interview BRIAN BENDER:ホセ・ジェイムズの右腕エンジニアと『Merry Christmas from Jose James』
ホセ・ジェイムズはUKでデビューし、ジャイルス・ピーターソンのレーベルBrownswoodから2枚のアルバムを発表。ヨーロッパや日本で人気を獲得してから、ヴァーヴで1枚出したのち、ブルーノートと契約し、2012年に傑作『No Beginning No End』をリリースし、その評価を一気に高めた逆輸入のアーティストだった。
そこからブルーノートから5枚をリリースしたのち、現在は自身のレーベルRainbow Blondeへと活動拠点を移し、2020年以降、すでに3枚のアルバムをリリースしている。
ホセは作品ごとに音楽性を変化させているアーティストで、そのすべてがホセ自身のディレクションによるもの。実はそのほとんどの作品に関与している人物がいる。それがエンジニアで、プロデューサーのブライアン・ベンダーだ。
ディアンジェロ『Voodoo』などで知られるNYのエレクトリック・レディ・スタジオでアシスタントをやっていたブライアンは『Voodoo』に関与したエンジニアのラッセル・エレヴァードの下で働き、彼の手法を学んでいた。
ホセはエレクトリック・レディ・スタジオで知り合ったブライアン・ベンダーに『No Beginning No End』の録音やミックスの多くを委ね、それ以外にも(ピノ・パラディーノと共に)プロデューサーとしての役割も任せた。そこでの成功で生まれた二人の信頼は現在まで続いている。
その後も二人はともに歩んできた。エンジニアのブライアンとの強い結びつきがあるホセの作品はどれも録音やミックスへのこだわりが見えるものだった。改めて『No Beginning No End』や『While You were Sleeping』を聴くとディアンジェロ系譜のネオソウル的なサウンドを参照しつつ、そこに新たなチャレンジを加えているのがわかる。また、Rainbow Blonde以降の『No Beginning No End 2』や『José James: New York 2020』を聴くとよりオーガニックでナチュラルな響きを追求しているのがわかるし、その流れは『Lean On Me』あたりから見えていたこともわかる。ブライアンと組んで以降のホセの作品では録音やミックスへのこだわりが強く鳴っていて、それがブライアンのサポートで実現されていることもわかる。そして、その二人の作品にはずっと貫かれているものも確実にある。
2021年、ホセ・ジェイムズはRainbow Blondeから突如クリスマス・アルバム『Merry Christmas from Jose James』を発表した。
スタイル的にはオールド・スクールな古き良きアメリカを思わせる50年代ごろのクリスマス・アルバムそのものだ。ピアノトリオをバックにホセが朗々と歌う。その中にはもちろんコンテンポラリー・ジャズ的な演奏の欠片も入っているし、ネオソウルを経由した要素も聴こえる曲もある。歌と演奏、作編曲のクオリティは非常に高い。ただ、僕が気になったのはそれらよりもその録音やミックスの部分だった。
ウッドストックにある古い木造の教会だった建物をベースにレコーディング・スタジオに改装したというDreamland Recording Studioはナショナル、パーケイ・コーツ、カート・ヴァイル、フリート・フォクシーズ、ジャズ周辺だとボカンテやビル・ローレンスなども使用している知る人ぞ知るスタジオだ。
ここで録音した『Merry Christmas from Jose James』は音の分離ははっきりしていないが、どの楽器も生々しく鳴っている。そのリアルさは楽器の音色を高い解像度で録ったというよりは、その場の空気感も含めて克明に捉えていると言ったほうがいいだろう。そして、少し音量を上げて再生すると”サーー”というテープ録音特有のノイズがはっきりと聴き取れる。まるで50年代のレコードのようなノスタルジックなサウンドが聴こえてくる。ホセの声も各楽器の音色もどれもがうっとりするほど美しい。
古臭いのでも、過去のテクノロジーでもなく、今のホセをとんでもなく魅力的に捉えるためにふさわしいやり方だと僕は思った。なぜならここでは敏腕たちの演奏の繊細さが聴こえてくるからだ。アナログな録音方法だからこそ、音量をコントロールし、生音でのアンサンブルを成立させる匠の技が鳴っているのを感じることができる。
そして、本作はこれまでにホセとブライアンのコンビで手掛けてきた音源の中でも最も尖ったサウンドの作品かもしれないとも思う。
あまりに興味深いのでエンジニアでプロデューサーのブライアン・ベンダーに話を聞いてみることにした。
取材・執筆・編集:柳樂光隆 通訳:染谷和美
協力:ユニバーサル・ミュージック・ジャパン

◉『Merry Christmas from Jose James』のこと
――ホセ・ジェイムズ『Merry Christmas from Jose James』について聞かせてもらえますか?
パンデミック中の作業だったので、果たしてみんなで一緒に作業ができるのだろうかって話していたんだけど、結局(LAに住んでいる)僕はNYに行くことはできなかった。だから、僕を除いたホセのチームがアップステートにあるドリームランド・レコーディング・スタジオを使ってレコーディングしたんだ。木造のすごく素敵な建物で、ルディ・ヴァン・ゲルダーのスタジオみたいな感じを想像してもらうといいかもしれない。そこでバンドのメンバーが全員一緒に演奏したのをテープに録音している。これは『No Beginning No End』の時に僕のブルックリンのスタジオでやったのと同じ感じだね。
そこにあったレコーディング機材はOtari MTR90 MKII 2” 16-track。2インチのテープで16チャンネルしかないってことで、24チャンネルですらなかった。その状態で録ったものをテープからプロトゥールスに変換した状態で僕のスタジオに送られてきた。それを僕がまたテープに落としてアナログに変換してからミックスの作業をしたんだ。
みんなアナログ時代の巻き戻しってプロセスを忘れているよね?僕のスタジオの少し離れたあそこにテープのプレイヤーがあるってことは、少し再生したら、いちいち席を立って歩いていって、また巻き戻して、再生したら席に戻って、またもう一度聴くには席を立って歩いて行って巻き戻さなければならない笑 このプロセスがあるから、椅子に座ったまま機材を触ってカチャカチャやる作業とは全然違うものになるんだ。これは変な答えで良い答えではないかもしれないけど。ロマンチックな答えではあるよね。
ーーこのアルバムを再生するとテープのヒスノイズがいい感じで(かなり大きめに)聴こえます。
そうそう。そこがいいいんだよね。
ーーですよね。全体的にもナチュラルではありながらも最近ではあまり聴いたことがないような質感だったりします。ドリームランドの特徴や、そこで行われたレコーディングの特徴はどんなものだと分析しますか?
このアルバムに関しては実際にテープに入っていた音だけで出来ていて、僕が後からアンビエンスを足したりはほとんどしていない。今の人たちはその辺を誤魔化すことが上手くなっているんだけど、基本的には“このレコーディングをしたこの音が気に入りました。だから、これでいいでしょ?”ってのがこのアルバム。例えば、ドラムの音が大きくて、ホセの声が小さく聴こえてしまう箇所もあるとすれば、実際にマイクとミュージシャンの距離感がそうだったってこと。つまり現場における状態がそのまま反映されている。アンビエンス的な響きはお互いのマイクの中に入り込んでいる音が生み出している。つまり、ヴォーカルを録るためのマイクにドラムの音やピアノの音が入ってしまっているから生まれている。そのおかげでバンド全体の風景みたいなものが見えてくるような音になっているんだよね。
――ああいうレコーディング方法をすることのメリットってどういうことだと思いますか?
僕がさっき自分の仕事にはテンプレートを持たないって言ったけど、こういうレコーディング方法は型がないものになる。だからこそ面白みがあるんだ。そして、同時に複雑にもなる。一番に言えるのはホセのバンドみたいな優秀なバンドだったらこういうやり方は最高だってこと。“いい曲があって、演奏がうまくて、はい、演奏しました、録音しました、最高だね”ってそういうことができるからね。ただ、それは腕が伴わないとできない。その場で全てを決めないといけない。たまたまその日にいい音が録れなかったり、ドラムの音がうまく決まらなかったりしたら、それでダメになっちゃうことだってあるから、諸刃の剣だよね。
――なにかしらのリファレンスがホセからのリクエストがあったとか、ブライアンからホセに提案したとかはありますか?
このレコードに関してはホセから具体的なリファレンスがあった。まずはフランク・シナトラのクラシックなクリスマス・アルバム。それにレコードだけじゃなくて、シナトラがテレビに出ていた時のあの感じみたいなもっと具体的なものもあって、そこは面白いなって思ってた。他にはナット・キング・コールのレコード。あとはオリヴァー・ネルソン『ブルースの真実』。これはテクノロジーが進んでからの時代(1961年)のもので、割とハイファイで、クリーンなサウンドに関する参照元としてあがっていた。でも、全体的にはクラシックな50年代の感じで、ハードバップのレコードとかそういうものの感じだったね。
◉ブライアン・ベンダーの拠点Mother Brain Studio
――なるほど、ここからはあなたの話を聞きたいです。あなたの活動拠点でもあるマザー・ブレイン・スタジオ(NYからLAに移転)ってどんなスタジオなのか、紹介してもらえますか?
名前に関しては任天堂のゲームの『メトロイド』のトリビュートだね。究極の悪役に向かっていくアナログな騎士の存在ってところが惹かれるものがあった。このスタジオもそういうところがある。
とりあえず、見てもらおう。(カメラでスタジオを映し、Zoom画面で機器を見せながら)まず、60年代のゲルマニウム・トランジスタ(※ヴィンテージのNEVEのコンソールなどには使われていた)の機材(コンソール)があって、
その横にはモダンなデジタルのミキサーがいくつも入っている。ロジック、プロトゥールスなどのDAWコントロールなどなど
その横にはヴィンテージのボード。ヴィンテージのシンセサイザーがいくつも並んでて、その上にはモジュラー・シンセサイザーを置いてる
コンプレッサーもあらゆる種類が揃えてある。
そして、もちろんテープ・レコーダーもある。アンペックスのものだね。僕のスタジオはこういった機材で構成されている。
ーーヴィンテージの機材もたくさんありますが、特徴としてはアナログとデジタルのハイブリッドなんですね。
そうだね。僕は(ディアンジェロ『Voodoo』などを手掛けた名エンジニアの)ラッセル・エレヴァードからこの仕事を学んだこともあって60年代のヴィンテージのアナログ機材もたくさん集めている。一方でモダンなデジタルの機材も使っている。
アナログな機材でしか作れないテクスチャーはあるからそれらは外せないんだ。でも、デジタルでないと実現できないサウンドもあって、それはスピーディーにやらないと実現できない新しいサウンドだったりする。デジタルの魅力ってサウンドデザインが迅速にできちゃうところだからね。デジタルのもうひとつの魅力はリピートが可能だってこと。再現性だね。ホセのドラム・サウンドはここにあるゲート・コンプレッサーで作っているんだけど、シグナル(信号)っていうのはすごく複雑かつ繊細なもの。だから、アナログの機材は全く同じものを作ろうとしても不可能なんだ。それは他人にも不可能だけど、自分でも全く同じものを作るのは不可能。でも、デジタルだったら、全く同じものを再現することが可能なんだ。だから、そういう部分でデジタルの機材は僕のスタジオにとって必要なものなんだよね。
(※黒田卓也さんに『Rising Son』の時について質問したら”あの時はテープは使ったなかったですね。もしかしたら録音したものをテープに流す作業を経てたかもしれませんが”とのことなので、デジタルとアナログを様々な形で組み合わせているみたいです。)
――なるほど。ラッセル・エレヴァードから学んだ部分もありつつ、彼とは違ってデジタルの特性を活かして取り入れているところにあなたらしさがあると。ミックスに関してあなたの特徴はどんなところだと思いますか?
僕はメソッドを持たないミキサーなんだ。最近はミックスをコンピューターでやる人が増えている。となるとある程度テンプレートがあって、そこに放り込んで出来たものに対して、そこからどう変えていくかそういうプロセスになってきている。でも、僕は全てゼロからスタートするんだ。それがいいことなのか悪いことなのはわからないんだけど、自分がやってきた中で”こういうやり方は使える”とか、”こういうトリックは効果的だ”とかそういうのを繰り返し使うことも当然あるんだけど、いわゆる“これが僕の処方箋”ってやり方は持っていない。僕は最終的に仕上がったものとの感情的な繋がりを大事にしているんだ。テクニックと感情は別だと思う人もいるし、すごく大変だったから思い入れがあるって感じる人もいるかもしれないけど、そういう意味では感動できるからいいってものではない。でも、いいミックスって最終的には何か感情的に訴えかけてきて、何か感じさせてくれるものだと思うから、僕は最終的に何を感じさせてくれるかを重視しているんだよね。
あと、これもラッセルから学んだことなんだけど、どんなミックスをやるにあたってもまずはその音をとにかくじっくり聴くんだ。ミックスとか機材関係の人にこの話をすると驚かれる。音が届いたらどうやっていじるかってところでなんかやらなきゃって感じになると思われがちなんだけど、そうじゃなくてまずは音源に隠されているイディオム(※複数の要素から構成され、全体で1つの意味になるもの)とか、どんな人がどんなことをやっているのかを頭と心で思い描きながらとにかく聴くってことを僕はまずやってるよね。
◉ホセの代表作『No Beginning No End』のこと
――では、ここからはホセ・ジェイムズの話も。ホセとの関係はいつからなんですか?
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