interview Michael League:Snarky Puppy "SOMNI" 日本で書かれた「夢」の音楽(14,000字)
スナーキー・パピーのマイケル・リーグは2024年の11月・12月、日本に長期滞在していた。マイケルは大分県の日出町にあるリトリートハウスに宿泊し、静かな環境でひたすら作曲に取り組んでいた。
その楽曲は、スナーキー・パピーが2015年に発表したアルバム『Sylva』以来、約10年ぶりに再び実現するオランダのメトロポール・オーケストラとのコラボレーションのためのもの。
その曲を携え、スナーキー・パピーは2025年の1月にオランダのユトレヒトで有観客のスタジオライヴを行い、アルバム『SOMNI』を録音した。
前回の『Sylva』はグラミー賞の最優秀コンテンポラリー・インストゥルメンタル・アルバムを受賞した。これはスナーキー・パピーが初めて「アルバム」として獲得したグラミー賞であり、彼らの評価を確立した重要作と言っていい。
その続編とも言えるのが『SOMNI』だ。このアルバムについて、マイケル・リーグに話を聞いた。
取材・執筆・編集:柳樂光隆 | 現場通訳:渡瀬ひとみ
協力:COREPORT
夢というテーマが自然に導いてくれた
◎ アルバムのコンセプト
――新作『Sonmi』のコンセプトについて教えてください。
このアルバムは「夢」と、その周辺にあるあらゆるものについての作品。各曲が、それぞれ異なる側面や要素を表現してる。夢の世界にまつわるいろいろなアイデアを探求しながら、その発想を作曲や音楽的な手法のインスピレーションに使ってる。
――夢というテーマは、最初から決めていたものではなかったんですね?
最初からテーマを「夢」に決めていたわけではないんだ。去年、日本で曲を書いていたときにはまだ何のコンセプトもなかった。でも、何かしらのテーマを見つけたいという気持ちはあって、とにかくまず書き始めて何か思いつくのを待っていた。そうしたら、2〜3日ほどでいくつかの曲に共通する感触があることに気づいた。 どの曲も「シュール」だったり「現実逃避的」な雰囲気だったんだ。そこから自然と“夢”というアイデアにたどり着き、それが残りの作曲プロセスの原動力になった。
――もし日本以外の国で滞在していたら、きっと違うテーマになっていたでしょうね。
そう思う。僕が滞在していたのは12月の九州で、とても穏やかで美しい場所だった。あの環境がすべてのインスピレーションの源になってると思う。
◎ 日本への滞在
――どうして日本の田舎でひと月ものあいだ、一人で過ごすことにしたんですか?
大分に2週間半、それから(岐阜の)飛騨高山に1週間滞在したんだ。日本の田舎の「異なる2つの色合い」を体験してみたかったんだ。最初から大都市ではなく、静かでひとりになれる場所を選んだ。それは魔法のような体験だったよ。実はこれまで自分ひとりで作曲のためのリトリートをしたことなんてなかった。それも1か月の長期間。だからすごく特別な時間になったよ。
ああいう「どこでもない場所」にいるという感覚は特別。世界から切り離されたように感じることで、頭がリラックスして、作曲のプロセス全体が穏やかで楽しいものになるから。
――「夢」というテーマは、オーケストラとの共演から導き出された部分もありますか?
うん、間違いなくそうだね。オーケストラが加わることで、色彩やテクスチャが一気に広がる。音の世界を創り上げるのが簡単になる。だから「夢」というテーマは、このアンサンブルにぴったりだと思った。でも、あまりに“いかにも”なことはしたくなかった。たとえば「夢」をテーマにしたからといって、全曲をふわふわして幻想的でロマンティックなものにするのは違う。夢にはもっと多面的な要素があるからね。美しく穏やかなだけじゃなく、混乱や恐怖、奇妙さなど、いろんな側面がある。だからできるだけ多くの側面を探ってみたかったんだ。
――「夢」というテーマには幻想的な響きがありますし、前作『Sylva』のテーマである「The Forest」にも同じような神秘的でファンタジックな要素がありまる。オーケストラとともに音楽を作ると、現実とは異なる世界が立ち上がる印象があります。あなたにとって、オーケストラと作るということはどんな意味があるのでしょう?
まずサウンドの面で言えば、バンドだけでは行けない場所に行ける。メトロポールとのコラボは、僕にとって“現実逃避的な実験”なんだ。ステージを幻想的に装飾して、全員で白い服を着るというだけでも、すぐに演劇的な美学が生まれる。僕にとって「オーケストラのために書く」というのは、可能性の塊。無限に可能性があるし、たとえ毎月アルバムを作ったとしても、オーケストラとバンドが一緒にできることの潜在能力にはほんの一部にしか触れられない気がする。作曲家としては、まるでディズニーランドにいるような気分というか(笑)。子どものころにお菓子屋に入ったような感覚。やれることが多すぎてワクワクするよね。
メトロポール・オーケストラとのコラボ
――メトロポール・オーケストラはとてもユニークな存在ですよね。このオーケストラをどう捉えていますか?
まず、彼らの「アティチュード」だよね。このオーケストラはとにかくオープンマインド。西洋クラシックの正統派レパートリー以外の音楽を演奏することに彼らはワクワクしてくれる。それこそが、他の多くのオーケストラとの大きな違いだね。僕たちがやるような音楽に対しても、本気で情熱を持ってくれる。そこがまず最初の違い。
次に挙げたいのは、そのスタイルの幅広さと柔軟性。ジャンルを越えて、どんな音楽でも驚くほど高いレベルで演奏できる。
そして三つ目の特徴は“グルーヴ”。僕は今までに何度もオーケストラと共演してきたけれど、“グルーヴする”オーケストラに出会ったことはほぼない。テンポ通りに演奏できるオーケストラはたくさんあっても、 “ノる”ことができるオーケストラなんて世界中探してもせいぜい10にも満たない。この三つの点が、彼らを本当に特別なアンサンブルにしてると思う。
そして四つ目――おそらく最も重要なのがそれらすべてを体現している指揮者のジュールズ・バックリィの存在。彼はまさにそれらの精神を持った人で、しかも人柄も最高なんだ。経験、音楽的アプローチ、耳の良さ、そのうえ、ミュージシャンシップもずば抜けている。 僕にとって彼と一緒にやることは、まさに“夢”そのものだね。

――そもそもスナーキー・パピーの音楽を書くこと自体がすでに大きな挑戦だと僕は思います。メンバーの数が多く、それぞれの個性を活かさなければならない。そこにメトロポール・オーケストラが加わるとなると、さらに難易度が上がると思います。このコラボレーションを、あなたはどのようにイメージしていたのでしょうか? たとえば「スナーキー・パピーにメトロポールが参加した」と捉えるのか、「メトロポールがスナーキー・パピーの音楽を拡張した」と捉えるのか、それとも「スナーキー・パピー×メトロポール」というまったく新しいユニット」と言えるのか。どのような形として思い描いていますか?
“ひとつのバンド”だね。スナーキー・パピーの上にメトロポールというチームが重なっている構造ではなく、最初から全員が一体になっているという感覚で作曲してる。オーケストラのメンバーにもソロを任せたり、逆にバンドのメンバーが演奏せず、オーケストラだけが奏でる場面もあるのはそれが理由。僕の頭の中では「とてつもなく巨大なビッグバンド」というイメージだね。
ただ、『Sylva』を録音したときにはひとつの問題が出てきた。あの時の音楽はオーケストラを前提に、しかも、両者があまりにも密接だったから、僕らはメトロポール抜きで『Sylva』の曲を演奏できなくなってしまった。だから『Sonmi』はオーケストラなしでも演奏できるように書こうとしたんだ。正直、それによって音楽が「スナーキー・パピー」と「オーケストラ」という二つの層に分かれてしまうかもって心配もあった。でも、巧くアレンジできたと思っている。結果として、『Sonmi』は『Sylva』よりもずっと自然に融合している。そして、僕らは実際に南米ツアーですでにこの曲たちをオーケストラなしで演奏してるんだけど、オーディエンスの反応は上々だね。
◎ 4人のドラマーと3人のパーカッショニスト
――今回の作品では、全曲にすべてのメンバーが参加していますよね。ドラムが4人、パーカッションが3人、ギターが3人、キーボードが3人。曲ごとにメンバーを入れ替えることもできたと思うのですが、なぜ全員が毎曲参加する形にしたのでしょうか?
理由は音楽的に必要だから。4人のドラマーそれぞれが独自の個性とサウンドを持っているし、4つのドラムセットもそれぞれチューニングも違う。つまり、4台あれば曲のセクションごとにサウンドのキャラクターを変えることができる。たとえばヴァースではこのドラムセット、コーラスでは別のドラムセット、ブリッジやソロではまた違うドラムセット、って感じでね。そして、それぞれのプレイヤーの個性や質感がそこに重なっていく。結果的に、音楽的な個性とテクスチャが“滝”のように流れていく。1人のドラマーやギタリストだけでは絶対に生まれないダイナミクスが生まれるんだ。もちろん、全員が一緒に演奏している分、各メンバーの自由度は少し制限される。でも、それで個性が薄れていない。むしろ個々のヴォイスがサウンドの中にはっきりと聞こえてると思うよ。
――なるほど。
そしてもう一つの理由は、精神的な側面です。全員が常にそこにいて「一緒にこの作品を作っている」という感覚を共有すること。それがチームとしての一体感を生み出すし、そのエネルギーは映像やライブを見ればすぐに伝わると思います。
――パーカッションの多様な音色を含めると、異なる7種類以上の打楽器を組み合わせて、共存させていると
そうだね。しかも、パーカッショニストたちはそれぞれ1つの楽器だけでなく、さまざまな楽器を使い分けて演奏してる。だから3人のパーカッション奏者がいるだけで、ものすごい数の音が生まれる。ドラムセットはあくまで“基盤”。その上にパーカッションの無限の音が重なるんだ。実際の演奏では、常に4人のドラマーが同時に叩いているわけではなく、1人のドラマーと1〜3人のパーカッショニストの組み合わせ。パーカッショニストたちが同時に3人、あるいは場合によっては4人で演奏することもあるし、そこにドラムが加わることで音響的に豊かになる。つまり、組み合わせによって何倍もの音のバリエーションが生まれる。とても豊かで、サウンドの選択肢が無限に広がるんだ。
――こうした構成をしているグループというのは、他に思い浮かびますか? 4つのドラムセットを使い、しかもオーケストラと共演するようなバンドは。
いないだろうね(笑)。世界中探しても、4人のドラマーを持つ(コンスタントに活動している)バンドなんて他にないと思う。だって普通に考えたら、非合理だし。運営面でも、金銭的にも、ステージのスペース的にも、物理的にも成立しない(笑)。
でも僕たちが4人のドラマーを持つ理由は、4人がスナーキー・パピー以外でもそれぞれに成功したキャリアを持っているから。僕は彼らが他のアーティストと演奏したり、自分のプロジェクトもやり続けてほしいと考えている。だからツアーのときは、毎回1人ずつ交代で参加してもらうんだ。たとえば、今月はこのドラマーが叩き、来月は別のドラマーが入り、前の人は自分の活動に戻る。そんなサイクル。それぞれの活動を尊重するための最適な仕組みなんだ。とはいえ、レコーディングでは全員をアルバムに参加させたい。だから今回の『Sonmi』では、4人全員を含めながらも、それを“制約”ではなく“利点”として活かす方法を探った。その結果が、今回の構成なんだ。
――この“常識外れ”な発想も「夢」のテーマとも響き合っていますね。
そうなんだよ!今回のアルバムでは、いくつかの曲で「1人のドラマーでは現実的に絶対に不可能なこと」をやってみたかった。たとえば「Chimera」の終盤では、4人のドラマーがそれぞれ異なるテンポ、異なるグルーヴで同時に演奏してる。しかも、オーケストラの各セクションがそれぞれ別のドラマーに対応して演奏していて、結果的にとても幻想的で、狂気的で、夢のようなサウンド空間が生まれたんだ。1人のドラマーでは絶対に再現できない世界だよね。
「Recurrent」では、4人のドラマーが最後に順番にソロをとるんだけど、それぞれの最後のフレーズを次のドラマーが引き継いでソロを始める、という仕掛けになってる。こうした“連鎖的な構成”は1人のドラマーでは絶対に実現できないコンセプトだよね。
◎ LogicとSibeliusでの作曲
――『Sylva』のときは、バンドがオーディオデモをもとに作業して、オーケストラパートはLogicで作成してSibeliusでスコアに起こしたと聞きました。今回はどんなプロセスで作曲・共有したのですか?
基本的には同じ。バンドメンバーは耳で覚え、オーケストラは譜面を使う。大きな違いはアレンジのチームだね。『Sylva』のときは僕とジュールズ・バックリィが主にアレンジを担当してた。今回はジュールズの提案で、さらに2人のアレンジャーのサム・ゲイルとヨッヘン・ノイファーをプロジェクトに迎えてる。僕もいくつかの曲ではアレンジをしたけど、曲によってはほとんど触ってないんだ。全曲の作曲を終えたあと、ベルリンに集まって4人で2日間アレンジ合宿をしたんだ。それぞれ担当曲を持ち寄って、僕が全体を見ながらフィードバックをする、というやり方。この共同作業によって、音の厚みや多様性が格段に豊かになったんだ。
――今回もオーディオデモとLogicで曲を作って、そこから発展させていったわけですが、やっぱりスナーキー・パピー的にはデモとLogicでやるのが大事なんでしょうか。
スナーキー・パピーのメンバーにはあまり譜面で覚えてほしくないんだ。耳で覚える方が、音楽をより深く自分の中に刻み込める。そうすると、一度覚えたらもう忘れない。譜面で覚えると、あとから“暗譜のための二度目のプロセス”が必要になる。でも耳で覚えれば、最初から身体の一部になる。だから演奏も、表現も、創造性もぜんぜん違う。彼らは耳で学ぶことで、より自由に、より表現豊かにプレイできるんだ。
――逆にオーケストラ用の曲をLogicで書くときは、どんな風に作業しているんですか?
ギターで書くこともあれば、キーボードで書くこともある。そして「どんな楽器でそれを演奏してほしいか」を考える。時にはMIDIコントローラーを使ってストリングスの音を鳴らしながら、直接そのままパートを書いていくこともあるよ。大切なのは“想像すること”。たとえばメロディをひとつ書いたとして、それをどの楽器が演奏したら活きるのかを考えていく。そのテクスチャを思い描くことが、作曲の中でとても重要で作業の大部分を占めてる。結局のところ、「書いた音楽に対して、どんな音色や質感(テクスチャー)がそれぞれのパートに最もふさわしいか」を“想像する力”が、すべての出発点なんだよね。
――オーケストレーションを体系的に学んだことはあるんですか?
ないよ。大学時代にアレンジの授業を1コマだけ受けたことはあるけど、そのとき書いていたのはビッグバンドのための曲で、オーケストラじゃなかった。しかも僕は大学を中退してるから、取るべき授業も全部は受けてない。つまり、ほぼ独学だってこと。NYにいた頃、レコーディング・セッションのアレンジャーの仕事をしていて、そこで「何がうまくいって、何がうまくいかないか」を学んだんだ。仕事での試行錯誤の中で身につけたものってことだね
――あなたの音楽はとてもユニークで、同じようなことをしているタイプの人があまり思い浮かびません。オーケストラ音楽の中で特に影響を受けた作品や作曲家はいますか?
うーん、スナーキー・パピーのときと同じで、僕は自分と似た音楽をやっているバンドからインスピレーションを受けることはあまりないかな。むしろ世界各地のフォークロア的な音楽や伝統音楽を聴いて、「あ、この感じをスナーキー・パピーで何かできそうだな」と思って、それを自分なりに変化させて取り入れることが多い。だから『Sonmi』や『Sylva』の制作中も、いわゆる“ハイブリッドな“フュージョン×オーケストラ”みたいな作品は聴いてないんだ。代わりに、ショスタコーヴィチやストラヴィンスキーをよく聴いていた。 『Sylva』のときは、ラヴィ・シャンカル&フィリップ・グラスの『Passages』もよく聴いてたかな。現代的なものはそのくらいで、基本的にはブラームスとかベートーヴェンといった古典の作曲家ばかりだね。
『Sylva』での反省から、より多くの声を音楽に取り込んだ
――『Sylva』の経験は当然『Sonmi』に生かされていると思います。特にアップデートされた点や、新しく学び直したことはありますか?
『Sylva』の制作では多くを学んだ。大きかったのは、「自分のヴォイスが強すぎた」ってこと。『Sonmi』に他のアレンジャーを2人加え、ジュールズにもアレンジ面でより深く関わってもらったのはそのためだね。それから映像面でも反省があった。『Sylva』の映像はとても美しかったけれど、カメラの数が足りなかった。今回はカメラを4台増やして、さらに照明にも力を入れてる。撮影監督とライティング・エンジニアを新たに起用して、映像的にもより完成度を高めた。つまり、今回のプロジェクトではチームを拡張して、より多くの人に関わってもらうようにしたってことだね。『Sylva』は良くも悪くも僕の色がとても強かった。もちろんそれは悪いことではないけれど、一人の人間の声が大きすぎると、作品全体としての豊かさが失われてしまう。だから今回は、もっと多様な視点や感性を取り込むようにしたんだ。
作曲面でも変化があった。『Sylva』はオーケストラのパートが比較的シンプルで、空間の広さを意識したかなり“引き算”の作品だった。それはそれで気に入っているけど、オーケストラの奏者たちは演奏する音が少ないと退屈してしまうんだよね(笑)。だから『Sonmi』では、もっとオーケストラが活躍できるよう意識的に書き込みを増やしてる。アレンジャーたちも積極的に新しいアイデアを足してくれた。だから、演奏する側もより深く関わることができたと思ってる。
――メトロポール・オーケストラは非常に幅広い音楽に対応でき、しかもクリックトラックを聴きながら演奏できるという特徴がありますよね。今回は、その特性を意識的に活かしましたか?
もちろん。彼らは素晴らしいフィールとグルーヴを持っていて、ポップやコンテンポラリーな音楽寄りの文脈で演奏することにも慣れてる。 だから、作曲の段階からそれを意識してる。もしこれが純粋なクラシックのオーケストラだったら、僕の書く音楽はかなり違うものになっていたと思う。もっと自由で、美しく、リズムよりも響きや流れを重視した書き方をしていただろうね。でもメトロポールの場合、リズムがタイトで複雑な場面でもタイム感を保ってまったく問題なく演奏できる。だから、彼らは何でもできるんだ。
――今回の楽曲の中で、特にメトロポール・オーケストラの魅力を最も発揮できたと感じる曲はありますか?
「Chimera」では、オーケストラに“汚く、まとまりのない演奏してほしい”ってリクエストをした。つまり、きっちり揃えず、バラバラに、まるで一人で演奏しているような感覚で弾いてほしいと。コーラスの部分で聴けるよ。しかも曲の終盤では、オーケストラを4つのグループに分け、それぞれが4人のドラマーと4つの異なるテンポで演奏してる。そんなことを実現できるオーケストラは、世界中探してもメトロポールしかない。
「Only Here and Nowhere Else」では、ジュールズ・バックリーが作曲したイントロがとても美しく、メトロポールの壮麗さと力強さの両方を見事に表現してくれている。
「As You Are But Not As You Were」では、オーケストラのパーカッションが複雑なポリリズムを奏で、その上に他のセクションが完璧なタイム感で重なる。これは簡単なことではないんだよね。さらにメトロポールの2人と僕らの1人の計3人のパーカッショニストが3つの異なる拍子でマリンバを演奏していて、リズムが絡み合う構造になってる。こんなアレンジを普通のオーケストラに渡したら、大混乱になるよ(笑)。でもメトロポールなら、それを音楽として機能させられる。今回は、そうした“強み”を最大限に引き出すことは意識したよね。
――なるほど。つまり、メトロポールならこちらの意図を細かく説明しなくても、すぐに理解して再現できるということですね。
そういうこと。たとえば「もっとラフに弾いて」「もう少し汚く」と言えば、彼らは即座にできる。「いや、まだ足りない。もっと汚く」と言うと、次のテイクでは完璧にやってくれる。それで終わり。イージーだよね。柔軟性と順応力がすごいんだよね。
エレクトリックなサウンドとオーケストラを録音すること
――オーケストラは大きな空間で演奏するため、楽器によってはどうしても音量のバランスが難しいと思います。繊細な響きを持つ弦楽器と、エレクトリックな大音量のバンドを組み合わせるのは非常にチャレンジングですよね。作曲やアレンジの段階で、音量の関係をどのように考えていましたか?
そこが一番大事なポイントだよね。作曲の段階からそれを考慮しておかないと大変なことになる。曲を書いてから考えるのでは遅いんだよね。たとえば、録音中に「バンドが大音量で演奏していて、弦が静かな低い音域のパートだからもっと聞こえるようにしたい」と思っても、すでに書かれた音域が低くて響かない位置にあると、どうしようもない。もう取り除けない。だから、作曲の時点で「このセクションは一番音量が大きくなる」と分かっているなら、「ヴァイオリンにはどんな音を割り当てるか」「どうやったら響かせられるか」を常に考える必要がある。特に弦楽器は、オーケストラの中でも音量的に最も繊細なパート。だからこそ、しっかりと聞こえるように意識的に書く必要がある。つまりこれは、作曲とアレンジの中にすでに音量バランスの意識が組み込まれている考え方ってこと。経験を積んだ作曲家やアレンジャーなら、メロディを書いている段階で「各セクションが全体の中でどうすればバランス良く聞こえるか」を自然と考えてるはず。要するに、常に“意識しておくこと”──それがすべてだね。
――オーケストラとバンドを同時にライブ録音する際には、音量のコントロールやマイクの配置など、特別な工夫が必要ですよね。今回はどのような点に気をつけたのでしょうか?
今回も、プロダクション・マネージャーのロザンナ・フリードマンと、チーフ・レコーディング・エンジニアのニック・ハード、そして僕の3人で何度も話し合った。アンサンブルをどう配置すれば最も良いサウンドになるか、そして同時にメンバー同士の“視線の通り方”、つまり、演奏中にアイコンタクトが取れる配置も大事。その両立を図るために、常にバランスを取りながら、徳には妥協を重ねていく必要もある。
録音において大きな助けになったのは、マイクの選択だったと思う。音をきれいに拾いながら、他の楽器からの被りを抑えられるマイクの選択が重要だった。今回特に効果的だったのが「Lauten 208」 というマイク。指向性が高く、他の楽器の音を驚くほどほとんど拾わず、目の前の楽器だけにしっかりとフォーカスしてくれる。また、マイクの配置も重要だ。被りが最小限になるように、演奏者をどの位置に置くかを慎重に考えた。
さらに、アンプの代わりに「Kemper Profiling Amplifier」を使ってギターを直接ライン録音したり、僕のベースも同様にダイレクト入力にしたりと、空間の中に生音をなるべく出さないように工夫してる。全体の音量や反射音をできるだけ減らすことで、結果的によりクリアで整理されたサウンドになるからね。
大人数でも“整然とした混沌”を実現する現場力
――これだけの人数で何日もレコーディングするとなると、サウンドチェックだけでもかなりの時間がかかりますよね。どんな流れで進めたのですか?
実は、意外と時間はかかっていないんだ。効率的に進めたからね。まず、バンドのドラムから始める。ドラムのサウンドチェックが終わったら次はパーカッション。次にキーボード……という具合に、段階的に進める。人が来て、サウンドチェックをして、終わったら次の人が来る。そうやって進めて全員が一斉に待っているような非効率な状況は避ける。 その後、バンドだけで数日間リハーサルを行い、音を固めてからオーケストラと合流した。その頃にはバンドのサウンドが完璧になっていて、オーケストラが入ってきても問題ない状態になっていたんだ。
メトロポールのチームは良い音を作るのが驚くほど早いんだ。もちろん最初のセッティングには何時間もかかるけれど、実際にオーケストラが座ってからサウンドが整うまでたった10分ほど。なにしろ毎日コンサートでセッティングと撤収を繰り返しているから、完全にシステム化されているんだ。つまり、両チームのクルーとテクニカルスタッフが優秀なおかげで、効率的で、ストレスのない環境で録音できたと思うよ。
最高のチームが最高の音をつくる
――スナーキー・パピーの日本公演でも、毎回どの会場でも毎回サウンドが素晴らしいですよね。やはりエンジニア・チームの力が大きいのでしょうか?
間違いないね。僕らのクルーについては、どれだけ褒めても足りないくらいだよ。サウンドエンジニアであり、フロント・オブ・ハウスのエンジニアでもあるマイク・ハリソンは、僕にとって世界最高レベルのエンジニアの一人。彼のサウンドはスティーリー・ダンのエンジニア・チームからも絶賛されてる。彼らは音にうるさいことで有名だけど、「マイク・ハリソンはこれまで聞いた中で最高のエンジニアの一人」と直接言われたよ。でも、彼一人の力ではなく、全員のチームワークだね。すべてはステージから始まるんだ。モニター・エンジニアは全員が快適に演奏できるように調整してくれるし、ステージ・テックのメイソン・デイヴィスは毎晩すべてのセッティングを完璧に整えてくれる。そしてロザンナ・フリードマンが全体の進行を管理してくれる。つまり、これは完全にチームの力。こうして全員が連携して初めて、あのサウンドが生まれるんだ。
音の良さは“機材”よりも“人間”で決まる
――ライブでもスタジオでも、常に音がクリアで分離がよく、整理されている印象があります。それは作曲段階から意識しているからってことなのでしょうか?
もちろん。優れたエンジニアほど「良い音の鍵はミュージシャンと音楽そのものにある」って言ってる。音楽が雑に書かれていたら、たとえ演奏者がうまくても音が濁る。逆に、作曲がよく整理され、構造的に明快で、そこに音のいい演奏者が加われば、そこで初めて責任の重心がエンジニアたちに移る。
でも、その前の段階──作曲と演奏──がしっかりしていなければ、エンジニアの力だけではどうにもならない。 つまりすべての段階が関係しているってこと。曲の構成、アレンジの質、ミュージシャンの力量、機材、そしてエンジニアのクオリティ。その中で、僕が一番重要視していないのは「機材」かもね。結局のところ、音を作るのは“人間”なんだ。

――『Sonmi』はバンドとオーケストラを同時に収録したライブ録音ですが、そのサウンド音質は信じられないほど良いですよね。ミックスの工程ではどんな工夫をされたのですか?
ミックスはチーフ・レコーディング・エンジニアのニック・ハードが担当してる。僕は必ず現場に立ち会うんだ。最初に彼がファースト・ミックスを作り、その後で僕が隣に座って、細かい調整や変更点を一緒に詰めていく。
今回の『Sonmi』のミックスでこれまでと決定的に違ったのは、ジュールズ・バックリーにもニックの家まで来てもらったこと。3人で一緒に作業したんだ。ジュールズはオーケストラの音の“ブレンド感”を聴き分ける力がすごくて、僕やニックには聞こえない細部のニュアンスを感じ取ることができる。彼がその場にいて、弦や管のボリュームをほんのわずかに調整するだけで、音楽がまったく新しい次元に到達するんだ。だから今後、ジュールズが関わる録音では、必ずミックス段階にも来てもらおうと思ってる。それくらいジュールズは重要な存在だったね。
――ミックスの部分ではどういうサウンドにしたかったみたいなことはあるんですか?
僕は作曲している時点で最終的なミックスの音を頭の中でイメージしてる。書くときはいつも、最終的にどんなサウンドになるかを想像しているんだ。というのも、“トーン”はストーリーテリングのとても重要な要素だから。最初の一音を書いた瞬間から、そのサウンドの質感まで含めて構想してるよ。
――では、その“トーン”を言葉で表すとしたら、このアルバムはどんな響きを持っていると思いますか?
全体に通じる言葉を一つ選ぶなら「リッチ」かな。とてもラグジュアリーで濃密なサウンドだね。必ずしも典型的なオーケストラのハーモニーで演奏していない部分でも、 厚みがあって、音のレイヤーが豊かなんだ。あとは「ファット」という言葉も当てはまるかもしれない。オーケストラが“上品に”演奏しているというよりも、すごく力強く、個性に満ちたプレイをしていて、アルバム全体を通して厚みがあって豊かな音が響いているんだ。
観客を“アンサンブルの一部”にする録音
――YouTubeでレコーディング映像を観ました。観客がオーケストラとバンドのあいだ、あるいはバンドの中に座っていましたね。あの特別な座席配置にはどんな意図があったのですか?
僕たちは、観客にも“アンサンブルの一部”になってもらいたいと思ってる。それに、観客にとっても「自分がどこに座るかを選べる」というのはすごく刺激的な体験だと思うんだ。ドラマーの隣に座りたい人もいれば、ヴァイオリン奏者の間に座りたい人もいる。それぞれの位置で音の聴こえ方が違うし、その“空間の中にいる感覚”こそが刺激的でインスピレーションに満ちたライブの醍醐味だよね。
――観客は自分で好きな席を選べたんですか?
そうだよ。カメラチームや演奏の邪魔にならないように、あらかじめ会場に椅子を配置しておきました。 特にカメラの前に人の頭が入らないようにする必要があるので、そこだけは制約があったけど、それ以外は自由。僕たちが快適だと思える場所に椅子を置き、お客さんが入場したら自分の好きな場所に座ってもらったよ。
――こういう配置でライヴ・レコーディングして、しかもオーケストラとも一緒というのは他に例がないですよね
僕の知る限り、オーケストラを交えた録音でこういう座席配置を取った例は聞いたことがない。この“観客を入れたライブ録音形式”自体は、2009年にスナーキー・パピーが初めて導入したんだ。観客がヘッドフォンをつけてレコーディング現場に入るというスタイルだね。今では多くのアーティストが観客を入れたセッションを行ってるけど、それはこの形式が音楽的にも視覚的にも魅力的だからだと思う。でも、オーケストラを伴ってこのスタイルをやったのは、間違いなく初めてだと思うよ。
――このような座席配置は、メトロポール・オーケストラのメンバーにとっても驚きだったのでは?
『Sylva』で初めてやったときはさすがに驚いてたよね(笑)。でも、すぐに慣れるから。今では彼らも自然に受け入れてくれるよ。
『Sylva』をリミックス&リマスターしたこと
――2024年には『Sylva』のリミックス&リマスター盤をリリースしました。その経緯を教えてください。
ちょうど『Sylva』の再プレスが必要になったタイミングだったんだ。せっかくなら、別のエンジニアによる新しいミックスを試してみようと思いついたんだ。今回はオリジナルのミックスを担当したエリック・ハートマンではなく、ニック・ハード。エリックのミックスはとても愛されていますが、ニックの手でよりアップデートされた音像に仕上がり、同じ演奏なのに感情のニュアンスが全く違って新しい視点から聴こえる。それはとても面白い経験だったよ。
『Sylva』を再構築したことはニックにとって『Sonmi』の良い予習になったと思う。スナーキー・パピーとメトロポールの音の扱い方を事前に体験できたことで、ニックがそのサウンドを理解し、ミックス全体のポテンシャルを掴むうえで役立ったと思うよ
――スナーキー・パピーは過去作のリミックスやリマスターを10年くらいの短いスパンで発表することが増えていますよね。こうした活動を始めたきっかけは?
きっかけはそれまでヴァイナルで出せていなかったアルバムのLP化したこと。どうせ新しいマスターを作るなら、音もアップデートしようと思ったんだ。最初は『Tell Your Friends』から始めて、その後『We Like It Here』のオルタネイト・テイク、そして別テイクを加えた『Sylva』へと続いてる。 ただの再発ではなく、聴く人が「同じ音楽を新しい角度から体験できる」ようにしたかったんだ。
――つまり、CDを持っている人も、ヴァイナルで改めて聴く価値があると。
そういうこと。ぜひヴァイナルも聴いてほしいんだよ。
ショーン・マーティンへの想い
――2024年、スナーキー・パピーは大切なメンバーを失いました。私たちファンにとっても悲しい出来事でした。この新作『Sonmi』には、彼への思いが込められていますか?
このアルバムはショーンに捧げている。彼がいなくて寂しかったから。彼は『Sylva』には参加してない。その時はジャスティン、ビル、コーリーが演奏したんだ。これまで多くの作品で彼が残したサウンドは、今もバンドの中に生き続けている。ショーンのサウンドと存在感はとても大きかった。これから何十年経っても、僕らが演奏するたびにその“響き”を感じられると思うよ。

――“夢”というテーマは、ショーンの喪失や記憶ともつながっているのでしょうか?
そうだね、きっと無意識のうちに影響していると思う。僕自身も、メンバー全員も、彼のことを日々思い出してるから。作曲しているときも、どこかで彼の存在が頭の片隅にあったのは間違いないよ。
――ショーン・マーティンはとても独特なプレイヤーでした。彼のサウンドや精神が、このアルバムのどこから感じられますか?
ショーンはバンドに非常に大きな影響を与えてくれて、もう僕らの一部になってる。毎晩同じステージに立ち、彼の音を聴き、彼のグルーヴに触れてきた。彼のフレーズや感覚が自分の中にも残ってるんだ。まるで好きなトランペッターを毎日聴いているうちに、自分の演奏にそのニュアンスが滲むようにね。スナーキー・パピーのメンバー全員が、ショーンから受け取ったものを毎回の演奏に生かしてる。それはバンドのDNAの一部なんだ。
日本酒 “Zashu”という新たな試み
――最後に、日本のファンにとって特別なのは、『Sonmi』が日本で書かれた音楽だという点です。日本での滞在があなたに与えた影響を聞かせてください。
僕にとって、間違いなくこのアルバムの音楽は日本と切り離せない。すべての曲を日本で書いたから、生活も、人との出会いも、食べたものも、すべてがこの作品に結びついていると思う。意味深く、静かで穏やかで特別な時間だったんだ。もし他の場所で書いていたら、全く違った作品になっていたと思うよ。
滞在中は、人々の優しさや、食べ物、そして日本酒にもすっかり魅了されたんだ(笑)。
――日本酒ですか。
滞在中に飲んでいた日本酒の写真をSNSに投稿していたら、友人のフランソワ・シャルティエ(カナダの有名ソムリエ)が連絡をくれたんだ。彼が「そんなに日本酒が好きなら一緒に作ろう」と言ってくれて、福島の人気酒造の遊佐さんとチームを組み、コラボレーションで新しい日本酒を造ることになった。僕らは6種類の日本酒をブレンドしたんだ。ブレンドってワインの世界ではあっても日本酒ではあまり行われない手法だよね。その中には40年ものの古い熟成酒も含まれる。
名前は『Zashu』。いわゆる「雑種犬」のこと。スナーキー・パピーにちなんで、もちろんラベルには犬のイラストが入るよ(笑)。11月24日にロンドンでリリースし、日本でも一部の寿司店や日本酒バーで楽しめる予定になってる。
――それはすごいプロジェクトですね。
日本でひとり静かにこれほど長く過ごすというのはこれまでになく、僕の人生の中でもかけがえのない時間になった。『Sonmi』はその平穏と美しさの中で生まれたアルバム。だから、僕にとっては永遠に“日本とともにある作品”なんだよ。

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