interview Sultan Stevenson:マッコイ・タイナーとゴスペルに魅了された2020年代ロンドン・ジャズの新鋭(8,000字)
ロンドンのトゥモローズ・ウォリアーズ出身のジャズ・ミュージシャンと言えば、イギリス特有のハイブリッドな音楽性が特徴だ。エズラ・コレクティヴやヌバイア・ガルシアらはカリブ海やアフリカからの移民としてのアイデンティティを体現するようなジャズを生み出し、世界的な評価を確立させてきた。レゲエやアフロビート、ダブステップやグライムとの融合は今やイギリスのジャズの定番手法として定着している。
そんなイギリスのジャズシーンも2020年代も半ばになり、トゥモローズ・ウォリアーズの次世代が徐々にシーンに出始めたことで、イギリスのシーンも少しずつ変化の兆候が現れ始めている。その中で特に興味深い活動をしていると僕が思うのが現在24歳のピアニスト、サルタン・スティーヴンスンだ。
2022年にWhirlwind recordingsからリリースした『Fauthful One』は僕がこの年、最も驚いたイギリスの新人の作品だった。ピアノトリオを軸に全編アコースティック。オーセンティックなスタイルのジャズをまっすぐに表現したそのスタイルにロンドンのジャズがまた一歩先に進んだことを感じたものだ。そこではイギリスの文脈だけでなく、アメリカのジャズの文脈を彼なりのやり方で消化したことが伺えるもの。そこにはウィントン・マルサリス周辺のピアニストの影響が聴こえていた。マッコイ・タイナーやハービーハンコックももちろん聴こえるのだが、どちらかというとケニー・カークランドやマルグリュー・ミラー、マーカス・ロバーツといった80-90年代に活躍した名手を思い起こさせるものだった。それもそのはず、90年代にはイギリスにはジュリアン・ジョセフというピアニストがいた。彼はウィントンやブランフォードとも共演していた名手で、ベテランになった今、イギリスでジャズ教育に携わっていて、サルタンを指導していた。サルタンはトゥモローズ・ウォリアーズだけでなく、ジュリアン・ジョセフの文脈の新鋭だったのだ。
そのサルタンが2作目として発表したのが『El Roi』。今度は世界のジャズの台風の目になりつつあるEdition recordsとの契約にイギリス国内での期待の大きさがうかがえる。今作もピアノトリオを軸に全編アコースティック。オーセンティックであることに変わりはないが、今作ではゴスペルの要素が増したことで、その音楽も深みを増している。
そのイギリス期待の新鋭に話を聞いた。
近年、新たなに設立されたジュリアン・ジョセフによるジャズ・アカデミーなど、ロンドンのジャズ教育の新たな動きにも注目してほしい。
取材・執筆・編集:柳樂光隆 通訳:染谷和美 協力:COREPORT
◉ジャズを始めたきっかけ
――子供の頃、どんな音楽を聴いていましたか?
僕の父親はカリブ海にあるバルバドス島という小さな島出身で、父の両親もバルバドス出身。母はイギリス生まれだけど、母の両親はともにバルバドス出身。なので、両親ともにバルバドスの血統が受け継がれている。父はバルバドスでラジオ番組をやっていて、自分の番組でブランフォード・マルサリス、デューク・エリントン、ハービー・ハンコック、カウント・ベイシー、ジョン・コルトレーン、ロバート・グラスパーなど本当にいろいろなジャズをかけていたんだ。
――お父さんがジャズを仕事関係の仕事だったと。
あと、バルバドスではジャズフェスティバルが開催されていて、ブランフォード・マルサリスをはじめ、多くのミュージシャンたちがやって来て演奏していた。 父はそのジャズフェスティバルに出演するミュージシャンたちへのインタビューも担当していて、そのインタビューも残っていたし、家には膨大なCDや資料があったんだ。
――ジャズを演奏し始めたのはいつ頃ですか。
父親のコレクションをすべて聴いていたからジャズは自然と僕の中に残っていた。ピアノは子供のころから続けていて、後にトゥモローズ・ウォリアーズのような素晴らしいプログラムやイギリスやロンドンにある他のさまざまな音楽機関を見つけた。それらの機関で成長し、その後、大学に進学したんだ。
◉教育機関:トゥモローズ・ウォリアーズ
――トゥモローズ・ウォリアーズではどんな感じでジャズを学びましたか?
参加したのは14歳。そこでビンカー・ゴールディングと出会った。彼が最初の先生だね。もちろんギャリー・クロスビーからも指導を受けた。彼もとても大きな存在だから。
トゥモローズ・ウォリアーズは他のプログラムとは大きく異なっていて、ピア・ラーニング(Peer Learning:学習者同士での学習)が奨励されている。つまり自分の友人から学んだり、自分自身で学んでいくことが重視されている。年下に教えることもプログラムの重要な一部になっているんだ。
――指導者から教えられるというよりは、子供たちがお互いに教え合うと。
あと、トゥモローズ・ウォリアーズは学外でのパフォーマンスの機会を非常に奨励していた。教室でこれとこれを学ばなければならないって感じじゃなくて、学外でのパフォーマンスの機会が与えられて、実際の仕事を通じて学ぶ機会を提供してくれた。正直に言うと僕がこのプログラムから学んだ教訓の多くは教室の外で得たものだった。だからこそ、このプログラムは特別なんだ。ステージ上でのこと、例えばバンドの紹介、観客への自己紹介、観客との接し方、観客との関係を築く方法、曲の紹介、曲の演奏、曲の終わらせ方、曲の始め方、バンドのメンバー全員がフィーチャーされた良い曲の作り方、などなど。トゥモローズ・ウォリアーズはミュージシャンの活動が実際にどのようなものなのかをプロが働く環境の中で学ばせることに長けているんだ。
――どういう人たちとどういう場所で演奏してたんですか?
通常の学校は卒業したら行かなくなるよね。でもトゥモローズ・ウォリアーズには卒業ってものがないんだ。常に年長世代が若い世代に知識を伝えていくし、ワークショップやマスタークラスを行うために来てくれる。そこではまた、世代間の学習やメンターシップが促進されるんだ。そして、片っ端からいろんなミュージシャンと演奏することになる。
シャバカ・ハッチングス、コートニー・パイン、ソウェト・キンチ、ビンカ・ゴールディング、モーゼス・ボイド、ヌバイア・ガルシア、カミラ・ジョージ、サンズ・オブ・ケメットなどなど。彼らが僕らのライブに来て演奏してくれたこともあった。もちろん彼らはすごい人たちだけどトゥモロー・ウォリアーズというプログラムの性質上、僕らにとってはアクセスしやすい存在だったんだ。
◉ジュリアン・ジョセフ・ジャズ・アカデミー
――では、もうひとつ、あなたが通っていたジュリアン・ジョセフのジャズ・アカデミーの話も訊かせてもらえますか。
トゥモローズ・ウォリアーズに参加する少し前、そのプログラムにも参加してた。すっごくアメイジングなプログラムだったよ。僕が参加した当時はそのプログラムがまだ始まったばかりのころ。教師の中にはもちろんジュリアン・ジョセフがいて、彼の兄のジェームズ・ジョセフ、バイロン・ウォレン、トニー・コフィ、クリーヴランド・ワトキスもいた。内容的にはトゥモローズ・ウォリアーズに似たプログラムだったと思う。音楽の学び方はより伝統的なやり方。譜面を読むことや教科書を勉強するんじゃなくて、どちらかというと聴くことを重視していた。また、理論的な方法じゃなくて実践的な方法で学ぶやり方をとっていた。ここでも仕事を通じて音楽を学ぶことに繋がっていた。あと、数学の授業もあったかな。
特に覚えているのはブランフォード・マルサリスやウィントン・マルサリスが来てくれたこと。ジュリアン・ジョセフはアメリカのバークリー音楽大学を卒業していて、彼には多くの人脈があったからね。彼らがロンドンでマスタークラスやワークショップをやってくれたことは僕にとっては貴重な時間だったよ。
◉影響を受けたジャズ・ピアニスト
――あなたにとってジュリアン・ジョセフは音楽的な面でも重要な存在なのでは?
彼は新しいヴォイス、新しいサウンドを持つジャズ・ピアニストとして自分のポジションを確立しようとしていた人であると同時に多くの先輩ミュージシャンたちの要素も取り入れていた。ジュリアン・ジョセフを聴けば、ハービー・ハンコック、ケニー・カークランド、デューク・エリントン、アーマッド・ジャマル、マッコイ・タイナー、チック・コリアといった人たちが聴こえてくる。ジュリアンは様々なピアニストを参照しつつ、新しいサウンドを追求し、素晴らしい成果を残し、国際的なアーティストとしての地位を確立したんだ。彼はイギリスだけに留まるようなアーティストではなく、ヨーロッパ全体にリーチできた。彼の存在がUKジャズのフェイズを一変させた。今まさに起こっているUKジャズのランドスケープに大きな影響を与えた存在だと僕は思ってる。彼は僕のヒーローなんだ。
――先ほど、ケニー・カークランドの名前をあげていました。あなたはカークランドやジュリアン・ジョセフのような80年代に頭角を現した世代のピアニストをかなり研究したんじゃないかと思うんですが、どうですか?
そうだね。マーカス・ロバーツ、ケニー・カークランド、サイラス・チェスナット、デイヴ・キコスキー、ジョーイ・カルデラッツォ。エリック・リード、あとステファン・スコット。他にもたくさんいる。イギリスからはもちろんジュリアン・ジョセフ。彼らはみんなマッコイ・タイナーから出てきていると僕は思ってる。マッコイは多くのジャズミュージシャンたちを結びつける接着剤のような存在。だから僕が演奏するときはいつも源流であるマッコイに戻ろうと努める。僕が影響を受けた前述のピアニストたちもみんなマッコイのサウンドを取り入れ、それを革新し、マッコイが成し遂げたことをさらに推し進めている人たちだと僕は捉えてるよ。
――なるほど。
だからこそ、彼らは僕にとって大きなインスピレーションの源。彼らは僕がやりたいことの好例だからね。例えばサイラス・チェスナット。サイラスの音楽はマッコイの要素を一部取り入れながら、そこにゴスペルやブルースがかなり含まれている。例えば、マーカス・ロバーツ。マーカス・ロバーツもマッコイを取り入れてるけど、彼の音楽にはデューク・エリントンやカウント・ベイシー、セロニアス・モンクもかなり含まれてる。
僕にとってはマッコイの要素に、様々なサウンドやテイストを取り入れて独自の何かを作り出した好例だよ。
◉ゴスペル × ジャズ
――さっきゴスペルって言葉が出ましたが、あなたの音楽の中でゴスペルの要素もすごく大きいものだと思います。まずはゴスペルを採り入れるようになったきっかけを聞かせて下さい。
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