interview WINTER JAZZFEST:ジャズの“今”を提示する最重要ジャズフェスの全貌(20,000字)
毎年1月にNYでWinter Jazz Festが開催される。このフェスには世界中のジャズ関係者が足を運ぶ。
その理由はそのラインナップ。大御所やビッグネームが名を連ねるのではなく、今、最も勢いのある若手や中堅が数多くブッキングされている。そして、ハイブリッドではあっても必ず「ジャズ」を軸にしたアーティストだけが並んでいる。はっきりいって、モントルーやノースシーのようなジャズフェスとは全く異なるラインナップだ。

となると集客に苦戦しそうなものだが、世界中からこのフェスをめがけて真冬の(気候が最悪な時期の)NYにジャズファンが集まるのはその人選が間違いがないからだ。間違いがないどころか、このフェスが直近のジャズのトレンドを左右すると言っても過言ではない。例えば、今や当たり前の存在になった「UKジャズ」だが、そのトレンドが世界的なものになったきっかけはこのフェスだと言われている。今後、頭角を現すような「今、見ておくべきミュージシャン」はほぼこのフェスに出演しているのだ。だから僕はこのフェスにはずっと関心があった。
そんなフェスが日本とコラボすることになったと聞き、創始者のBrice Rosenbloomが時間をくれるというので、取材をすることにした。このフェスがここまで業界からもシーンからもミュージシャンからも支持を得ている理由が知りたかったからだ。

僕が取材すると聞きつけ、このフェスのキュレーションをしているパブリシストのMatt Merewitzも参加してくれた。会話にはエイトアイランドの八島敦子も加わっている。
取材・執筆・編集:柳樂光隆 | 通訳:Aya Nagotani
協力:エイトアイランズ
◎ Winter Jazzfestの成り立ち
―― 僕自身、長い間このフェスティバルにずっと注目してきました。まずは、このフェスティバルの成り立ちや背景を教えてもらえますか。
Brice Rosenbloom(以下、Brice):そうだね。Winter Jazz Festを立ち上げたのは、もう22年前になる。毎年1月にニューヨークでは、Association of Performing Arts Professionalsという、世界中のアート業界のプロフェッショナルが集まる大きなカンファレンスが開かれているんだ。
僕も最初の頃からそのカンファレンスに参加して、ミーティングに出たり、ショーケースを見たりしていた。でも、そこで紹介されていたジャズは、正直に言うと、ニューヨークの街で実際に起きていることを全然反映していなかった。ダウンタウンのシーンや、クラブで生まれている刺激的なジャズ、いわゆる“いま起きていること”とは違って、とても安全で、無難で、ドライな内容だったんだ。
そこで、これは逆にチャンスだと思った。世界中から、ヨーロッパやアジア、南米、カナダからも、プレゼンターたちがニューヨークに集まってくる。彼らはジャズだけじゃなく、オペラやダンス、演劇など、いろんなジャンルの才能を探しに来ている。その人たちに向けて、「これが本当のニューヨークで、いま起きていることなんだよ」「ここに注目してほしい」と伝えたかったんだ。
ーー自分が納得できるショウケースを作りたかったと。
Brice:そうだね。最初は、トライベッカにあった旧Knitting Factoryで、3ステージだけの一夜限りのイベントだった。18組のグループが出演して、700人が来てくれた。当時としては、かなり大きな成功だったよ。そこから毎年少しずつ成長して、バンドが増え、会場が増え、場所もニューヨーク市内で移動しながら広がっていった。
僕たちのミッションは最初から明確で、新しい才能、もっと注目されるべきだと思うアーティストを、プレゼンターたちに紹介することだった。それが年々広がって、日数も増えていった。去年は6日間で18会場、100組以上が出演して、延べ1万2000人くらいが集まった。いまでは、Winter Jazz Festはプレゼンターたちが目指して来る目的地になっている。そこは本当に誇りに思ってるよ。
――最初、どんなアーティストが出演していたか覚えていますか。
Brice:もちろん。Dave Douglas、David Murray、The Bad Plus、Stefon Harris、James Carter、Jason Moran、Vijay Iyer、Gretchen Parlato、Claudia Quintetもいた。The NationalのBryce Dessnerが関わっていたプロジェクトThe Clogsも出ていた。かなりいいラインナップだよね。
Brice:翌2006年にはRobert Glasperを初めて紹介した。当時は、Robert Glasperのことを誰も知らなかったけどね。
――最初に手ごたえを感じたのはいつでしたか?
Brice:最初の年だね。招待した友人や同業者も来ていたけど、純粋に音楽が好きで、新しいものを発見したいと思っている人たちで会場がぎっしりだった。業界関係者と、普通のジャズファンが混ざり合っていて、その空気がすごく良かった。
通常、カンファレンス内の公式ショーケースは、業界の人しかいなくて、ローカルの観客がいないんだ。そこにはクラブに通って夜の音楽を楽しむ人たちのエネルギーがなかった。でもWinter Jazz Festにはエネルギーがあったんだ。だから僕は確信した。
ーー音楽好きに刺さるラインナップですもんね。
Brice:だから、成長は自然だったよ。急に大きくしようとはしなかった。1日増やしたり、1会場増やしたり、少しずつ広げていった。2009年にはJohn Batisteが出演しているけど、そのときもまだ誰も彼のことを知らなかった。振り返ると、Jason Moran、Robert Glasper、John Batisteといったアーティストを、かなり早い段階で紹介してきた。
その後も、Esperanza Spalding、Gregory Porter、Kamasi Washington、Thundercatがキャリア初期に出演している。多くのアーティストにとって、Winter Jazz Festは、業界関係者に見てもらうだけでなく、自分のオーディエンスを作る大きなきっかけになった場所だったと思う。
それに、このフェスはミュージシャン同士が出会う場所でもある。出演していないミュージシャンも、ただ遊びに来て、あちこちを回っている。本当にいろんな人に偶然出会うんだ。
◎ 哲学はディスカバリー
――では改めて、Winter Jazz Festの運営哲学を教えてもらえますか。
Brice:根っこにあるのは「ディスカバリー」。20年以上やってきて思うのは、どの世代にも、毎年必ず「発見されるべき新しいアーティストたち」がいるということだよ。彼らは、このジャズ・シーンがいまも生き生きとしていて、同時代的で、成長し続けていて、ジャズの可能性を押し広げていることを証明している。
それと同時に、僕たちはジャズをすごく広い定義で捉えている。ストレートアヘッドだけじゃないし、フュージョンだけでもないし、インターナショナル色だけでもない。すべてが混ざり合っている。だからこそ、観客も広がっていくんだ。
たとえば、ビバップが好きで来る人もいれば、フュージョンが好きな人、ヒップホップ寄りの感覚を持った音楽が好きな人もいる。Alden HellmuthやImmanuel Wilkinsの名前をどこかで聞いたことがあっても、実際に観る機会がなかった人もいる。
しかも同時にたくさんのステージが進行しているから、Zinc Barに入れなかったら、角を曲がってThe Bitter Endに行って、予想もしなかった音楽に出会って恋に落ちる、みたいなことが起きる。発見、活気、そして、豊かさ。それがこのフェスの本質だよ。
金曜と土曜の夜は、7〜8ステージが同時進行する、まさにマラソンみたいな体験だ。どこに行っても、必ず何か面白いものに出会えるはず。
―― 複数の会場を同時に使うのって調整が大変だと思います。どうやって実現しているんですか。
Brice:巨大なパズルだね。誰をどこに配置するかをずっと考えている。ときにはキュレーターと一緒に組むこともある。たとえば、ブルックリンの土曜日は、Mattが強く推しているアーティストや、彼が普段から関わっているミュージシャンを中心に、すごくいいラインナップを組んでくれた。
ほかにもゲスト・キュレーターがいるし、毎年、金曜夜にフランスのショーケースをやっている。それに加えて、ベテラン、中堅、若手をうまくミックスしながら、900人入る会場もあれば、500人、75人の部屋もある中で、誰をどこに置くかを考える。
でもいちばん大変なのは、同じ夜に3つのセットを別のバンドで演奏するミュージシャンがいるときだね。会場間をちゃんと移動できるように、時間が被らないように組まなきゃいけない。
Matt Merewitz(以下、Matt):たとえば土曜の夜は、David Virellesが18時半にOhad Talmorと演奏して、そのあと21時45分にBrandon RossとNational Sawdustで演奏して、さらに23時半にはMarcus GilmoreとまたNational Sawdustで演奏していた。全て異なるセットだけど、全手のバンドに彼が関わっている。
昔、Briceが作った「Jason Lindner Award」っていうのがあるんだ。Jason Lindnerが一晩で6〜7セット出ていた年があって、その現象に名前を付けたんだ。今年の受賞者はAlfredo Colón。この現象は毎年起きている。
Brice: Alfredo Colónは、今回のフェス全体で6つのセットに出ていたんだよね。
◎ NYの街そのものを使うこと
――小さな会場も含めて複数会場を使うことのメリットとデメリットをどう考えていますか。
Brice:僕たちにとっては、ニューヨークという街そのものを紹介できるのが大きい。アーティストだけじゃなく、街と会場も含めてね。特に、外から来た人にとっては、街を巡るツアーみたいな体験になる。敦子もそうだったと思うけど、普段なら行かないエリアや、入らない会場に足を運ぶきっかけになるでしょ?
八島敦子(以下、八島):その通りでした。Winter Jazz Festがなかったら、Nubluに一人で行く勇気もなかったし、ブルックリンのあのエリアにも行かなかったと思います。フェスが理由をくれたんですよね。
Brice:でも、それはニューヨーカーにとっても同じなんだ。長く住んでいても、行ったことのない会場に出会うことがある。毎年少しずつ会場も変えているし、閉店する会場もあれば、新しい会場を探さなきゃいけないこともある。ニューヨークは常に変わり続けている街だから。
それと、ミュージシャンにとっても大きい。多くのジャズ・ミュージシャンは、Smoke、Village Vanguard、Birdland、Nubluみたいな定番の場所では演奏しているけど、City WineryやBrooklyn Bowl、National Sawdust、Music Hall of Williamsburgでは演奏したことがない人も多い。ジャズ専用じゃない会場で演奏できる機会を作れるのは、すごく誇りに思っているところだね。
◎ 多くのチャンネルから新しい情報を得ること
――このフェスは、若手や新しいスタイルのアーティストにとってのプラットフォームでもありますよね。そうしたアーティストは、どうやって選んでますか?
Brice:大きな目標のひとつは、アーティストに次のステップへのチャンスを与えることだ。ここをきっかけに契約を得たり、ツアーに出られるようになったり、キャリアを次の段階に進められるような人を紹介している。
情報源はいろいろある。僕が直接知っているアーティストもいれば、同業者から聞いたり、レーベルから紹介されたり、Mattが「これは注目すべきだ」と太鼓判を押す場合もある。以前から何度か推薦されてたけど「いまがWinter Jazz Festに出るタイミングだ」って思うこともある。
もちろん、すでにキャリアのあるアーティストが、新しいプロジェクトやコラボレーションを始めて、それがツアー可能な段階に来ている場合もある。大事なのは、一回きりの企画じゃなくて、ほかの場所にも持っていける、続いていくプロジェクトであることだね。
Matt:付け加えると、僕らは多くのチャンネルから情報を得ている。ニューヨークは、良し悪しは別として、ジャズの宇宙の中心みたいな場所だからね。いろんな人が出入りする。
マネージャーやエージェントからの提案もあるよ。すでにエージェンシーに所属しているけど、まだ十分に知られていないアーティストだっているからね。Verve recordsのDahlia Ambach Caplinと話すこともある。
それから《Dada Strain》という素晴らしいSubstackをやっているPiotr Orlov。彼はキュレーターの一人で、いまやこのフェスの魂の重要な一部になっている。要するに、複数の視点があるということ。それがこのフェスの強さなんだ。
正直に言うと、僕自身、昔はBryceがやっていることすべてに共感していたわけじゃない。Substackに「Confessions of a Jazz Snob」っていう文章を書いたこともあるから読んでみて。でも、徐々に彼のやり方が新しいジャズのファンを生み出していると気づいた。Briceは最初から、そのビジョンを持っていたんだよ。
James Brandon Lewis、Alden Hellmuth、Tomeka Reid、そういう存在が、Jason MoranやVijay Iyer、Robert Glasper、Thundercatのようなアーティストを観に来た人たちの耳に自然につながっていく。その流れが本当に大事なんだ。
それと、このフェスの歴史で忘れてはいけないのが、Revive Musicを立ち上げたMegan Stabile。Briceは彼女をキュレーターとして迎え入れ、その視点を尊重したんだ。

もう一人は、ミュージシャンのAdam Schatz。彼も数年間、キュレーター的な立場で大きな影響を与えていた。この二人は、「いまのジャズの全体像」を形作る上で、本当に重要だった。
Brice: 僕から付け加えると、僕は常にいいアイデアに対してオープンでいようとしてきた。フェスを自分のものとして抱え込みすぎないようにね。ほかのフェスで、エゴが強くなりすぎて視野が狭くなるのをたくさん見てきたから。
このフェスは、「僕個人」じゃなくて、「コミュニティ」を映すものでありたい。Megan StabileやAdam Schatzの存在は、本当に大きかった。彼らのおかげで、最初から視野の広いプログラミングができて、それが20年以上続く基盤となるオーディエンスを作ってくれたんだ。
――では、都市の中で複数会場を使うこのフェスは、ニューヨークのシーンにどんな影響を与えたと思いますか。
Brice:ニューヨークの伝統になったんじゃないかな。いまでは「1月のニューヨークは、ジャズ・ミュージシャンにとって行くべき場所」という期待と習慣ができた。ニューヨークは他の芸術も盛んな街だけど、ジャズに関しては特に目的地になっている。それは誇りだよ。
ニューヨークのジャズ・シーン自体はどんどん変わっている。僕たちが始めた頃は、夜ごとにジャムセッションがあるクラブがもっとたくさんあった。小さなシーンが街のあちこちにもっと日常的にあった。でも今は、以前ほど活気があって、毎晩ものすごい数の場がある、という状態ではない。
だけど1月、Winter Jazz Festの時期になると、あのエネルギーが戻ってくるんだ。ミュージシャンがたくさん街にいて、ぶらぶらして、会って、交流して。そういう「ニューヨークらしい密度」が復活する。僕たちがそれを伝統として作れたのは、本当に誇りなんだ。
Matt:付け加えるとすると、Winter Jazz Festがニューヨークのシーンに影響を与えた、というより、世界のジャズ・シーンに影響を与えた面のほうが大きいと思う。世界中のプレゼンターは「Winter Jazz Festに行けば一番フレッシュで新しいものが見られる」と分かっている。だからみんなニューヨークに来るんだ。
◎ UKジャズを世界に知らしめたこと
―― 2018年にUK Jazz Showcaseをやっていますよね。あれは若いUKのジャズ・ミュージシャンたちが、世界的に正当な注目を集める大きな機会になったと思います。ただ当時、彼らはアメリカではまだほとんど知られていなかった。その企画をどうやって立ち上げて、成功させたのかが気になります。
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