interview Alfa Mist"Roulette":普遍的なテーマのために抽象化した短編小説のための音楽(9,500字)
アルファミストは2017年の『Antiphon』でブレイクした。Jディラ直系のビートメイカーでありながら、アヴィシャイ・コーエンやブラッド・メルドーを愛する感性でフェンダーローズを重ねるサウンドは他に類を見ないものだった。ローファイヒップホップの文脈でも人気者となったのも納得のアルバムだった。
しかし、彼はビートメイカーとして、もしくは鍵盤奏者としての腕を磨くだけに止まらず、どんどん進化していった。その後の作品ではリリースするたびに新たなチャレンジをしていた。よりコンテンポラリージャズ的なニュアンスを強くした楽曲を書いたり、ストリングスを取り入れた作編曲にチャレンジしてきた。
自身のレーベルのsekitoを運営し、自分のバンドメンバーのソロ作をリリースしたりと、仲間とコミュニティを重視していることもあり、UKのシーンと密に関わっているわけではないが、それでも「UKジャズ」が成長していったこの10年で最も進化したアーティストのひとりにアルファミストの名をあげることに僕は躊躇をしない。

そのアルファミストの新作『Roulette』は間違いなく彼のキャリア最高傑作だ。ここまでの様々な成長が一気に結実したような作品だと言ってもいいだろう。
『Roulette』はコンセプトアルバム。アルファミストが書いた小説とそれを漫画化。そこで描かれた世界のためのサウンドトラックとして製作された。以下はその小説の概要。
科学者たちはDNAとRNAに続く第三の要素「UC(ユニーク・コード)」を発見した。すべての人間に固有で、過去の記録から同一のUCが再出現することが判明。これは死者のUCが約9か月後に新たな命として生まれ変わることを意味していた。輪廻転生は現実だった。さらに、夢と過去の人生が繋がっていることが確認され、記憶を完全に取り戻す薬も開発される。だが各国の指導者はその力を恐れ、知識を独占しようとし、やがて「最後の世界大戦」が勃発。戦後、世界は「コアリション」によって統一され、薬の使用とDNA記録の閲覧は禁止された。物語はその200年後、封印された過去を追う女性ヤラの旅として幕を開ける。
その物語にアルファミストは様々な文脈を隠喩的に忍び込ませる。復讐・赦し・贖罪といったテーマを提示し、倫理的・道徳的・哲学的は問題へと誘うアルファミストのやり方は実に慎重で、誠実なものだ。そして、音楽は小説の世界観や感情面をより深く、的確に伝えるために丁寧に作られている。
このコンセプトに惹かれた僕はこのプロジェクトについてじっくり話を聞いた。
取材・執筆・編集:柳樂光隆 | 現場通訳:染谷和美 | 協力:Silent Trade
◎ 輪廻転生をテーマにした短編小説
――まずは、この『Roulette』のコンセプトから教えていただけますか?
このアルバムは、僕が書いている世界のサウンドトラックなんです。いくつか短編小説を書いていて、そのすべてが同じ世界を舞台にしています。その世界は、基本的には僕たちが生きている現実世界と同じですが、ただひとつ違うのは「輪廻転生(reincarnation)」が科学的に証明されていて、現実のものとして存在しているという点です。
その事実を突きつけられた世界がどう反応するか──人々はどう反応するのか、政府は管理しようとするのか、あるいは別のことが起こるのか……。僕の物語ではいろいろなケースが描かれていますが、基本的には「輪廻転生が本物である世界」の反応を探るものです。アルバムはその世界のための「サウンドトラック」という位置づけなんですよ。
◎ 短編小説を漫画化
――その短編小説は、実際にテキストとして書いているんですか?
はい。全体で5本の短編を構想していて、今のところ3本を書き終えています。まだ執筆中ですが、ヴァイナルにはそのうちの1本の第1章をコミック ”Exclusive 28-page Comic 'Who Were You?'” として収録しているんです。これは限定版に付ける予定で、今後も執筆を続けていくつもりです。書くこと自体も真剣に取り組んでいます。


――全部書き上げるとなると、かなり大変な仕事になりそうですね。
そうですね。特に今回のコミック化では、日本の漫画のように「マンガ家」が原作も作画も両方やるスタイルが一般的ですが、僕は絵が描けないので、ストーリーだけを書いて、複数のイラストレーターと組んでいます。
例えば、ある物語のシーンを描いてくれたイラストレーターの作品が、今までのシングルやヴァイナルのジャケットに使われています。コミックの方は別のイラストレーター、ジェームズ・ルーベン(James Ruben)が担当しています。
イラストを描くのは時間と労力がかかるので、自分一人ではできません。だから全てのストーリーを出すまでには時間がかかりますが、なるべく早く形にしたいと思っています。ただ、コラボレーションなので、どうしても時間が必要なんです。
◎ 『Roulette』の物語のインスピレーション
――今回の『Roulette』のストーリーを書き始めたきっかけ、発想の原点のようなものはありますか?
長い間、考えてきたテーマでした。僕は漫画が好きでたくさん読みますし、テッド・チャン(Ted Chiang)のような作家にも影響を受けています。それから『Black Mirror』というTV番組も近いですね。現実の世界をベースに、ひとつの要素だけを変えてみることで、人々の反応が全く違ってくる──そういう設定が好きなんです。
輪廻転生に興味を持ったのは、それが人間をどう進化させるか、どう変えるかという問いに直結するからです。人生はひとつきりのものだと考えられがちですが、実際には子ども時代、青年期、そして大人になってから……と、それぞれ違う「人生」を生きているとも言えるでしょう。僕はその意味で「輪廻」という概念に惹かれて、それを現実世界に導入してみたんです。
すると「もしそれが本当だったら何が起きるのか」という問題が山ほど出てくる。「前世が分かる」ことを止めようとする人はいるのか? 「自分が誰だったか」を知っている人は、知らない人より強いのか? そういう問いが次々に生まれてきて、それを全部ひとつの物語に詰め込むのは無理だったので、同じ世界を舞台にした複数の物語を書くことにしたんです。
◎ 輪廻転生をどう考えるか
――輪廻転生に興味を持ち始めたきっかけや、それに興味を持ってからどのようなことを調べたのか、教えていただけますか?
先ほども少し触れましたが、自分自身の人生を振り返るうちに「一つの人生の中に複数の小さな人生がある」ということに気づいたんです。例えば、ある場所に5年間住んでいる間は、行きつけの店や日常の風景もその場所特有で、全てがその「5年間」という別の世界のようになります。そして別の場所に移れば、また全く違う生活が始まる。それぞれがひとつの“別の人生”に見えてくるんですよね。
そこから、宗教や文化の違いにかかわらず「輪廻」という考え方が至るところにあることに気づきました。キリスト教では死後に天国に行くと考えるけれど、それも一種の「別の人生」です。いわゆるカルマや輪廻の因果応報的な概念も含め、そうした全てに興味を持って調べました。
僕にとって輪廻は「成長」そのものです。新しいことを始めるたびに新しい自分になる。アルバムごとに自分が変わる。日本に来るたびに違う自分になっているのを実感します。だからこそ輪廻はどこにでもあるし、常に学び続け、成長していくことそのものだと思うんです。
――輪廻という考え方は、キリスト教的というよりも、仏教などの東洋思想やアフリカの宗教の死生観の方に近いイメージがあります。そういう宗教観や死生観からインスピレーションを受けた部分はありますか? 例えばお母さんの故郷など、ご自身のルーツと結びつくようなことはありますか?
確かに、輪廻は東洋哲学において非常に大きな概念ですよね。祖先崇拝などとも深く結びついていますし。ただ、僕はそれを「どこにでもあるもの」として見ています。例えば母はウガンダからイギリスに移住してきましたが、ウガンダでの彼女の人生と、ロンドンでの人生は全く違うものです。彼女は一つの人生の中で“ウガンダでの人生”と“ロンドンでの人生”という二つの異なる人生を生きている。そういうふうに、輪廻は同時にどこにでも起きている現象なんです。
僕の輪廻観の背景には、もちろん仏教や東洋哲学の影響もありますが、同時に「現在の人生の中で進化し続けること」という発想があります。人は常に適応し、過去の失敗から学び、成長していく。多くの輪廻ものの物語も「過去の失敗から学ぶ」ことがテーマですよね。
日本のアニメには輪廻の要素を持つ作品がたくさんあります。たとえば『Re:ゼロから始める異世界生活』のように、何度もやり直して失敗から学ぶ物語。西洋でも『Groundhog Day(恋はデジャ・ブ)』のような“タイムループもの”がありますが、あれも基本的には「昨日の失敗から学び、今日をより良くする」物語です。そういうもの全般から大きな影響を受けています。
◎ 「異世界転生もの」への関心
――漫画やアニメの話が出ましたが、以前のインタビューでは『HUNTER×HUNTER』の話をしていましたよね。輪廻ややり直しといったテーマに関して、特にインスピレーションを受けた作品はありますか?
直接「この作品に影響を受けた」というものではありませんが、いわゆる“異世界転生もの”のようなジャンル全体には興味があります。たとえば“トラックに轢かれて死んだら異世界で力を与えられて生き直す”というような設定で、地球で得た知識を新しい世界に持ち込んで生きる──そういう物語がアニメにはたくさんあります。さっき挙げた『Re:ゼロ』もそうですし、『盾の勇者の成り上がり』のような作品もあります。
ただ、僕の物語ではより現実的な設定にしています。この世界そのものを舞台にして、輪廻がもし本当に起きる正解があったら、現実の政治家や人々がどう反応するかを描きたい。ある人は前世を調べたがるだろうし、別の人は「前世を覚えていない限り何も変わらない」と思うかもしれない。僕の設定では「自分が誰だったか」を調べることが政府によって禁止されているので、記憶がなければ今の人生とほとんど変わらないんです。そういう現実的な世界観を描こうと思っています。人生全般から多くのインスピレーションを得ていますが、同時にアニメからも確かに大きな刺激を受けています。
◎ 物語がディストピアになった理由
―― 輪廻転生は一般的には「より良く生まれ変わる」「進化する」といったポジティブなイメージで語られることが多いと思います。けれども『Roulette』の物語における輪廻はむしろディストピア的で、決してポジティブではない印象を受けます。
それは今の世界をどう見ているかに直結しています。僕の感覚では、本当に「適任」な人は権力を望まないので政治家にならないし、法律を作る立場にも行かない。逆に「輪廻の情報を独占して世界を支配しようとする人たち」が権力の座に就く。そうなると、政府は人々が自分の前世を知ることを禁止し、情報を抱え込むだろう、と。
僕の物語の中では「自分が誰だったかを知ること」が最大の力なんです。自分について知れば知るほど強くなる。だからこそ、権力者はその情報を独占しようとする。
例えばコミック版で描いた「Who Were You?」という物語では、主人公は家族を殺した犯人を探す刑事です。彼は犯人を追い続けて、最後にたどり着いたのは「赤ん坊」なんです。その赤ん坊が前世で犯人だった、という設定です。けれどもその赤ん坊が誰だったかを知る権限は政府や警察にしかなく、普通の人間には何も分からない。
僕自身、現実の世界でもたくさんの情報が隠されていると感じています。それは輪廻が証明された世界でも同じでしょう。権力者は情報を隠し、僕たちはそれを知ることを妨げられる。だから僕の物語は自然にディストピア的になるんです。
――アルバムのカバーやインサートに描かれているシーンも、現実世界の好ましくない側面を参照しているように見えます。『Roulette』の物語は、個人的なテーマというより、より大きな世界的課題を扱っている印象があります。そうした“大きな問題”を物語に込めようとした理由は何でしょうか?
僕にとっては、個人的な問題も結局は大きな問題の一部なんです。カバーに描かれた物語を含め、僕の作品では「復讐」と「その結果」を扱っています。面白いのは「復讐」という概念です。この世界では、ある側は復讐することを許され、別の側は許されないという現実がある。結果として、一方だけが「好ましい側」でいなければならない。暴力的に反撃することも、声を上げることも許されない。僕が描きたいのは「誰が正義を所有しているのか?」という問いなんです。正義は本来誰かの独占物ではないのに、現実では権力者が「何が正義か」を決めてしまう。
◎ 隠喩的であること
――たしかに。
もちろん世界には抑圧や不正があふれているし、ニュースを見れば誰もが知っています。でも僕はそれを直接「イスラエル/パレスチナ」など具体的な問題として語るのではなく、もっと普遍的なテーマ──「復讐」「結果」「正義」──に抽象化して描きたいんです。そうすれば、より多くの人が読んだり聴いたりして、自分の中で考えるきっかけになるからです。
コミックやアニメのように一見「安全で美しい」表現形式を使えば、多くの人が手に取ります。そのうえで、物語を通して考える材料を渡すことができる。もし僕がアルバムで直接「政治の話」ばかりしていたら、多くの人は聴いてくれないでしょう。
だから僕はできるだけ多くの人を対話に引き込みたいんです。僕たち普通の人間は政府をコントロールできない。でも音楽や芸術を通してアイデアや哲学を提示することはできる。歴史的にもミュージシャンやアーティストはそうやって人々を目覚めさせてきました。だから僕も音楽で闘いたい。もちろんただ音楽として楽しんでもらって構わない。でも繰り返し聴くことで、世界のことを考え始めるかもしれない。僕の目標はそこにあります。
――今、あなたが語ったように今回の輪廻の物語は、イスラエルとパレスチナの問題や、奴隷制、植民地主義の歴史とも重ね合わせて考えられます。何世代にもわたる罪や不正義を、どう遡って償い、許すのか──すぐには解決できないテーマを、説教的にならずにスマートに考えさせる構造になっている。僕はそこにすごく惹かれました。
多くのアーティストがそうであるように、自分の物語には、自分がどう考えているか、何を大切にしているかが少しずつ反映されています。でも物語そのものはフィクションであり、ファンタジーです。
例えばアニメ『ONE PIECE』を考えてみてください。そこには「革命」「奴隷制」「人々が解放される」というテーマがありますが、同時に「海賊が悪魔の実を食べて楽しむ」といったファンタジー要素も盛り込まれています。楽しさと深いテーマが共存し、現実の世界について考えさせられる。それが芸術の役割だと思うんです。
僕のアルバムも同じです。ある人は1曲だけを気に入って聴いて終わるかもしれない。でもアルバム全体を通して聴けば、僕の考え方や哲学が見えてくるように作っています。受け取る深さは聴く人次第ですが、僕はできるだけ多くのアイデアを込めたい。それが届いてくれればいいと思っています。
◎「世界全体のサウンドトラック」としての音楽
――こうした物語を音楽に落とし込むのは難しいと思います。輪廻や「ユニークコード」のような発想を曲に埋め込みながらアルバム全体を作るのは、とても複雑な作業だったんじゃないですか?
そうですね。僕は昔から映画音楽に強く惹かれていて、前回『HUNTER×HUNTER』のサウンドトラックの話をしたときもそうでした。今回も物語の音楽を作るという感覚なんですが、ただ映画のように「このシーンにこの音楽を」というわけではありません。僕が描いているのは「世界全体のサウンドトラック」です。
だから「この場面の曲」ではなく、「この世界がどう感じられるか」「この世界の天気や匂いはどうか」ということを音で描こうとしています。『Roulette』には5つの物語がありますが、それぞれのために音楽を作るのではなく、その5つが存在する「一つの世界」の音楽を作る感覚です。
――それ、すっごくしっくりきます。
またゲストにも「輪廻」というテーマについてそれぞれの解釈を歌詞や演奏に込めてもらいました。たとえばラッパーのHomeboy Sandmanは「Reincarnation」という曲でラップをしているし、Kaya Thomas-Dykeも彼女なりの輪廻観を「Always Be」で表現しています。全員が異なる視点を持っているからこそ、世界全体を多面的に描けるんです。
これまでの作品と同じようにコンセプトに基づいて音楽を作っていますが、今回は執筆した物語と並行して進めたので、より複合的な作業になりました。
・輪廻とループ構造の音楽
――アルバム全体が輪廻のような循環構造を持っていると同時に、各曲の中にもループや反復があって、それが少しずつ変化していくように感じました。その点について意識はありましたか?
はい、それはかなり意識しました。映画音楽では「キャラクターのテーマ」が繰り返し現れて、状況によって少しずつ変化するという手法がありますよね。悲しい場面では哀しく響き、楽しい場面では明るく響く。同じテーマだけれど形を変えて繰り返す。僕もその考え方を取り入れました。
だからアルバム全体を通して同じモチーフが姿を変えながら現れるようにしています。僕たちの世界でも同じことが起きていると思うんです。日々の中で繰り返しがありながら、その時々の状況によって表情が違う。僕たち自身も、ある日は幸せで、ある日は怒りを感じる。でも自分自身であることは変わらない。
アルバムもそうです。同じテーマが繰り返し現れるけれど、曲によって少しずつ違う感情を帯びている。それによって「この世界のサウンドトラック」であることを示したかったんです。
・物語をメンバーに共有すること
――今作はこれまでのアルバムよりもエモーショナルな演奏が多いように感じました。特にギターやトランペットはノイジーだったり、特殊な奏法で強い感情を表現している印象がありました。こうした表現は、メンバーに物語や各曲のストーリーを説明して理解してもらった上で演奏してもらったから出てきた表現なのでしょうか?
はい、ストーリーについてはかなり話しました。例えばアルバム収録曲「Found You」では、最初に1テイク録音した後、バンドにコミック版の物語「Who Were You?」を説明しました。メンバーに「復讐」について考えてみてほしい、それでどう感じたのかを演奏で表現してほしい、と伝えたんです。すると次のテイクではサウンドがまったく変わり、攻撃性やリアクションが前に出てきました。そのテイクをアルバムに収録しています。理解した上で演奏することで、ギターが柔らかく響く曲もあれば、攻撃的になる曲もある。全員が自分なりの反応を示すんです。だから僕は「あなたなりのリアクションがほしい」と伝えました。それが結果的にアルバム全体に強い効果をもたらしたと思います。
――他にもストーリーの説明が演奏を変えた具体例はありますか?
いくつもあります。「Between Lives」と「9 Months」は同じテーマを違う形で表現しています。「Between Lives」はより感情的でトラディショナルなジャズのアプローチ。一方「9 Months」は僕がラップをしていて、同じ素材をよりヒップホップ的に、攻撃的で力強く演奏しました。まるで「Between Lives」をサンプリングしたような感じですが、実際には別バージョンを録音したんです。こうした形で、ほとんどすべての曲に物語があり、その影響で演奏が変化しています。
・「画のトーン」を揃えるためのチェロ
――曲ごとにストーリーもエモーションも異なりますが、アルバム全体を「世界全体のサウンドトラック」としてひとつの作品にまとめる必要があったと思います。映画でいえばムードや色調を統一するような作業です。プロデューサーとして、アルバム全体を一つにまとめるためにどんな工夫をしましたか?
全体を通して統一感を出すために意識したのは「音色」です。今回は普段あまり使わないシンセサイザーを多く取り入れました。さらにストリングスではチェロだけを使っています。チェロ四重奏のような編成にして、ヴァイオリンやヴィオラを入れず、あえてチェロのみで全パートを重ねてもらったんです。そうすると響きがより暗く、重厚になり、アルバム全体にディストピア的な質感が出る。シンセとチェロの音が繰り返し現れることで、アルバム全体のテクスチャーや世界観を形作ることができました。これは映画における「画のトーン」にあたるものですね。
―― SF的なテーマのアルバムだと、シンセサイザーやエレクトロニクスが主流になるイメージがありますが、『Roulette』ではストリングスの使い方がとても効果的で独自性を感じました。そこにはこだわりがあったわけですね。
もちろん、シンセも入れています。『Blade Runner』のようなサイエンス・フィクション作品へのオマージュですね。でも僕自身は普段あまりシンセを使わず、エレクトリックピアノやアコースティックピアノといった伝統的な楽器が中心です。というのも、僕のルーツはクラシックやジャズから始まったわけではなく、グライムやヒップホップから入って、その後からクラシックやジャズに出会ったんです。だから僕にとっての「未来」は、シンセではなく、クラシックやジャズの伝統的な楽器を新しい文脈で使うことにある。
チェロだけでストリングスを構成したのもその一例です。チェロの音色だけで世界観を作ると、暗く重厚な響きが生まれ、ディストピア的な雰囲気を高められる。さらに音程をピッチシフトして揺らがせたりすると、世界が歪んで不安定になったような感覚を与えることもできます。それは物語のディストピア性と呼応しているんです。だから今回はシンセを取り入れつつも、あくまで自分のスタイルとして「伝統的な楽器を未来的に響かせる」ことにこだわりました。
◎ 『Roulette』に影響を与えた音楽
―― ストーリー性や全体の世界観を持ったアルバムを作るにあたって、インスピレーションになったアルバムやアーティストはありますか?
例えば、RZAの『Afro Samurai』を昔聴いて、ヒップホップとサウンドトラックが融合している点に強く影響を受けました。最近ではFlying Lotusが手がけたサウンドトラックも印象的でした。トム・ヨークなど他のアーティストも映画音楽的な作品を出していますが、特にRZAやFlying Lotusは、自分にとってヒップホップにおける重要な存在であり、音楽とストーリーテリングを横断していることが大きな刺激になりました。 彼らの存在を見て、自分も物語を書きながら音楽を作っていいんだ、と背中を押された感覚があります。だから音楽的にも文章的にも、多くのインスピレーションを受けながら今回の作品に取り組みました。

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