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* interview Petros Klampanis:ギリシャの伝統と現代ジャズ、見えないものの美しさとその力(13,000字)

ギリシャ出身のベーシスト、ペトロス・クランパニス(Petros Klampanis)は、もともとNYで活動していた。NYのコンテンポラリージャズとギリシャをはじめとする地中海の要素を融合した独自のサウンドで注目されていた。現在は地元に戻り、ギリシャを拠点にヨーロッパで活動している。

大きく注目されたのは、2017年の『Chroma』。ストリングスを加えたこのアルバムのアレンジの素晴らしさは、日本でも好事家の間で話題となった。たしか挾間美帆も本作の弦のアレンジを絶賛していた。

また近年では、アルージ・アフタブ(Arooj Aftab)『Vulture Prince』および『Night Reign』にも起用され、演奏だけでなくアレンジでも貢献し、高い評価を得ている。

そんなペトロスだが、NYを離れてからは情報が日本にはやや届きにくくなっていた。とはいえ、実はドイツの名門レーベルEnja Recordsと契約し、良作を発表している。

2023年の『Tora Collective』は、ギリシャの民族音楽をジャズに昇華した作品。地中海を挟んで西にはイタリア、エーゲ海を挟んで東にはトルコ、北にはバルカン半島の諸国、そして中欧のブルガリアと接する地理的な背景をもとに、ギリシャ音楽をジャズと交差させてプレゼンテーションしている。ピアノ・トリオを軸に、クラリネットを中心とした管楽器、ウード、パーカッションなどを用い、カラフルな世界を描いた。

それに続く、2025年作が『Latent Info』。ピアノはエストニア出身のクリスチャン・ランダル(Kristjan Randalu)、ドラムはイスラエル出身のジヴ・ラヴィッツ(Ziv Ravitz)。前作のコア・メンバーがそのままトリオ編成で録音したこのアルバムは繊細過ぎる演奏による美しすぎる音楽が聴ける。僕は2025年の傑作のひとつだと思った。

そんなペトロスのインタビューを掲載する。近年のアルバムがあまりに良かったこともあり、2019年の取材から続いていた僕とペトロスの個人的な関係があったので、自分でオファーして取材を行った。彼の近年の活動は日本語で残しておきたかった。

※ CDジャーナル 2019年1月号

取材・執筆・編集:柳樂光隆 | 現場通訳:丸山京子


◎『Rooftop Stories』(2021)

――最初に、2021年のアルバム『Rooftop Stories』について聞かせてください。

あれはソロのダブルベース・アルバムなんだ。正直言うと、すごくチャレンジングなプロジェクトでもあった。ソロでベースだけ、というのは自分の恐れと向き合うような感覚だったんだよね。

このアイデアが生まれたのは、ツアーでとにかく移動が多かった時期だった。ずっとロードに出ていて、「この“移動し続ける感覚”そのものを捉えるプロジェクトができないかな」と思ったんだ。それで、訪れた都市ごとに美しい場所を見つけて、屋上で演奏して、その様子を映像に撮る、というアイデアに行き着いた。結果的に5本のビデオを作ったよ。アテネから始まって、ロンドン、キューバ、テルアビブ、そして実は長崎でもやった。長崎の映像もあるんだけど、音がちょっと変でね(笑)。だから公開はしていないんだ。
 
そんなふうに映像プロジェクトが一段落した頃に、COVIDが始まった。そこで「じゃあ今度は、街の音や鳥の声が入らない、きちんとした音響環境で音楽を残そう」と思ったんだ。曲は全部で10曲だったかな。オリジナルもあるし、この特定の編成に合う楽曲も選んでいる。ベースとループが基本で、楽器上でボイス・パーカッション的なこともやっている。かなり限定されたサウンドだから、それに合う音楽が必要なんだ。
 
それと、この作品は自分のレーベル、PK Musicからの最初のリリースでもある。録音は2020年で、リリースは2021年だったね。
 

――少しだけ、ポストプロダクション的に後から音を足しているようにも聴こえたんですが、どうですか?

うん、そう聞こえるのもわかる。でも、基本的にはほとんどライブ録音なんだ。ルーパーを使っているから、多少ループの修正はしているけど、サウンド自体はライブで鳴っているものにかなり忠実だよ。

いいサウンドエンジニアと一緒なら、スタジオ・マジックみたいな編集をしなくても、ライブに忠実で、ちゃんと美しい音になる。だからこれは、スタジオ編集作品というより「そのままの演奏」なんだ。

◎ 『Tora Collective』(2023)

――では次に、『Tora Collective』についても聞かせてください。 この作品はどんなコンセプトで作られたものなんでしょうか?

これはNYに移ったころから、ずっと作りたいと思っていた作品なんだ。自分にとってのギリシャのフォーク/トラディショナル・ミュージックと、ニューヨーク・ジャズの即興性やハーモニーの発想、その二つの世界の「衝突」を描きたかった。

アルバムタイトルの「Tora」はギリシャ語で「今」という意味。異なる文化が交差する“今”の瞬間を表している。

※『Tora Collective』はbandcampのみ

参加しているのは、まずジャズ・サイドのミュージシャンたち。長年一緒にやってきたピアニストのクリスティアナ・ランドルー(Kristjan Randalu)、そして同じく長く共演しているドラマーのジヴ・ラヴィッツ(Ziv Ravitz)

もう一方は、ギリシャのフォーク・シーンからのミュージシャンたちだ。素晴らしいウード奏者でありヴォーカリストでもあるトーマス・コンスタンティヌ(Thomas Konstantinou)。ギリシャ・フォーク界ではとても重要な存在の女性シンガーのアレティ・ケティメ(Areti Ketime)。彼女はほぼ伝説的な存在なんだ。さらに、クラリネット奏者のヨルゴス・コツィニス(Giorgos Kotsinis)。つまり、このバンドは完全に「二面性」を持った編成なんだ。


・故郷のザキントス島について

――さっきギリシャのフォーク要素の話が出ましたけど、あなたの出身地であるザキントスを調べたら、いわゆる「典型的なギリシャ」とは少し違う場所だとわかりました。そのあたりを説明してもらえますか?

そうだね。ザキントスはギリシャの西側にある島で、他の地域とはかなり違う歴史を持っている。本土や東側の島々が長い間オスマン帝国の支配下にあったのに対して、ザキントスはイタリアを中心とした西ヨーロッパの影響を強く受けてきた。だから、文化も言語も音楽も、より西洋的なんだ。僕自身、子どもの頃は合唱団に入って、ザキントスの歌を歌って育ったけど、あれは微分音がなくて、すごく和声的。機能和声に基づいた音楽なんだ。とても西洋的なんだよね。
 
そういう背景があって、「この土地の音楽に捧げるプロジェクトを作りたい」という気持ちはずっとあった。実は今まさに、そのザキントスの音楽をテーマにしたプロジェクトに取り組んでいるところなんだ。だから『Tora Collective』には、ザキントスの音楽はあまり入っていない。『Tora Collective』はどちらかというと、ギリシャ本土の音楽伝統がベースなんだ。
 
もちろんザキントスもギリシャの一部だし、言葉もギリシャ語だけど、植民地時代の影響で、この地域はフランスやイタリア、イギリスの支配を受けていた時期があった。そこが決定的に違うんだ。

・ウードとギリシャ音楽

――もう少しギリシャの音楽要素について聞きたいんですが、一般的にはウード(Oud)って中東や北アフリカの楽器というイメージがあります。ギリシャでも使われるんですか?

うん、かなり一般的だよ。ウードはオスマン帝国時代に入ってきた楽器で、ギリシャのフォーク音楽の一部になっている。アルメニアでも使われているし、僕の好きなウード奏者にアルメニア出身のアラ・ディンジアン(Ala Dinkjian)がいる。
 
もともとはアラブ圏の楽器だけど、オスマン時代に一気に広まった、いわば「バイラル」な楽器だね。ギリシャでの演奏スタイルは、西洋音楽の影響を受けていて、和声感があったりする。演奏法は少し違うけど、楽器自体はほぼ同じなんだ。

―― ただ、ギリシャでは名前が違うんですよね。

そうそう。ギリシャでは「ウティ(Uti)」って呼ぶこともある。でも、同じ楽器だよ。「ウード」っていう言葉自体、アラビア語で「木」という意味だしね。

・クラリネットとギリシャのフォーク音楽

――『Tora Collective』にはクラリネットも入っていますよね。これもギリシャの音楽と関係が深いんでしょうか?

うん、とても重要な楽器だ。特にギリシャ本土ではね。僕が知っている話では、19世紀初頭にイピロス地方の君主、アリ・パシャがドイツから持ち帰ったのが始まりらしい。もともとは西洋の楽器だったけど、彼が気に入って、みんなに演奏させたんだ。それでイピロス地方、ギリシャ北西部で広まって、フォーク音楽の中に根付いた。長い年月の中で、イピロス独特の演奏スタイルが生まれたんだ。
 
それが本当に美しくて、メロディックで、メランコリックで、どこか懐かしい。実は『Tora Collective』を初めて演奏したとき、伝説的なクラリネット奏者ペトロス=ルーカス・ハルキアス(Petros-Loukas Chalkias)と一緒だったんだ。彼は最近亡くなってしまったんだけど、ギリシャ・クラリネット界の長老的存在で、ギリシャのクラリネットの象徴だった。もちろん、トルコにも素晴らしい奏者がたくさんいる。トルコのヒュスニュ・シェンレンディリジ(Husnu Senlendirici)は大スターだし、バルカン全体ではクラリネットはとても重要な楽器なんだ。

・ダンス音楽としてのフォーク音楽

――自分でも調べてたんですが、イピロス地方ではクラリネットが伝統的なダンス音楽に必ず使われるそうですね。

そうそう。フォークの世界では、音楽とダンスは完全に一体なんだ。ほとんどの音楽は踊るためにあって、例外的に「テーブル・ソング」と呼ばれる、踊らない歌がある。これは歌詞や詩を味わうためのものだね。でも全体の8割くらいはダンスのための音楽だよ。

――『Tora Collective』の中で、そういった伝統的なダンスに基づく曲はありますか?

例えば「Enteka」カルシラマス(Karsilamas)という北ギリシャのダンス。「カルシラマス」という言葉自体、トルコ語だと思うよ。

「Disoriented」は、ギリシャ全土でよく踊られる7/8拍子のカラマティアノ(Kalamatianós)がベースになっている。

「South by Southeast」は12/8拍子で、ポントス地方のダンスの影響がある。ポントスは、今のトルコ北部、黒海沿岸の地域だね。

つまり、何曲かは明確に「踊る意図」を持って作っている。 

・ギリシャという交差点

――話を聞いていると、ギリシャって周辺国の要素がすごく混ざり合った国なんですね。

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