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* interview Antonio Sanchez:"Shift"で示したプロデューサーとしての進化とメキシコ人としてのルーツ(12,000字)

アントニオ・サンチェスといえば、2010年代以降のパット・メセニーの音楽に欠かせないパットの音楽の最重要パーツのひとつであり、世界最高のジャズ・ドラマーのひとり。

そんなアントニオは映画『Birdman』の音楽を担当し、そこから徐々に音楽性が変わってきた。

ドラムだけで様々なシーンの感情や意味を表現した前代未聞のサウンドトラックだった『Birdman』での作業はアントニオ・サンチェスに作品を作りこむことの魅力を発見させることになった。その結果、ひとりで多重録音と編集を駆使して作った2017年のアルバム『Bad Hombre』が生まれた。

「僕版の『Birdman』を作りたかった。『Birdman』はドラムだけでアトモスフィリックな音楽を作ったけど、あれは映画用で、自分で考えることはなかった。だから、今度は自分自身の発想でやってみたかったんだ。それからいままでやってきたこととまったく違うことをやりたいと思った。少し前に自宅にスタジオを作って、音だけじゃなくて、映像も作れる機材も揃えた。つまり、自分専用の実験室みたいなものを手に入れた。そこでいろいろ試していくなかで『Bad Hombre』が生まれた。

これまではピアノでメロディやコードを作って、そこから曲を構築していったんだけど、あえてプロセスを逆転させて、ドラムから始めて後からいろんなものをのせていくやりかたが浮かんだら、それを試したりね。インプロヴィゼーションだけでひたすらドラムを何時間も叩き続けて、思いついたパターンがあったら、それをどんどん早くしてみたり、時にはキックとハイハットだけでやってみたり。自分の中からどんなクレイジーなものが出てきたとしてもそのまま続けながら作ったんだ。それができたのは今回は外部からの影響をいっさいシャットダウンしたからってのもあるね。プロデューサーもエンジニアもサポート・ミュージシャンもいなかったからね。」

※2018年に柳樂が行ったアントニオ・サンチェスのインタビューより

アントニオ・サンチェスが2022年、その『Bad Hombre』の続編を制作した。それが『Shift: Bad Hombre, Vol. 2』だ。

まず、サウンドが圧倒的にリッチになっていることに驚く。映画やテレビの仕事にも力を入れてきたアントニオの成果がいかんなく発揮されているし、もはや「ジャズ」だけでなく、あらゆる音楽を取り込んでいく自由さも見せている。

そして、その豪華すぎるゲストにめまいがするような大作になっている。ただ、そのゲストの傾向に目をやるとアントニオ・サンチェスが新たな方向に進み始めていることに気付けるだろう。その人選からは、2017年の『Bad Hombre』でトランプ政権下のアメリカへの怒りを露わにしていたアントニオがここではまた別のメッセージを発していることも見えてくる。

アントニオ・サンチェスはメキシコ出身だが、これまでその出自を作品には反映させてこなかった。それがここではロドリゴ・イ・ガブリエーラをはじめ、メキシコ人のゲストが多数含まれるだけでなく、自身の祖父までをもゲストに迎えている。またメキシコ人以外にもスペイン語圏のアーティスト、さらにはポルトガル語圏も含め、ラテンアメリカを中心に非英語圏のアーティストが名を連ねている。つまりここでは自身のルーツへの言及があり、さらにはアメリカで成功を収めたラテンアメリカ出身のアーティストとしての立場を明確に提示しているとも言えるだろう。

もうひとつは女性のゲストが多いことと、女性の中でも社会的なメッセージを発していて、特に女性の権利についての言及が多いアーティストが名を連ねていること、だろう。

例えば、アントニオのパートナーのThana Alexaは自身の作品にそんなメッセージを込めてきたジャズ・ヴォーカリストだ。彼女からの影響がはっきりと形になったのがこのアルバムだとも言えるだろう。

つまり、プロダクションへの関心から始まった『Bad Hombre』は、2作目にして一気に深みを増し、その文脈は一気に膨らみ、とんでもなく興味深い作品に進化した。

その文脈を読み解くのはなかなか困難そうではある。だったら本人にがっつり話を聞こうじゃないかとインタビューを敢行した。じっくり1時間10,000字。世界最高のドラマーが今、何を考えているのかにぜひ触れてみてください。

アントニオ・サンチェス “バッド・オンブレ"来日公演 2023 6.6-6.8

取材・執筆・編集:柳樂光隆 | 通訳:湯山恵子
協力:ブルーノート東京/コットンクラブ


◎『Shift』のコンセプト

――まずは『Shift: Bad Hombre, Vol. 2』のコンセプトを聞かせてください。

お気に入りのシンガーソングライターたちに物語を語って貰うことがコンセプトだった。というのも、僕自身がそういった様々なストーリーテリングを扱った作品が大好きだから。提供をお願いした素材に関しては、新旧問わず、書き留めていたスケッチ段階のものでも構わないと彼らに伝えた。楽曲には彼らの歌声と、拍子がわかるようにメトロノーム音、つまりクリック・トラックが含まれているものを提供して貰ったんだ。参加アーティストには提供音源を僕の方で再構築することや、ヴォーカルとドラム音を主に際立たせたサウンドに仕上げることを事前に伝えたね。原曲のソングライターやシンガー達による素晴らしい素材を自由に使って作品制作に取り組むことができたから、夢のような作業だったよ。

そして、曲を提供してくれたみんなの勇敢さには感動したよ。ソングライターにとって、楽曲は自分の赤ん坊(ベイビー)のように大切な存在だし、自分の子供を手渡して整形手術を受けさせるようなことは、勇気がいるからね!

――”Shift”と名付けた理由は?

参加アーティストから受け取った楽曲素材を僕が変化させたから、「Shift」という単語(ワード)を入れたんだ。歌詞の順番を入れ替えたり、ヴォーカル素材も沢山編集したからね。

――「最初にドラムビーツを送る」ということですが、そのビートにはあなたなりのメッセージが込められていたんじゃないかと想像しますが、どうですか?

Ana Tijouxに送ったビートは、明らかに彼女のヒップホップ系バックグラウンドと関連させたものだったし、Lila Downsに送ったビートは、より穏やかで、美しくゆっくりとしたものだった。Lilaにはそういう曲を書いてもらいたいと思ったからね。

コラボレート色が最も濃いのはThana Alexaとの曲。同じ屋根の下で暮らしているから、共同制作は簡単だった。例えばビートとベースラインを僕が渡すと、彼女は自分が書いたものを僕に見せ、そこからまた僕が足したものを彼女に渡す、というような流れで進行したんだ。

◎『Shift』を生んだアメリカの現状

――前作『Bad Hombre(Vol. 1)』はドナルド・トランプの発言がきっかけになった作品でもありました。だからこそダークなサウンドやアグレッシヴでパワフルな演奏が含まれていました。そこには怒りやフラストレーションが表出していました。『Shift: Bad Hombre, Vol. 2』を作る際にも自分の中に何かに対する怒りやフラストレーションはあったと思いますか?

政治、経済、文化など、現在の状況には常にフラストレーションがあるけど、新作にはより「希望的」な意味が込められているんだ。『Shift: Bad Hombre, Vol. 2』と名付けたのは、(前作に続き)楽器もプロデュースもすべて僕が担当したから。Bad Hombreは僕のオルター・エゴ。つまり、僕の別人格。ピアノで作曲したりバンドとリハーサルをしたりする通常の手法とは異なるんだ。この作品はニューヨークの自分のスタジオですべてを行ったからね。

――さっきおっしゃっていた現在の状況(current situation)とはどういうことでしょうか?

特にアメリカでは当然「ポスト・トランプ症候群」が挙げられるね。トランプは再び復帰を目論んでいるから「ポスト・トランプ」とは言い難いけど、、。アメリカでクーデターを起こそうとした人間が再びアメリカ大統領選に立候補できるなんて、あり得ないことだよ。

この他、経済悪化の皺寄せが文化面にも影響している。パンデミック以降、音楽業界に流れていた酸素は上位にいる非常にポップなものだけに行くようになってしまった。必ずしも売れているから音楽的に優れている訳ではないのに、ね。一方、経済状況により、その下にいるアーティスト達は音楽制作が困難な状況を強いられている。ジャズは一番下に押しやられているから、(音楽ファンが)より小さなジャズ・クラブに足を運ばなくなっている難しい状況がある。そういうことが重なり、パンデミック以降、ジャズ・ミュージシャンになることはかなり難しくなってきた。(パンデミック中は)家に閉じこもる動機が多かったから、外出することも大変だったのも関係しているだろうね。だから、ジャズ・ミュージシャンたちは常に流れに逆らって泳いでいるような感じなんだ。ジャズは昔から厳しい状況だったけど、以前より更に大変になっている気がするんだ。

◎ロックのサウンドへの憧憬

――なるほど。そんな中あなたは自分のスタジオで ポスト・プロダクションを駆使して作品を作りました。そのきっかけは何だったんでしょうか?

そもそも僕は子供時代にピーター・ガブリエル『So』ティアーズ・フォー・フィアーズレッド・ツェッペリン等の壮大なサウンドを奏でるアーティストものを聴いてきたことも理由のひとつ。その壮大なサウンドに関して僕が気づいたことは、ヴォーカル、キーボード、ギター、、と音が何層も重なっているにも関わらず、ドラムセットはたいてい1つしかない点。何百ものトラックを重ねていても、ドラムスは1つだから、彼らがやっているようなシンセで音を何層も重ねるような手法を敢えてドラムで試してみたかった。だから、この作品は、80年代から90年代に僕に影響を与えた音楽へのトリビュートのようなものなんだ。

それから、自分に何ができるかを常に研究することは、アーティストの義務だと感じている。これまでとは違う人達と、異なる素材で、これまでとは違うことに挑戦したかった。これまで長いこと僕はジャズの輪の中で活動してきたけど、新しい挑戦から何かを得られるとしたら、それは実に面白いことだと思うよ。

――さっき「壮大なサウンド」と言ってましたけど、「ラウド」もしくは「アグレッシヴ」なロックのサウンドもあったと思います。普段あなたが叩いているサウンドとはかなり違うと思うんです。ここではどういう演奏をしたんでしょうか?

僕が影響を受けてきたロック要素を取り入れたんだ。例えば、(レッド・ツェッペリンの)ジョン・ボーナムや(ポリスの)スチュワート・コープランドミシェル・ンデゲオチェロの曲「Comet, Come to Me」では、彼女のベースラインがレゲエの雰囲気を醸し出していたけど、僕はスチュワート・コープランドがポリス「Regatta de Blanc」でスネアドラムにディレイをかけていたようなプロダクション的なことを足していった。

他にも自分が大好きなドラマー達からインスピレーションを得ている。もちろん、(ラッシュの)ニール・パートからもね。ニール・パートは演奏楽曲の具体的なある部分で叩く自分のドラムのフィーリングを緻密に考えながら作曲し、毎回全く同じように叩いていたドラマーなんだ。僕の場合は、曲を盛り上げるためにいつも同じように叩くこともあるし、ジャズ・ミュージシャンなので即興を入れることもある。つまり、自分が大好きなドラマーたちからの影響を受けつつ、非常に自由に取り組んだと言えるね。他にはドラム音を何層にも重ねたりもした。同じドラム・ビートを5回録音して、まるで1つの巨大なドラムセットのようなサウンドに仕上げた曲もあるよ。

そもそもここでやっていることはロックを聴いて育った僕にとって、懐かしい感じがするんだ。子供の頃に母が愛聴していたビートルズローリング・ストーンズジミ・ヘンドリックスクリームザ・フー等のブリティッシュ・ロックが僕は大好きだったからね。例えば、ロドリーゴ・イ・ガブリエーラの曲「M-Power」では、自分の音楽のルーツであるヘビーなロックやフュージョンのルーツを持ち込む絶好の機会だと思ったんだ。

◎映画音楽の世界から得たもの

――ロック人脈だと、「I Think We're Past That Now」でのTrent Reznor/Atticus Ross(Nine Inch Nails)とのコラボレーションは映画音楽にも精通するスペシャリストとのコラボレーションでもあったと思います。この曲の制作はどんな感じだったんですか?

トレントとの出会いは僕が映画『バードマン』でノミネートされた時の 2015年度ゴールデングローブ賞会場だった。その時、他にノミネートされたハンス・ジマーも同席していて、このふたりのような素晴らしいアーティスト達に会えて、感激したよ。しかも、ふたりとも『バードマン』の音楽が大好きだと言ってくれたんだ!だから、このプロジェクトでアーティスト勢に声をかける際には勿論トレントにもお願いしたんだ。

僕としてはアーティスト側の仕事量を増やしたくなかったから「過去にリリースしていない未発売の素材や古い作品など、僕が再構築できそうな素材があれば嬉しいな」と伝えていたんだけど、トレントは「いや、僕は新しい音源を作りたいんだ」と言ってくれて、驚いたよ。送られてきたProTool素材を開くと、ヴォーカルとアティカス・ロスによるシンセ素材が数トラック入っていた。空気のような優美な楽曲で、NINのインダストリアル・ロック的な激しい音楽性とは似ても似つかぬものだった。僕は編集作業を進めていくにつれて、「コーラス部分を壮大なロック的なサウンドにできれば最高だなぁ」と考え、ベースやドラムビートを足していった。完成した楽曲を送ったら、トレントは『バードマン』のような雰囲気のサウンドを想像していたようで驚いていたよ。幸いなことに、彼は僕が最終的に作った仕上がりを気に入ってくれた。「全く予想外の仕上がりで、凄く自分の心に響くから、何度も聴いている」と言ってくれたんだ。

――なるほど。ここでは多くのシンガーやラッパーが参加しています。本作のようなコンセプチュアルかつ社会的なメッセージも含まれるようなディープな作品でシンガーを起用するに際して、選ぶ基準のようなものはありましたか?

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