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最初は「なんで5日間もやるの?」と思っていた。3年目、ねぶた祭りが大好きになった

青森ねぶた祭りに、3年続けて行っている。

正確に言えば、「行っている」というより、会社の目の前でやっている。

私が働いている事務所のビルは、ねぶたの運行ルートのすぐそばにある。

ビルは6階。

仕事をしていると、窓からねぶたが見える。

ビルの上から見たねぶた

最初はそれだけだった。

「今年も始まったな」

そんな感じで、なんとなく眺めていた。

でも、気がつけば3年連続で見に行き、さらには毎年1日はハネトとして参加するようになった。

そして今では、すっかりねぶた祭りが好きになっている。

会社の目の前がねぶたの運行ルートだった

青森に仕事で来るようになって、最初に驚いたのが、ねぶた祭りの存在感だった。

何しろ会社の目の前をねぶたが通る。

事務所はビルの6階なので、上から見ることもできる。

6階から見るねぶたは、地上とはまた違った面白さがある。

街の中を大きなねぶたが動いていく。

その周りには人が集まり、太鼓やお囃子が聞こえてくる。

仕事をしている場所のすぐ目の前で、街全体がお祭りになっている。

そんな光景を見ているうちに、自然とねぶたを見るようになった。

土日の休みの日も、特に予定がないと、

「せっかくだから見に行ってみるか」

と、会場まで足を運ぶようになった。

間近で見るねぶたは、6階から見るのとは全然違った。

大きい。

そして、迫力がある。

ただ大きな山車が動いているだけではない。

太鼓の音、お囃子、ハネトの掛け声。

目の前をねぶたが通り過ぎていくと、その迫力に圧倒される。

最初は少し違和感があった

ただ、最初からねぶたが好きだったわけではない。

むしろ、少し違った目で見ていた。

「なんで5日間もやるんだろう」

「そんなに毎日お祭りするの?」

正直、そんなことを思っていた。

普通の感覚で考えれば、何日も続く大きなお祭りは少し特殊に感じる。

「青森の人って、本当にねぶたが好きなんだなあ」

そんなふうに、少し距離を置いて見ていたと思う。

ところが、自分でも不思議なのだが、毎年見ているうちに少しずつ感覚が変わっていった。

見るのと、参加するのは全然違った

大きな転機になったのが、ハネトとして参加したことだった。

オンラインコミュニティで知り合った人たちと一緒に、ねぶたのハネトとして参加するようになった。

毎年、1日はハネる。

これが、見るのと参加するのでは全然違う。

観客として沿道から見るねぶたも迫力がある。

でも、ハネトとしてその中に入ると、見える景色がまったく違う。

ものすごい人だかり。

沿道にはたくさんの観客。

その目の前で、自分たちが声を出して跳ねる。

「ラッセーラ!ラッセーラ!」

太鼓とお囃子が鳴っている。

周りには同じように跳ねている人たちがいる。

そして、ねぶたが目の前まで迫ってくる。

あの感覚は、実際にハネトとして参加した人でないと分からないもの
がある。
見ているのと参加するのは全然違う。

大勢の盛り上がりの中で声を上げ跳ねる。

人生観が変わるような経験であの光景は忘れられない。

見ているだけのお祭りではない。

自分もお祭りの一部になる。

それが、ねぶたの大きな魅力だった。


毎年参加するうちに、少しずつ好きになっていった

ねぶたには、他のお祭りとは少し違う荒々しさがある。

勢いがある。

そして、年齢を問わず楽しめる。

若い人だけではない。

年配の人もいる。

観光客もいる。

地元の人もいる。

ハネトとして参加する人もいれば、沿道から見る人もいる。

それぞれ立場は違うのに、みんなで一つのお祭りを盛り上げている。

そこには不思議な一体感がある。

「地元の人だけのお祭り」という感じでもない。

観光客も一緒になって楽しめる。

しかも、ハネトとして参加すること自体も、比較的自由な空気がある。

ハネトの衣装を来ていれば誰でも参加できる。

事前の申し込みも何もいらない。

この「誰でも参加できる」という感じも、ねぶたの魅力なのだと思う。

最初の頃は、

「会社の近くだし、せっかくだから見てみるか」

くらいだった。

それが毎年見て、参加しているうちに、

「今年もねぶたの季節が来たな」

と思うようになった。

今では仕事帰りにねぶた祭りが見れるってなんていい

環境なんだと思うようになった。

そして3年目。

気がつけば、私はねぶたが大好きになっていた。


青森の短い夏と、ねぶた

青森では、

「ねぶたが終わると夏が終わる」

というような話を聞く。

青森の夏は、ここ数年は暑い日も多かった。

でも今年の夏は、30度以下の日が続いていて、とても涼しかった。

そして、お盆になるとグッと涼しくなる。

その先には、厳しい冬が待っている。

青森の夏は短い。

だからこそ、この1週間にかける情熱には、青森に住んでいる人にしか分からない何かがあるのかもしれない。

短い夏を惜しむように、街全体が一気に盛り上がる。

その中心にあるのが、ねぶたなのだと思う。

「ああ、今年も夏が来たな」と思う瞬間

私にとって、ねぶたは今では青森の夏を感じる風物詩になった。

目の前まで迫ってくる巨大なねぶた。

身体に響く太鼓の音。

お囃子。

そして、

「ラッセーラ、ラッセーラ」

という掛け声。

これを目にすると、

「ああ、今年も夏が来たな」

と思う。

最初は少し違和感を持って見ていた。

「なんで5日間もやるんだろう」

と思っていた。

それが、3年経った今では、

「今年も見たい」

と思っている。

人の感覚というのは面白い。

最初は理解できなかったものでも、実際に見て、体験して、何度も触れているうちに、その魅力が分かってくることがある。

県外から人が集まる理由も分かるようになった

今年も、たくさんの観光客が青森を訪れていた。

芸能人もたくさん来ていたと聞く。

以前なら、

「そこまでして見に来るものなのかな」

と思っていたかもしれない。

でも、今なら少し分かる。

一度、実際に見てみればいい。

目の前にねぶたが現れて、太鼓が鳴って、お囃子が聞こえて、周りの人たちが一斉に盛り上がる。

あの空気は、写真や動画だけでは完全には伝わらない。

だから、県外から

「一度はねぶたを見てみたい」

とやって来る人が多いのも、今ではよく分かる。

ねぶたには、人を実際にその場所まで引っ張ってくる力があるのだと思う。

3年目で、ようやく分かったこと

3年間、ねぶたを見てきた。

6階のオフィスから見たこともある。

休みの日に沿道から見たこともある。

そして、ハネトとしてその中に入ったこともある。

同じ祭りなのに、立つ場所によって見えるものが全然違った。

最初は「なんとなく会社の近くだから」という理由だった。

それが、毎年参加するうちに少しずつ魅力に気づいていった。

荒々しさ。

勢い。

人の多さ。

太鼓の音。

ハネトの掛け声。

そして、参加する人も見る人も一緒になって楽しむ一体感。

3年目を迎えた今年。

私はもう、ねぶた祭りを「青森でやっている大きなお祭り」とは思っていない。

青森の短い夏を象徴するもの。

そして、自分にとっても、

「ああ、今年も夏が来たな」

と思わせてくれるものになった。

毎年参加するたびに、新しい魅力に気づく。

だから、また来年も見に行くのだと思う。

今度はどんなねぶたが見られるのか。

どんな景色が見えるのか。

そして、またハネトとして跳ねたい。

最初は少し離れたところから見ていた私が、3年後にはすっかりその魅力にハマっていた。

ねぶた祭りには、そんなふうに人を少しずつ引き込んでいく力があるのかもしれない。

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