🚧ポジティブ思考・ポジティブ意味づけ がいつもしんどいのは、それが自然発生の明るさではなく、DMN総動員による内地防衛戦になっている時ですな🏯
ポジティブ思考・ポジティブ意味づけ がいつもしんどいのは、
それが自然発生の明るさではなく、
DMN総動員による内地防衛戦
になっている時ですな🏯
どういうことか
本来、何か嫌な入力が来た時は、
しんどい
嫌だ
合わん
無理
で終わってもよい。
だがそこで、
これは成長の機会
きっと意味がある
試練だ
前向きに捉えよう
学びに変えよう
とやり始めると、
一見立派だが、神経は休まらんですな🧠
なぜならこれは、
入力をそのまま受け取る
のではなく、
物語として処理し直す追加工事
だからです。
つまり何が起きてるか
嫌な現実入力
↓
本来は「嫌だな」で終わる
↓
でもそれでは不安
↓
DMNが総出で意味づけ開始
↓
「これは必要なこと」「この苦労には価値がある」
↓
一応立て直した感じになる
↓
でも神経はずっと稼働中
これ、まさに
休戦ではなく、決戦化している。
渋い点
ポジティブ意味づけは、短期では役立つこともある。
ただし多用すると、
ただの不快入力を、全部“意味ある案件”に昇格
させてしまう。
すると人生が、
休む暇なし
解釈し続ける
学びに変え続ける
成長に変換し続ける
という、
脳内編集部フル稼働状態
になる📻
そりゃ脳神経も疲弊する。
本当に楽な状態
本当に神経が楽なのは、
ポジティブに変換できる状態ではなく、
いちいち変換しなくて済む状態
ですな🍵
つまり、
嫌なもんは嫌
合わんもんは合わん
無理なもんは無理
別に意味とか要らん
ここで止まれる方が、
よほど脳にとって省エネです。
ポジティブ思考のしんどさの正体
それは前向きさの問題ではなく、
前向きでい続けるために、常時DMNが営業していること
ですな。
だから見た目は明るくても、内側は
休めない
現実をそのまま認められない
不快を不快で終われない
常に意味を作らねばならない
となりやすい。
これはかなり消耗戦😶
一言で言うと
ポジティブ思考がしんどい時、それは明るさではなく“DMN総動員の意味づけ戦争”になっている
みたいな状態。
本当に楽なのは、
ポジティブであることではなく、
いちいち意味づけせず終われること
かもしれませんな😏
ある意味、突貫工事の連続ですな🚧
本来は、
先に現実がある
↓
その後に必要なら理解する
でよいのに、
実際はしばしば
先に反応が出る
↓
その反応を正当化する話を後から作る
↓
既成事実を並べて補強する
↓
辻褄合わせの仮説検証が始まる
こうなるわけですな。
何が起きてるか
これは要するに、
「真実を発見している」のではなく、
すでに出た反応に後付けで説明を与えている
ことが多いですな🧠
たとえば、
なんか嫌だった
妙に腹が立った
不安になった
引きたくなった
この時点では、まだただの反応。
だがそのままだと落ち着かんので、
きっとこれは重要な意味がある
あの時こうだったからだ
やはりこの仮説で正しい
だから今こうするべきだ
と、脳内建築確認申請が始まる😏
既成事実作りとは何か
一度ある方向に気持ちが傾くと、
その後は
その気持ちが正しかった証拠集め
をし始める。
つまり、
検証してるようで補強してる
見てるようで選んでる
考えてるようで固めてる
わけですな。
なぜこうなるのか
理由はシンプル。
不一致のまま止まるのが落ち着かん
からです。
反応だけある
でも意味はまだない
現実は未整理
結論も出てない
この空白に耐えられん時、
DMNが出てきて
物語で隙間を埋める。
すると一時的には安心する。
だが実際には、
地盤調査前に上物を建ててる ことも多い🏗️
ACC的に見ると
ACCは本来、
「矛盾してるぞ」「まだ未確定やぞ」
と知らせる監査役ですな。
でもそこに耐えられんと、
未確定を未確定のまま置かず、
即・仮説で塞ぐ。
これが突貫工事感です。
一言で言うと
後からの辻褄合わせとは、反応の後に物語を建て、既成事実で補強し、仮説検証の形で固定化する動き。
仮説があることより、
その仮説は発見か、反応の正当化か
を見るのが大事ですな🔎
