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* interview JK Kim 김종국 인터뷰:アジアNo.1ドラマーと韓国のジャズシーン(12,000字)

最初にその名を目にしたのは、2020年のモーガン・ゲリン『The Saga III』だった。“Kim”という姓から韓国のミュージシャンかもしれないと思い、調べるとやはり韓国出身のドラマー。すぐにInstagramをフォローしたことを覚えている。

その後はSNSで目にするたびに気に留める程度だったが、2022年6月、ジュリアス・ロドリゲス『Let Sound Tell All』で彼を起用したのを見て、シーンの中での存在感が腑に落ちた。

さらに同年12月、BTSのRMが公開したTiny Desk Concertにも出演。韓国のジャズ・ミュージシャンがポップの現場でも実力を発揮していることを改めて確認した。

以降も、アーロン・パークス率いるリトルビッグ『Ⅲ』馬場智章『Electric Rider』、新鋭トランペット奏者ミレーナ・カサド『Reflection Of Another Self』など、話題作に次々と名を連ねる。ずっと気になる存在であり続けた。

いつか取材を——と考えていた折、日本で顔を合わせる機会が重なり、思い切ってオファーした。こうして生まれたのが本稿である。

まず知りたかったのは、韓国からどうやってこんな“怪物級”のドラマーが現れたのか——そのことだ。

取材・執筆・編集:柳樂光隆 | 現場通訳:丸山京子 | 協力:sayanu


――過去にインタビューを受けたことはありますか?

いくつかありますよ。最近は韓国の雑誌で取り上げてもらうことが多いですね。あとは、ライターが調べて書いた記事もあります。例えば『Vogue』や『Billboard』の記事はそうですね。本格的なインタビューとなると、韓国の『Jazz People』に掲載されたものぐらい。3〜4年前ですね。

◉ CCMとゴスペル

――今日は日本語のバイオグラフィーを作るような感じでお話を伺いたいです。まずは子供の頃の音楽体験から聞かせてもらえますか?

僕の音楽の出発点はクラシックです。姉がいて、いまはパリ・オペラ座で演奏しているんですが、彼女がヴァイオリンをすごく熱心に練習していて、その音を聴きながら育ちました。子供の頃はヴァイオリンの音が生活の一部だったんです。僕自身は5歳くらいからピアノを始めて、クラシックやオーケストラの音楽、ヴァイオリン協奏曲などを聴いて育ちました。

ドラムを始めたのは教会です。両親がクリスチャンで、教会に通っていたので、そこでドラムに出会いました。最初は讃美歌や古い賛美歌、ゴスペル、CCM(Contemporary Christian Music)などを演奏するところから始まりました。すごくエモーショナルな音楽で、そこが出発点ですね。

その後、バークリー音楽大学に進学して、そこで本格的にジャズと出会いました。ジャズを学んで恋に落ちた瞬間、ジャンルの壁がなくなったんです。音楽は作曲家や演奏者の人生や哲学との対話であり、そこで自然に生まれるものだと思うようになりました。ジャズは常に他のジャンルの音楽を取り込み続け、常に挑戦してきた音楽です。それを知ったとき、「もう壁はない」と思ったんです。

――韓国の教会音楽について伺いたいのですが、それってアメリカのブラック・チャーチのゴスペルみたいな感じですか?

音楽は文化を表すものですよね。同じ「教会音楽」でも表現のやりかたはアメリカとは違うんです。例えばオーストラリア発祥のヒルソング(オーストラリア発祥のキリスト教系メガチャーチのヒルソング・チャーチ(Hillsong Church)」と、その音楽部門である「ヒルソング・ミュージックを指す)のような白人中心の教会音楽と、アメリカのゴスペルは同じ「礼拝のための音楽」でもまったくサウンドが違います。韓国の教会音楽はCCMが中心で、ロック的な要素が入った現代的なバンドサウンドの曲が多いですね。オープンなコード進行で、感情の高まりをゆっくりと積み上げていく曲が多いです。

一方でアメリカのゴスペルはテンポ感もノリも全然違います。グルーヴの感覚そのものが違う。僕自身が日常的に教会で演奏していた音楽はCCMでした。でも、インターネットやSNSでゴスペルを知ってからは検索しまくっていました。韓国人がアフリカ系アメリカ人の音楽を演奏することに違和感を持たれることもあるかもしれませんが、今は世界中がリアルタイムで繋がっている。だから僕らも「その音がすごく良いから取り入れたい」と思ったんです。

・影響を受けたゴスペル系のドラマーたち

――好きなミュージシャンやドラマーはいましたか?

ゴスペルの影響が強いので、まず挙げたいのはカルヴィン・ロジャース(Calvin Rogers)です。それからシカゴ出身のドラマーが多いですね。クレメンス・ポインデクスター(Clemons Poindexter)。いまはカリードやザ・ウィークエンドのバンドで演奏している)など。実はLAのポップシーンで活躍しているミュージシャンの多くも、もともとは教会で育った人たちなんです。

クレメンスの弟のジャーメイン・ポインデクスター(Jermaine Poindexter)も素晴らしいですし、チャールズ・スティックス・テイラー(Charles “Stix” Taylor)もいます。彼はあだ名で「Stix」と呼ばれています。ほかにも、クリス・ダディ・デイヴジョージ・スパンキー・マッカーディ(George "Spanky" McCurdy)のようなフィリー出身のプレイヤーたちなど、とてもヒップな人たちがたくさんいました。

シカゴのジョサイア・マドックス(Josiah Maddox)はゴスペル・アーティストのジェイムズ・フォーチュン(James Fortune)とよく演奏していて、彼の演奏もよく聴いていました。もちろん、年上の世代も重要です。カルヴィン・ロジャースは僕にとって少し年上ですが、例えばオスカー・シートン(Oscar Seaton)のような存在はまさに「ビッグ・ブラザー」でした。彼はいまテレンス・ブランチャードと演奏しています。

他にもCJ・トンプソン(CJ Thompson)のように有名なドラマーも大好きです。名前を挙げ始めるときりがありませんが、ゴスペルという音楽はある種の「言語」で、それを学ぶことはとても重要だと思っています。多くのジャズミュージシャンも教会出身ですから。ルイ・アームストロングにしても、歌詞に込められた意味や歌の根底にはスピリチュアルな部分がある。「I love you, Jesus」が「I love you」になって、誰もが歌うスタンダードになる。そういう変化の中に、教会とジャズのつながりがあると思います。

◉ Kバラードと冨田ラボ

――韓国のミュージシャンやシーンの中で憧れていた存在はいましたか?

僕も子供の頃はK-POPを聴いて育ちました。僕の世代だと2000年代初期から90年代のK-POPですね。ただ「K-POP」と一口に言っても色々あって、僕にとって大きかったのは「Kバラード」です。特に90年代のバラードは、日本の90年代の音楽から強く影響を受けています。今の韓国のバラードを聴いても、あの感情的な歌心やコード感は日本の90年代の音楽から来ているんです。僕にとっては、まるで教会音楽のようなエモーションがある。歌詞は恋愛を歌っているんだけど、感情のレベルはすごく似ているんです。

だから、日本の90年代バラードを手がけたソングライターたちは本当に大きな存在で、韓国の音楽シーンに大きな影響を与えました。例えば冨田ラボ。彼はスーパー先生です。僕は先生に会ってみたいです。

同世代の韓国の仲間にも、そうした音楽に影響を受けた人は多いです。西洋の音楽を学びつつも、日本の90年代バラードから学ぶことも多かった。時代の流行を超えて10年、20年経っても愛される音楽、いわば「タイムレス」な音楽がそこにあるんです。

コード進行もそうだし、ドラムのフィルひとつを取っても日本の音楽と韓国の音楽で共通している部分が多い。それが聴き手の耳を捉えるんです。だから僕はいま、日本の古い音楽をもっと掘り下げています。新しい音楽と古い音楽を行き来するのは、誰にとっても自然なことだと思いますが、僕にとっては日本の90年代音楽が特に大事な参照点になっています。

――いきなり冨田ラボってのは驚きました。

彼はみんなのヒーローですよね。僕にとってもヒーローです。ブログも最高です。情報量がものすごくて、まるで音楽オタクのWikipediaみたい。読んでいると、その知識の深さに驚かされます。音楽を本当に愛している人じゃないと到達できないレベルですよね。しかも、あれだけの知識があるのに、最もシンプルで美しいものも作れてしまう。怖いくらいですよ(笑)。

◉ バークリー音大への留学

・バークリー時代の交流

――では、次はバークリー音楽大学に行った時のお話を聞かせてください。

専攻はパフォーマンスでした。在学中は、馬場智章などの日本人の友人たちも含め、すごいメンバーに囲まれていました。ドラマーではジョナサン・ピンソン(Jonathan Pinson)がいて、いま彼はマーク・ターナーのカルテットでヴィレッジ・ヴァンガードに出ています。ボストン時代は毎晩毎晩音楽で溢れていました。月曜はサルサ、火曜はR&Bやヒップホップ、水曜はニューイングランドのフリー系、木曜はハードバップ、金曜はウォーリス・ジャズクラブ。ウォリーズでのトランペッターのジェイソン・パーマー(Jason Palmer)が必ず演奏していて、彼はすごかった。僕もその前の時間帯にバンドでレギュラー出演していました。

同世代には他にも、ジャスティン・フォークナー(Justin Folkner)コーリー・ファンヴィル(Corey Fonville)マーク・ウィットフィールド・ジュニア(Mark Whitfield Jr)ジョー・ダイソン(Joe Dyson)といったドラマーたち。ジョーは少し先輩ですが、彼らが同時に学校にいたんです。ウォーリス・ジャズクラブのたった1つの枠をめぐって、毎週のように腕を競い合う。コミュニティ全体が互いを高め合う空気があって、健全な競争があったんですよ。僕は本当に才能ある仲間たちに囲まれていました。

その後、みんな全く違う道に進んでいきました。ノア・コンラッド(Noah Conrad)はいまやオリヴィア・ロドリゴの曲を手掛けているし、マイケル・ウッテン(Mark Wooten)はジョナス・ブラザーズのツアーに参加している。みんなそれぞれ違う道を選びながら、リーダーとして活躍しています。そういう仲間たちと同じ時間を共有できたことは本当に貴重な経験でした。

――バークリー時代の先生は誰だったんですか?

大切な先生はたくさんいます。テリリン・キャリントン(Terri Lyne Carrington)ラルフ・ピーターソン(Ralph Peterson)、そしてボストンの伝説的なドラマー、ボブ・ガルティ(Bob Gullotti)。彼はアラン・ドーソンに学び、ソニー・ロリンズなどとも共演していました。トニー・ウィリアムスを指導したアラン・ドーソンの系譜に連なる人で、ジョージ・ガーゾンとのグループ〈The Fringe〉でも知られています。

他にも、ハル・クルック(Hal Crook)は僕にとって耳を開いてくれた存在でした。彼は「君は今、伴奏しているの?それともソロを取っているの?」と常に問いかけてくれました。僕が無意識にやっていることに意味や方向性を与えてくれたんです。彼の口癖は「考えるな」「チームであれ」「耳を信じろ」。まるで呪文みたいですよね(笑)。

エド・トマシ(Ed Tomassi)デイヴ・サントロ(Dave Santoro)もいい先生でしたね。

――テリリン・キャリントンはどんな先生でしたか?

テリリンは「コンセプト」を教えてくれる先生でした。技術やルーディメンツも大事ですが、それ以上に音楽や人生の捉え方を学びました。例えばあるアンサンブルの授業で、僕はピアノのフレーズをそのまま真似して応答していたんです。すると彼女が、ジャック・ディジョネットから学んだエピソードを話してくれました。ジャックは「相手のフレーズが聴こえても、必ずしも同じことを返す必要はない」と言ったそうです。つまり「聴こえたからといって、それに反応しなきゃいけないわけじゃない」ということです。誰かが意見を言った時に、必ず「そうだね」と同調する必要はなく、黙って受け流すことも選択肢なんだと。音楽も同じで、何を選ぶかという「コンセプト」の問題なんです。当時の僕は若くて、彼女が言っていることを理解できない部分も多かったですが、ずっと心に刻んでいました。時間が経って経験を積むうちに「ああ、あの言葉はこういうことだったのか」と気づかされます。テリリンは、まさにそういう「後から意味が現れる」先生でした。

◉ 牧師になろうとしていた時期

――バークリーを卒業してからは、ニューヨークに行ったのですか? それとも韓国に戻ったのですか?

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