようになっていたという記憶があります。


肉体的マンデラの話としては、
いつだったからか胸板が厚くなった

というようなものを感じるようになっていたのだけど、
どうやらそれが胸部のあばら骨に代表されるような肉体強化要素だったらしいんですね?

知識のある人は知ってるだろうし、マンデラエフェクトされる前のアーマーの無い人体の記録も調べれば出てきますよ。
(ここでは持ってくるの手間だし少なくとも今回の記事の中では本筋の内容ではないから紹介しないけど🙅)


まぁ基本的には?
マンデラエフェクトによる人体構造の変化はだいたいがアップグレードと呼ばれるような生存に有利になるような変化だから放っておいても問題ないと思ってます👌✨

そして私は、
個人的にはそういう「不思議体験」と呼ばれるようなものの方が好きなんですよ。かつて2chのオカルト板でそういうの読んでた時期もあるってくらいには、ね☆

ワープする系の話から時空のおっさんまで、
基本的に心霊要素の無いものであればなんでも好きですね💓
(心霊系は枠が違うんだよ。)


つまり私は【オカルト】と【Divine】を混ぜれば最強だと思ってるということなんだろなって→「ミラクルワーカー万能説」


私にはそういう要素もあるということです。
何しろ私が思う【オカルト】とは、
訳語としては【秘されしもの】ですから。

つまり神秘主義思想ということですね👍✨


そしてそれら「オカルト脳」であるものと、
「神聖系スピリチュアル」としてのスピリチュアリティ要素であるものが混ざった結果、

【Divine】という神秘主義思想が生まれ、
それらに付随する形で神聖術の獲得論やらその教えを信仰する価値としての「恩恵」のようなものも構築されていった

と捉えることもできるんだなーって。
だって奇跡のコースでは「魔術」以外の何物でもないですからね、コレ😆💥


でもたぶん、
【個人的な真実】みたいなものとしてはこの上なく相応しいとも感じられるんですよ。

奇跡のコースでも言ってるじゃないですか、
個別に聖霊から教えを受けろって。

あのカリキュラムはそれを可能とする入り口まで連れていくことが目的だからその先については語られていないんだって。


信じられますか?
あれ、基礎なんですよ???

あんな魂の輪廻転生の中で、
いつしか取り組むべき魂の宿題でありながら、
ただの霊的な基礎だってんですよ?


いやまぁ、
基本にして奥義タイプなんだろうけど(笑)


だから私は思ってるんですね。
ただ奇跡のコースを盲信して追従するんじゃなくて、

聖霊に固有の導きと教えを受けた人間の1人としての存在感=【聖なる偶像】と呼べるような生き方と可能性を探ってみたいなって。


『だって【マスターだから】ね!!』

という言葉だけでゴリ押しできますからね、
実は便利なんですよこの言葉(笑)

ただ「愚者」の扱いになるんだろーけど。


私は「ミラクルワーカー」としては、
そのような考え方やセンスの人間だということになるのでしょう。
ポイントとしては「1つも取り零さない」ということですかね?

自分が持ち得た可能性=【神のギフト】と呼べるものすべてに真の価値と祝福を見出だすということは「1つも無駄にしない」と言い換えてもいいわけですから。
だから私はその意識と方向性である限りはミラクルワーカーであるがゆえにミラクルワーカーであることを否定しないでなんでも自分の中にあるものを混ぜても自分として捉え統合することができるということなのでしょう☆



私が大人しく悟りみたいな話だけすると思ったら大間違いなんですよ。
だってそんなの楽しくないじゃん?
そして「芸がない」でしょう?
それは良くないことだと思うの🙅🙅🙅

私はたぶん(個として)最高次元の自己意識に達した時にはほとんど【遊び】や「楽しさ」みたいな感覚でしか捉えない者である可能性が高いということですね。
つまりそれが【魂の本質】とか呼ばれているもののことなのだと感じているわけです。





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