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* interview Mark Lettieri:僕はファンクでバリトンギターを使ってる変なやつポジション(9,500字)

スナーキー・パピーにはギタリストが3人もいる。彼らにも話を聞かなきゃいけないと、ずっと思っていた。

もしやるのなら、最初はマーク・レッティエリだと考えていた。

スナーキー・パピーはジャズやファンク、ゴスペルなど、さまざまなジャンルが混じり合ったバンドだが、その中でもファンク成分に絶大な貢献をしつつ、同時にロックの要素を注入し、明らかに異質な存在として君臨しているのがマーク・レッティエリだ。

時にハードロックやヘヴィーメタルを思わせるような音色でギターをかき鳴らす彼のソロ・パートは、スナーキー・パピーのライヴの見せ場のひとつでもある。

そしてマークは、ヴァルフペックのメンバーやネイト・スミスと共に、フィアレス・フライヤーズのメンバーとしても活動している。そこでは、強烈にグルーヴするファンク・ギタリストとしての側面を最大限に発揮している。

どう考えても「いわゆるジャズ・ギタリスト」ではない。だからといって、ロックやファンクの枠にも収まらない。それに、スナーキー・パピーの多くのメンバーとは異なる経緯で加入したらしい、という話も聞こえていた。

とりあえず、どんなミュージシャンなのか、どんなギタリストなのか、話を聞きに行った。

https://www.creativeman.co.jp/artist/2026/05hksp/

取材・執筆・編集:柳樂光隆 | 現場通訳:染谷和美
写真:Jordan Thibeaux | 協力:コットンクラブ、コアポート


◉ 10代のころ

――十代の頃って、どんな音楽を聴いていましたか?

まずは親が聴いていた音楽だった。うちの親の趣味はすごく良くて、60〜80年代のロックやポップスがいつも家や車の中で流れてた。
それから少し大きくなると、当時ラジオでかかっていた音楽を聴くようになった。時代的には90年代半ばくらい。いわゆるグランジって呼ばれていたSoundgardenとかAlice In Chainsとか、その辺のバンド。ギターを弾き始めた頃にそういう音楽を聴いてたんだ。

でも、そのうちジミ・ヘンドリックスに夢中になった。そこから自然と60〜70年代、そして80年代のロック・ギターのアイコンたちへ辿っていった。
僕がギターを始めた90年代後半って、当時のロックにはあんまり“演奏力”とか“ギタリストらしさ”みたいな要素がなかったんだよね。ギターソロさえほぼなかったし。でも、ただ単にソロの問題じゃなくて、音自体が自分に刺さらなかった。だから自然と過去の時代の音楽に遡って、影響源を掘り下げていくことになったんだと思う。

でも、ティーンエイジャーの頃は、本当に何でも聴いていたよMegadethからStevie Wonderまで。Ozzy OsbourneからHerbie Hancockまで。とにかく音楽にのめりこんでいて、友達が面白いCDを持ってきたら必ず一緒に聴いてた。だから、最初はロックに惹かれてたけど、そこからR&B、ファンク、ジャズ……気づいたらジャンルは関係なくなってた。どんな音楽にも、自分に響くものがあったんだよね。

――10代のころ、バンドもやってました?

やってたよ。友達と学校で組んだバンドで、始めたのは13〜14歳くらい。まさに典型的な“ガレージバンド”だったね。友達のドラマーの家のガレージに集まってリハーサルして、カバー曲を片っ端から演奏してた。
演奏できるものは何でもやったよ。SantanaやJimi Hendrixの曲とかね。少し演奏力がついてくると、Bon JoviやGuns N' Rosesとかもやるようになった。結構なレパートリーがあったから、夏になると友達の家の庭で開かれるパーティーで演奏したこともあった。

やがてオリジナル曲を作るようになったんだけど、最初の曲は全部インストだった。当時の僕らにとってのヒーローはJoe Satrianiだった。僕はサンフランシスコ・ベイエリアで育ったんだけど、当時彼は僕らの地元では“ギターの神様”だったんだ。

そのあと、好みもバンドのサウンドもどんどん変わっていった。特にSouliveっていうアメリカのオルガントリオのファンクバンドにハマったことで、バンドの方向性が変わったんだよね。

今思うと14〜18歳までの期間って、吸収と変化と実験の連続だった。昨日とは違うギタリストになりたいって常に思ってたような感覚。正直言うと、あの頃がちょっと恋しいね(笑)

――じゃあ、既に十代の頃からジャズやファンクも好きだったと。

そうだね。Herbie Hancock、John Scofield、Steely Dan、Stevie Wonderとか、そのあたりを知ったのはほぼ同じタイミングだった。

きっかけは教会のユースグループのバンドで演奏してたことなんだ。そこで年上のミュージシャンと一緒に演奏してて、彼らが僕の音楽の世界を広げてくれた。毎週水曜に集まって演奏してたんだけど、演奏するのは宗教曲じゃなくて、Bob Marley、Santana、Stevie Wonderみたいな曲ばかりだった。

僕はそのバンドで最年少だったから、他のメンバーが“本物のブルースやR&Bを知ってる人たち”で。彼らが僕にMetallica以外の世界を教えてくれた。あれは本当に良い経験だったよ。

◉ 影響を受けたギタリスト

・John Scofield

――John Scofieldの名前が出ましたけど、彼の作品で一番好きなアルバムはどれですか?

『A Go Go』は最高だよね。それから『Bump』も好き。『A Go Go』の頃か、その少し後くらいの作品だと思う。あと『Up All Night』もよく聴いた。この3枚は特に大きかったかな。

John Scofieldの演奏で好きだったのは、明らかにジャズなんだけど、いわゆるストレートアヘッドなジャズじゃなかったところ。ビバップっぽさもそこまで強くなくて、当時の僕にはその方が聴きやすかった。初めて彼を聴いた時は「これはちょっとファンキーでブルージーで、ギターが歪んでるし……いいな!」って感じだった。完全に“ジャズ”じゃないところが良かったんだよね。僕自身も“完全なジャズミュージシャン”ではなかったから、すごく腑に落ちたんだ。

・Joe Satriani

――Joe Satrianiについても名前が出ましたが、彼の作品で特に印象に残っているものは?

まずセルフタイトルの『Joe Satriani』。それから『Not of This Earth』もすごく好きだったね。正直ほとんどの作品に強い影響を受けたよ。

彼の音楽に出会ったのは14歳くらいのときで、今振り返るとあれは自分にとってすごく大きな分岐点だったと思う。「自分はギタリストになりたい」「ギターが主役の音楽を作りたい」「歌わなくてもいいんだ」って気づかせてくれた。僕は昔から歌うタイプじゃなかった。もし歌えていたら、Stevie Ray Vaughanみたいな路線を選んでいたかもしれない。でも僕はずっと“楽器で語るタイプのミュージシャン”だった。

だからJoe Satrianiの音楽に出会ったことで確信したんだ。今こうしてCotton Clubで自分名義のインストゥルメンタルのギター音楽を6公演やってるけど、それが成り立ってるのは……うん、間違いなくJoeのおかげだろうね(笑)。

・Jimi Hendrix

――最初に名前を挙げていたJimi Hendrixについても聞きたいです。特に好きな曲は?

難しいなぁ(笑)。最初に買ったのは『Are You Experienced?』。でも僕にとってより強烈だったのは、その次に手に入れた編集盤『The Ultimate Experience』だった。そこには「Voodoo Child」や「Little Wing」などの代表曲が入ってた。それから『Electric Ladyland』『Axis: Bold as Love』ももちろん大好き。だけど、一番好きなのはライブ録音の『Band of Gypsys』かもなぁ。あのトリオの空気感は唯一無二だよね。

さらに、彼が亡くなったあとに出た編集盤もすごく重要だった。『South Saturn Delta』『First Rays of the New Rising Sun』。どちらも未発表曲や別テイクが多くて、普通の作品とは少し違う空気なんだけど、めちゃくちゃ影響を受けた。

その中でも一番好きな曲は「Ezy Rider」。『First Rays〜』で聴いた時は衝撃だった。まあ、なんていうか……耳に届くのなら編集盤でもなんでも問題ないってことだね。

――彼の音楽のどんなところがすごいと思いますか?

とにかく冒険的だよね。常に新しいことを試して、新しい音を求め続けていた。しかも当時はまだペダルも録音技術もそこまで発展していなかった。今のように簡単に音が作れる環境じゃなかった。

だからこそ、彼とエディ・クレイマーのようなエンジニアがあらゆる可能性を試して、新しい音を生み出していった。彼の頭の中は、当時存在していたテクノロジーよりずっと先にあったと思う。だから、彼は普通にできることをやっていたんじゃなくて、「まだ存在しない音」を追い求めていたんだと思う。

だから、みんな彼の“ギタリストとしての革命性”について語るけど、僕はソングライティングにも感動するんだ。曲がとにかく美しい。Edward Van Halenもそうだけど、ただテクニカルなだけじゃなく、曲そのものが素晴らしいよね。僕が惹かれてきたミュージシャンって、みんなそう。演奏がすごいだけじゃなく、“良い曲”を書いている人たち。だから僕にとってそれは今も大事な基準になってる。

◉ 音楽大学でも音楽専攻でもなかったこと

――大学はテキサスでしたよね?大学にはジャズを学びに行ったんですか?

いや、実は専攻は音楽ではなく広告とPR。マーケティング系のバックグラウンドだね。ちょっと意外でしょ?

ーーめちゃくちゃ意外です。

でもそれには理由があって、広告やPRは僕の家族の仕事だったんだ。子どもの頃の食卓では、いつもそんな話題があった。だから「もしかしたら自分もその仕事に進むのかな?」って思ってたんだよ。でも結局、遅かれ早かれ自分はミュージシャンになる運命だったんだと思う。ただ、そのことに本人が気づくのに少し時間がかかったってことだね。

――じゃあ、いわゆる“ジャズ教育”を受けてはいないと

そうだね。正式な意味ではジャズ教育を受けたわけではない。ただし、いい先生やメンターには本当に恵まれた。だから完全な独学ってわけじゃない。きちんと習った部分もある。でもそれは大学の音楽科として体系的に学んだ形じゃなかったってことかな。

――学校以外で師事した先生について聞かせてください。

高校のとき、地元のギタリストの先生に習ってたんだ。彼は80年代にJoe Satrianiに習っていた人でね。だから彼を通じて、間接的にSatriani式の教え方に触れることができた。それはすごく大きかったと思う。そのレッスンでは理論や正しいテクニックも教わったし、基礎としてとても役立った。
大学に入ってからは、学校のジャズ科に所属していたギター講師に習った。ただしこれは正式科目ではなく“選択授業(elective)”として。アメリカでは選択科目って、料理とかキックボクシングとかボウリングとか、そんなノリなんだけど(笑) 僕はそこでジャズギターを選んだってこと。

それ以外はとにかく音楽を聴きまくって、耳でコピーして、ライブで弾きまくって、自分で学んでいった。耳で覚えることが、結局いちばん自分を育てたとは思うよ。

――てっきりバークリー出身とか、いわゆるジャズ教育の系譜にあるタイプかと思ってました。演奏がすごくコンテンポラリーだから。

うん、けっこうそう思われるから分かるよ。でも実際のところ、学校で専門的なことを学んではいないから、譜面を読めるタイプでもないんだよ。「先生に時々教わりながら、現場と耳と経験で育ったプレイヤー」って感じ。僕にとっての教科書はステージにあったんだ。

◉ 教会での経験

――ところで学生時代はどんなギグをしていたんですか?

ギグ自体は15〜16歳くらいからやってた。学校のイベントとか友達のパーティーから始めて、教会バンドでも毎週演奏してた。その教会のユースイベントでは、毎週3〜5曲新しい曲を耳コピで覚えなきゃいけなかった。当時はもちろんYouTubeなんかないから、CD渡されて「次の水曜までに覚えて」って感じ(笑)。その教会はPresbyterian(長老派)で、通常の礼拝は賛美歌とオルガン、あと小さなオーケストラがつくような伝統的なスタイル。

でも水曜だけは完全にロックバンド形式のイベントになってて、そこでは何をやっても良かった。Metallica、Santana、Brand New Heavies、Stevie Wonder、Stevie Ray Vaughan、U2などなど、その地域ではそのバンドに入るのが"ステータス"みたいなところがあって、声をかけてもらった時はすごく嬉しかった。

――テキサスに移ってからはどうですか?ゴスペルシーンにも関わっていたんですよね。

そうだね。テキサスに移った瞬間から一気にゴスペルの世界に入った。フォートワースには大きなアフリカ系アメリカ人のゴスペルコミュニティがあって、大学のゴスペルクワイアのバックバンドに入ったのがきっかけだった。そこから自然とダラス〜フォートワースの音楽シーンと繋がっていって、教会やゴスペルアーティストのレコーディングにどんどん呼ばれるようになった。

演奏した人でいうと、Kirk Franklin、Fred Hammond、Myron Butler、Le’Andria Johnson、Marvin Sapp、Tori Kelly、Toriはポップ寄りだけどゴスペル作品もあったからね。あと、Tamela Mann。このあたりは特に印象深い仕事だったね。

――そのコミュニティの中にSnarky Puppyのメンバーもいたんですよね?

そうそう。Snarky PuppyのメンバーはNorth Texas大学のジャズ科出身なんだけど、みんなダラスに降りてゴスペルやR&Bのギグをやってたんだ。だから自然と同じ現場に集まるようになって、そこで繋がったんだ。

◉ Snarky Puppyとの出会い

――最初に会ったのは?

たぶん、Michael League……いや、正確にはほぼ同時に全員に会った気もするなぁ。

きっかけはPhilip Lassiterっていうホーンアレンジャーでありソングライターの存在。フィルが僕を彼のバンドに呼んでくれて、そのフィルがMichaelと同じ教会で演奏してたんだ。フィルとマイケルが共同でライブを企画して、Snarky Puppyとフィルのバンドが同じ日に出演した。そこで初めてSnarky Puppyを生で聴いて衝撃を受けたんだ。「自分と同世代のミュージシャンがこんな音楽をやってるの?」って。

その日からしばらくは完全にファンだったし、呼ばれるようになるまで少し時間があった(笑)だからバンドに入ったのは、すごく自然な流れっぽいんだけど、実際は他にギタリストが見つからなかっただけじゃないかなって思ってるよ。

◉ 研究したギタリスト・好きなギタリスト

――話を戻すと、アカデミックには学んでいないのに演奏はすごくコンテンポラリーですよね。90年代や2000年代のギタリストも研究してますよね?

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