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About Roy Ayers : ロイ・エアーズ - レアグルーヴ~ヒップホップ~ネオソウルなどが再評価したレジェンドのこと(1,6000字)

キング・オブ・ヴァイブス、キング・オブ・ネオソウルなどとも呼ばれるレジェンドのロイ・エアーズに取材する機会を得た。
以前から僕はロイ・エアーズのその音楽性のことをよく考えていた。ジャズでもソウルでもファンクでもないその不思議な音楽性は他に類を見ない。90年代以降の再評価は来るべくして来たものだったと僕は思う。僕はその再評価される理由をきちんと考えてみたいと思った。それやったのがRolling Stone Japanでのインタビューだ。

そして、そのインタビュー記事と併せてより深くロイ・エアーズを知ってもらうための論考をここに書いた。

最初の《Intro》はロイ・エアーズ入門編、その後に書いてある部分が更に先に進みたい人のための論考だ。

ちょっと長いが、本記事とRolling Stone Japaの記事はヒップホップやネオソウル、クラブシーンから再評価された理由について、つまり《90年代以降のロイ・エアーズとは何だったのか?》を考えてみたものだ。
ぜひ読んでみてもらいたい。


◉intro.1 ロイ・エアーズ入門編:キャリア

◆Roy Ayers:ジャズ~ソウルジャズ

ジャズのヴィブラフォン奏者としてデビューしているので、最初期は割とオーセンティックなジャズサウンド。デビュー作の『West Coast Vibes』(1963)はそんな感じです。

そこからアトランティックへ移籍してからは『Virgo Vibes』(1967)、『Stoned Soul Picnic』(1968)、『Daddy Bug』(1969)といわゆるソウルジャズと言われるスタイルで、ソウルやR&B、ポップスのヒット曲などをカヴァーしたりしています。このあたりからジャンルの融合に積極的だったことがわかる。ジャズフルート奏者ハービー・マンのソウルジャズの名盤『Mamphis Underground』とかに参加しているのも納得。

・『Virgo Vibes』(1967)
・『Stoned Soul Picnic』(1968)
・『Daddy Bug』(1969)

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◆Ubiquity:ジャズファンク~ニューソウル

ポリドールに移籍して最初の『Ubiquity』(1971)がサイケデリックなジャケットなのからもわかるようにかなり大胆にジャンルの融合を進めていく。アルバムのタイトルをグループ名にしてRoy Ayers Ubiquityを結成。そこから70年代は怒涛の傑作群をリリースします。

1968年にジミ・ヘンドリックス『Electric Ladyland』を、1969年にスライ&ザ・ファミリー・ストーン『Stand!』を、70年にマイルス・デイヴィス『Bitches Brew』を、マーヴィン・ゲイが71年に『What's Goin On』を、72年にスティービー・ワンダーの3部作を、1973年にハービー・ハンコック『Head Hunters』を、といった時代。ジョージ・クリントンファンカデリックパーラメントのファーストをリリースしたのが1970年。

そんなトレンドに呼応したジャズとファンクとソウルとロックが融合したサウンドを生み出す。大胆にヴォーカリストを起用しつつ、ジャズの即興も同居したサウンドも特徴。

・『Ubiquity』(1971)
・『He's Coming』(1972)
・『Coffy』(1973)
・『Virgo Red』(1973)
・『Red Black & Green』(1973)
・『Change Up The Groove』(1974)
・『A Tear To A Smile』(1975)
・『Mystic Voyage』(1975)

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◆Ubiquity:ディスコ~アーバンファンク~フュージョン

76年にマーヴィン・ゲイ『I Want You』ジョージ・ベンソン『Breezin』を、77年にはアース・ウィンド&ファイア『All’n All』を、サルソウル・オーケストラ『Magic Journey』をリリースしたころ。ワイルド・チェリー「Play That Funky Music」KC & サンシャイン・バンド「That's the Way (I Like It)」がヒットしていた時期。

それに合わせ、少しづつだが路線を変えている。具体的にはアーシーなサウンドが消えて、シンセを多用したアーバンなサウンドとディスコ由来のダンスビートが前景しつつ、これまでのジャズ的な要素も絶妙に残したこの時期はDJからの支持が最も高い時期とも言える。鍵盤奏者フィリップ・ウー(Philip Woo)を加入させたことでトレンドを掴んだメロウかつスペイシーなサウンドを鳴らせるようになったのも大きい。

・『Everybody Loves The Sunshine』(1976)
・『Vibrations』(1976)
・『Lifeline』(1977)
・『Starbooty』(1978)

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◆Roy Ayers:ディスコ~アーバンファンク~フュージョン

1978年にプリンス『For you』でデビュー、ジョー・サンプル『Rainbow Seeker』を、79年にマイケル・ジャクソン『Off The Wall』を、シック『Risque』を、クルセイダーズ『Street Life』を、80年にはシュガーヒル・ギャングが1stを、81年にはルーサー・ヴァンドロス『Never Too Much』という時期。

ここからユビキティという名義を使わなくなり、個人名へ。それと同時にバンド感は若干後退。80年代へ向かっていくこの時期になると、ジャズの要素はかなり後退して、フュージョン色が色濃くなり、ブラック・コンテンポラリーっぽい感じになっていく。ただ、ロイ自身はわりと厳しい時代で、ポリドールから、エレクトラを挟み、自身が運営するUno melodicに移り、そこからコロンビアと契約したりと、レーベルも転々。

とはいえ、フェラ・クティ(Fela Kuti)とのコラボや、自身のレーベルに移ってからの『Silver Vibrations』『Lots Of Love』でのディスコ/ブギー路線はハウス/ガラージ系のDJから人気が高かったり要所要所で輝きを見せている。80年代にはドン・ブラックマン(Don Blackman)トム・ブラウン(Tom Browne)を起用していたり、とにかく「今イケてるやつ」を探し続けトレンドを追っていて意識の高さも健在。

82年には前年に『Street Song』をリリースしていた絶頂期のリック・ジェイムス『Throwin' Down』に起用されている。インタビューで影響を受けた音楽家の一人にリック・ジェイムスの名前をあげていたり、思い入れは強い。こういう経験が以後のブリブリのサウンドのきっかけになったのかもという感じもある。

・『You Send Me』(1978)
・『Let's Do It』(1978)
・Roy Ayers & Wayne Henderson『Step In To Our Life』(1978)
・『No Stranger To Love』(1979)
・Fela Anikulapo Kuti And Roy Ayers『Music Of Many Colours』1980
・『Africa, Center Of The World』(1981)
・『Feeling Good』(1982)
・『Silver Vibrations』(1983)
・『Lots Of Love』(1983)
・『In The Dark』(1984)
・『You Might Be Surprised』(1985)
・『I'm The One (For Your Love Tonight)』(1987)

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◆のちに再発見されたプロデュース・ワーク

実はロイ・エアーズ本人の名盤と肩を並べるくらいに高い評価を得ているのがこのあたりのプロデュースワーク。この3作に関してはカルト的な人気がある。

ランプ(RAMP)
はユビキティ―からジャズ成分=即興性を下げて音響やテクスチャーへのこだわりを上げた感じで、ロイらしさとロイにはないセンスが同居している。「Everybody Loves The Sunshine」ひとつとっても、ユビキティーのバージョンと全く違う。スペースをたっぷり空けた空間に、ドラムのバスドラとリムショットが立体的かつシャープでドライに浮かび上がっていて、それがきっちりループされるので、そのままでヒップホップに聴こえる。「Daylight」も同じで、このアルバムがなぜそこまでサンプリングされるかは聴けば一発でわかる。同時にUbiquityとRAMPの違いからは、ロイが自身の名を冠した音楽にジャズの要素を求めていたことも見えてくる。

エイティーズ・レディース(Eighties Ladies)
シルヴィア・ストリプリン(Sylvia Striplin)は共に女性ヴォーカルをフロントに据えたポップな歌もので、シルヴィアはエイティーズ・レイディースのメンバー。エイティーズ・レイディースとシルヴィアに関しては音響的にもかなり面白いのもあるし、リズムセクションに関してもランプと同じでサンプリングしたくなる鳴りをしている。

80年代には自身の作品ではなかなか思うような結果が出なかった時期もあるが新たな才能や新たな声と出会い、ジャズ的な手法や作法から離れて、バンドやグループのためにきっちり曲を書いて作り込んだことで、大きな成果を得た。これらはロイのプロデューサーとしての才能がこの時期も輝いていたことを証明する作品群とも言える。

・Ramp『Come Into Knowledge』(1977)
・Eighties Ladies『Ladies Of The Eighties』(1980)
・Sylvia Striplin『Give Me Your Love』(1980)

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◆ヒップホップ以降の再評価

UKのアシッドジャズからの熱烈なリスペクトや、エリカ・バドゥやザ・ルーツの曲への客演などの90年代以降のヒップホップ~ネオソウルからの再評価を受け、彼をリスペクトしているエリカ・バドゥを起用して、「Everybody Loves The Sunshine」「Searching」「Pretty Brown Skin」といったヒップホップの文脈も抑えた選曲で過去の名曲を再演した2003年の『Mahogany Vibe』がヒットし、話題に。

それに合わせて、未発表曲集をリリースし、更には立て続けにリミックス盤がリリースされ、当時のトップDJたちがロイ・エアーズをリミックス。クラブシーンではかなり話題になった。このあたりはクラブシーンではお馴染みのUKのBBEレーベルの仕事。クラブでDJが使えるオフィシャル音源をどんどん投下したことで、DJからの知名度も支持も盤石に。クラブジャズ/クロスオーヴー/NuJazzのシーン的にはこのあたりがかなり重要なトピックかと。

・『Mahogany Vibe』(2003)
・『Virgin Ubiquity (Unreleased Recordings 1976-1981)』(2003)
・『Virgin Ubiquity II (Unreleased Recordings 1976-1981)』(2005)
・『Virgin Ubiquity Remixed』(2006)
・『Virgin Ubiquity Remixed EP2』~『同EP5』(2006)
・『Holiday Virgin Ubiquity Remixes』(2005)
・『Sugar (Joey Negro Remix)』(2004)

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◉intro.2 ロイ・エアーズ入門編:ヒップホップとサンプリングソース

とりあえず90年代以降、「ロイ・エアーズといえば、ヒップホップによって再評価された人だ」というイメージが強かった。名曲にサンプリングされまくりなので掻い摘んで見ていこう。

最も有名なのは「Everybody Loves the Sunshine」だろうか。
メアリー・J・ブライジ「My Life」Dr.ドレ「My Life」でサンプリングされている。

あと「Running Away」
これはトライブ・コールド・クエスト「Description of a Fool」コモン「Nag Champa (Afrodisiac for the World)」でサンプリングされている。

「Searching」ピート・ロック&C.L.スムース「Searching」

プロデュースものだと最も有名なのがRAMP「Daylight」。
これはトライブ・コールド・クエスト「Bonita Applebum」にサンプリングされている。

ジャズやレアグルーヴ系のDJ的には「Red, Black & Green」「2000Black」「We Live in Brooklyn, Baby」あたりが重要だろうか。「2000Black」4HEROディーゴが自身のレーベル名に引用しているほど。

そういった幾多のサンプリングやクラブでの再評価を経て、実際にコラボレーションをするようになったりして、その評価が固まっていったのが90年代のロイ・エアーズの歴史。

ヒップホップだとGURU『Jazzmatazz』、ハウス(やアシッドジャズ)でもマスターズ・アット・ワークのプロジェクトのニューヨリカン・ソウルをはじめとして、山のようにコラボレーションしている。2010年代に入っても、タイラー・ザ・クリエイター「Find Your Wings」とかで相変わらず使われてるのがすごい。

この辺のヒップホップやハウスやアシッドジャズとの接点に関しては、ロイ・エアーズに関するあらゆる記事にたいてい書いてある。

また、なぜここまでサンプリングされたかに関しても、自身のレーベルUno Merodicを運営し、楽曲の権利を自身で管理していたことと、自身で権利を持っていたからこそサンプルングを積極的に認めて、サンプリング経由の収入を見込んでいたことも含めて、経営者的な視点を持っていたミュージシャンでもあったから、というのもある。

そういった話は検索したら出てくると思うので、各自探して読んでみてください。

そこにもう一つ加えるとすれば、ジャズミュージシャンには珍しくエレクトリック・レディ・スタジオシグマ・スタジオといった名スタジオで録音していて、音質が良かったことや、音の分離が良かったこともあるだろうと僕は考えている。

で、ここまでは入門用のイントロダクション。
この記事の本題はここから先になります。

◎アフロビートとネオソウル:フェラ・クティとのコラボレーション

ロイ・エアーズの活動の中で、音楽としてだけでなく、歴史的に高く評価されているのが、アフロビートの創始者フェラ・クティとのコラボレーションだ。

僕はRolling Stone Japanに

「彼はニューソウルやファンクのみならず、アフロビートにまで関心を示し、過去にはフェラ・クティとも共演している。その姿勢は同時代のヒップホップやR&Bを消化して新たな音楽を生み出し、フェラ・クティの子供たちともコラボレーションしたロイ・ハーグローヴやロバート・グラスパーを筆頭とした、先進的なアフロアメリカン・ジャズ・ミュージシャンの理想的なモデルになっていたようにすら思う。」

https://rollingstonejapan.com/articles/detail/30069

という推薦文を書いた。

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